夢、動き出す
薄暗い地下室に案内された男は肌寒い室内にも関わらず緊張した面持ちで額の汗を拭うと正面の椅子に座っている青年の声を待った。 「お茶をどうぞ」 声のする方を見ると自分を案内した黒髪のメイドらしき少女が無表情でお茶をテーブルに置くと青年の後ろに移動する、全体的に黒ぽいメイド服の為白い顔だけが薄暗い部屋の中に浮かんでいるようにもみえる。「お兄ちゃん、悩み事?」何処からか幼女の声が男の耳にとどいた、 何時からいたのだろうか青年の足下に髪の長い黒髪の幼女が青年を見上げていた。 青年はその声を無視して男に視線を合わせる。 「わかりました明日、伺います」その一言を聞き男は安堵の息をもらす と 「ではお待ちしておりますネイド殿」 軽く頭をさげ足早に地下室の階段を上がって男は帰っていった。 室内が明るくなりネイドと呼ばれた青年が少女に問いかける。 「こんな演出、必要かい?緋波さん」 「普通はつまらない」
その答えにネイドはため息をついた。
このメイド風の服を着ている緋波、今年15歳になる小柄な少女が本気で言ってるのは目を見ればわかる、口数が少ないのと綺麗な顔立ちが少女を年齢よりも大人びてみえる。
「緋波お姉ちゃん、ご機嫌だね」
緋波の隣で椅子に座って足をバタバタさせていた幼女が会話に入ってきた。
「ウズメ、君も面白がってたよね?」
「主様よ、迷宮遺跡をクリアーして3ヶ月、地下に籠りぱなしで他にどう楽しめと?」
長い髪を前に垂らし恨めしそうに言う。
「本を読んでればいいじゃないか」
「4日前に全部読み終わったわ」
なるほどとネイドは思った。見ため6歳くらいのウズメは知識を糧にする神霊である。4年前ネイドが16歳の時にある町で緋波と出会い行動を共にするようになってすぐの事、緋波が実家から持ち出した白い鞘の短刀をネイドが譲り受けたときに切れ味をみようと誤って自分の指を切った時に突然ネイドの前に髪の長い 白い服を着たウズメが現れた。
「それはすまなかった、緋波さん新しい本を買ってきてもらえるかな」
「わかりました」
彼女はうなずいて室内を出ようと動きだす。
「ちょっと待った!」
ウズメが座ったまま右手を高く上げる。
「「なんで(しょう)すか」」
二人の視線がウズメを見ると椅子からテーブルに移動し立ち上がったウズメが口を開く
「本はいる!だが断る」
「……????」
二人が無言のまま首を傾げる
「外に出たいのじゃ、これでは昔の退屈な日々と変わらん」
弱々しく呟くウズメを見てネイドは彼女の頭に手を置いて撫でてやる。
「退屈させたようですまなかった、今日で書き物も終わるのでウズメの希望を叶えられるよ」
頭を撫でながら優しい声で言う。
「あの男が持ってきた手紙?」
緋波がウズメの頭を撫でているネイドの手を見つめながら問う。
「あの~目が怖いですよ緋波さん」
「………」
「えっと……まぁ緋波さんの言うとおりです、ギルドマスターからの召還状です」
「また悪い事したの?」
「人聞きが悪いですね、最近は地下生活ですから何もしてないですよ」
「そう」
緋波は視線を動かさず会話する。
「お外で暴れる?」
「暴れません。ウズメは何か私を誤解しているようですね」
大変心外だと言うように首を振るネイド。
「ギルドマスターの手紙ですから面倒な事でしょう」
試しに緋波の頭も撫でてみる、2回撫でてた所で勢いよく手を払われる、少し頬が赤くなって目元が柔らかくなっているから嫌じゃなかったらしいと思うことする。
「うむ。主様よ期待しておるぞ、緋波よ本を買ってくるのだ」
「ウズメ嫌い」
ウズメの言い方が気に入らなかったのか緋波が拒否の姿勢をみせた。ガタッと音がしてウズメがテーブルから床に飛び降り土下座をしてみせた。器用なことをと思い眺めていると
「お願いします緋波殿」ジーとウズメを見る緋波10秒くらいたった所で頷く。
「うん。わかった任せて」
お許しがでてウズメが顔をあげる。
「うむ、ありがとう」
ウズメが笑みを浮かべ礼を言う。
「家族愛の本が希望?」
その一言に顔の色を変えるウズメ。
「緋波、内緒にしてほしいと頼んだのに」
ガックリと肩を落とすウズメ、あぁと思い内心頷いた最初の口調に違和感が凄かったので無視したが、ウズメは本の登場人物が気に入るとその真似をしたがる癖がある、今回は妹設定になっていたようだ。
「我も一緒に行く、主様よ短刀を緋波に」
「わかった」
ネイドは頷くと腰から短刀を外し緋波に渡す、ウズメと短刀は一心同体の存在である為、その姿を保つため15メートル程しか離れることが出来ないので彼女の要望を聞くにはどちらかが短刀を持ち歩く必要があった。それと一緒に懐から金貨1枚を緋波渡す。
「いつもより多い」
「本の代金と夕食の材料費、残りは緋波さんの好していいよ」
「わかった」
こくりと頷くと緋波はウズメと並んで出ていく、その後ろ姿は姉妹のようだなと思いながら 椅子に深く座りなおし明日のギルドマスターとの面会に考えを集中させる。
ネイド達が現在、住んでいる場所はカインズシア帝国の西にある港街ターナは帝国内でも最大の貿易港で帝国の海の玄関と言われ人も物もこの街に集まりかく地に流れていく。
その為、帝国のどの街よりも物価が高く 緋波渡した金貨1枚でも少ないとネイドは思っていたいるのだが、金の事には執着がない為その方面は緋波に全て任せている。以前ネイドがお金の管理は緋波に全て任せようと財布を渡そうとしたのだが頑なに拒否された。緋波曰く重い物は戦闘の妨げになり邪魔との事、お金は生活費に必要な数だけ残しあとはギルドの銀行に預けているので重いと言うほどの重量じゃないはずなのだが……。
緋波に違和感があると言うなれば無理強いはしない、些細なことでも命に関わることもある。
ネイドも嫌がる人に 無理矢理は気がひける、ネイド自身どこまでも自由人なので 大抵はのほほんとした感じなのだか、何かの琴線に触れると 異常なほど執着する為、彼女との最初の出会いからその後の対応まで何となくで緋波と行動ともにしているなぁ~とぼんやりと考えながら思考がだんだんと脱線していく。
将来は牧場並みの広さの土地に住むあたりで妄想から現実に引き戻された。
ドアの開く音と一人賑やかな幼女と聞き役に徹している少女に反応して声をかける。
「おかえり」
「うむ、大漁じゃった」
ウズメの満足してる笑顔と大量に両手に荷物を持つ無表情の緋波。
「また、凄い荷物だね」
と椅子から立ち上がり緋波のもとに歩むネイド。
荷物を受け取ろうとするネイドを軽くかわし軽やかに奥のテーブルに置く緋波。軽く会釈をして台所に向かう緋波を見つめ思わずため息が漏れる。ふと視線を下に向けるとウズメが足下にいて目を輝かせながら両拳を上下に振っている。言いたい事は目を見れば分かるが念のため聞いてみる。
「緋波さんの料理もすぐに出来ると思うけど一緒に食べるじゃ駄目なのかい?」
「主様よ幼児虐待は犯罪じゃよ」
いきなり物騒なことを言うウズメに二度目のため息を吐く……、テーブルに置いてある大量の本を袋から 出してテーブルの上に積み上げると腰に差してあった白い鞘の短刀をテーブルに置いた一冊の本に突き刺す、たいして力をいれていない為、短刀の尖端が僅かに刺さる程度その瞬間、尖端が仄かに発光する。
毎度のことなので驚きもしなくなったが、これが知識の神霊であるウズメの食事となる。
僅か一秒もかからないであろう速度で淡々と作業するネイド、20冊を超えた 所でウズメは満足したのか両の手を顔の前に合わせてお腹一杯の意思表示をしめす。
「今日はちと外れじゃたかな」
と積み上げられた本を見つめる。ウズメの糧となる知識又は情報は本の厚さや難解な本であれば良いというわけではない。絵本のような本が一冊ですむ時もあるので中々難しい。
勿論、実体化してる時は普通の食事もするのだが、情報だけ貰えばいいので一口、口をつけるだけで 済む。
「主様よ、もう迷宮に入らないのか?」
テーブルの上に上半身を投げ出し足をパタパタさせているウズメが聞いてくる。
「いい子に出会えてないからね、迷宮には潜るつもりだよ」
ウズメの問いに笑顔で答える。
「主様の趣味が悪いから去って行くと思うんじゃが」
「友達にはなってくれんだけどね……」
と、ニヤケ顔のウズメと気落ち気味のネイド。このいい子とは魔物の事である。
幼少の頃より動物好きのネイドは8年前のある日とっても愛らしい動物と出会い心を奪われた。
無造作に近づいて攻撃され怪我をおったのだが、本人はまったく気にもしなかった。魔物としっても。その一年後、独学で突き進んだ少年は村の元冒険者から魔物使いの存在を知りあの日の出会いを求めて冒険者になった。