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休日三日目なんてやると思った? 残念。僕という存在はその前の日に怖い思いをしたために三日目はずっと家に引きこもっていたさ! 自慢じゃないけれどね!!
……本当さ、不死者になってからロクな事ない気がするね。
存在感がなくなったかのように認識されなくなって、事故に遭って事故に遭って事故に遭って、強盗に遭遇して、ひったくり犯にひったくられそうになって、学校二度目も空気になって、なんか宝くじ当たって十億ぐらい貰ったけど通貨変わったから四億ぐらいに減って、通り魔に殺されそうになって半殺しにして、いろんな流派の門を叩いたらぼろ雑巾にされる日々を送って…………ねぇ。
まだまだロクでもないことがあるけれども、それを語る場でもないし語りたいとも思いたくない。誰だよ自分の黒歴史を惜しげもなく披露できる奴。
………僕だ。
ま、いいや。とりあえず三日目は一人だったから語る必要なし!
さぁ学校だ!!
「……なんだろう」
現在教室へ向かってる途中。だというのに僕はなぜか・・・・・認識されていた・・・・・・・。
うん。なんか不思議なんだよね。僕が空気だというのは十分承知だしどう足掻いても変えられない絶対的には及ばないけどそれに類似するぐらい当たり前だということを知っている。
なのにや・け・に人の視線が刺さる。針のむしろって位に刺さってる。別に実際刺さったところで僕は死ぬことなく痛いだけなんだけど。
でも不思議だ。何か盛大に事をやらかした記憶があるといえばあるけど別に大したことじゃないはずなのに……。
爆破テロとかゲーム発表でならわかるけど……僕テレビに映った事最近しかしないけどちらっとだった覚えがあるからやっぱり覚えがないね。
教室の扉の前へ行くとドアが自動で開くので待つ。生徒手帳ないと開かないから忘れると大変だったりするね。
普通に開いたので普通に入る。その時に、場が騒然となったというか空気が変わったことが肌で分かってしまった。
僕何かやったかな……はっ! まさか僕が複数回入学してるのがばれたのか!? なんてこったこんなに早くばれるなんて!!
あーそうなったらお終いだなー折角何とか普通に話せるようになれたのにー。
やけくそ気味に教室へ入り、急いで席に座る。バックから教科書などをとりだして最初の授業の準備を机に置いておく。そしてすぐさま突っ伏す。
なんか視線がすごい。すごいから普通に、反射的に、無意識的に視線から逃れるように机に突っ伏してしまった。
「…………」
いやーね。校内放送で呼び出されてくれれば別に、ね。そうなれば…変わらないか。ははっ。
「やっほー空野君」
「……………」
「ありゃ?」
水無さんが話しかけてくるのが分かるけど返事をする気がない。返事ができない。したいと思えなくなっている。
注目されるってこういう事なのかー嫌だなーと思いながら仕方なく顔を上げると、水無さんが心配そうな顔で僕を覗き込んでいた。
「大丈夫ー?」
「水無さん。何か用? 僕は今自分でも驚くほどに目立つということがいかに残酷で傷心するものか理解して落ち込んでいるところなのだけれど」
「えっと……どうかしたの?」
「いや……別に何でもないよ。ただ心当たりがないのに注目されてるという事実があるだけさ…」
「え? 分かってないの? てっきり自慢・・するのかと思ってたけど」
「自慢?」
僕は水無さんに言われ首を傾げる。
自慢する? 何を言ってるのだろうか彼女は。僕が自慢できることなんてただ人より長く生きて、人とは違い死なないだけであって空気で普通な不死者だというのに。
僕が本気でどういう事か悩んでいると、彼女が教えてくれた。
「だってニュースで流れてたよ? 番組収録中にナイフを持った男が乱入したけどそれを防いだ男子学生がいるって。その番組生放送でさ、好きだから普通に見てたら最後の方空野君の後姿が映ったのもあるしね」
逃げるように走る姿見て確信したんだけどねーと笑いながら言う彼女を見て、僕はようやく得心した。
なるほど。道理で僕……って待て待て待て。
「後姿じゃ僕だってわからないでしょ」
「私は分かったよ?」
「それじゃぁ他の人たちはどうして僕を見てるのさ?」
「あぁそれは……」
気付けば僕は水無さんと普通に話しているという事実があった。そしてその事実から語られる水無さん以外が僕を見ているという理由は、奇しくもチャイムのせいで聞けなった。
「はい皆さん席についてください。これから授業を始めます……が、空野明君。あなたは至急学園長室とのことです」
教室が一気にざわめく。『やっぱり一昨日の……』『あのレンティアちゃんを助けた話だろ……』『うそだろ』とか思いっきり聞こえる。
レンティアちゃんって、誰さ。あの時のMC? 僕顔あんまり見てないから知らないしそもそも興味がないから記憶すらしてないんだけど……ま、行かなくちゃいけないんだろうなぁ。
座ったままため息をついた僕は、席を立ってそのまま教室を出ることにした。
「ていう訳で学園長室の前にやってまいりましたけども……気が進まないなぁ」
何が気が進まないって。僕という空気になりうるはずの人間をわざわざ名指しでここまでこさせるなんて絶対なんかあること確実なので、はっきり言おう。行きたくない。帰りたい。
はぁ。僕は自分で空気を重くする天才だね。自分で言っててさらに嫌な気分になるけど。
まぁ仕方がない。世話ないから仕方がない。
だから僕は、ノックして学園長室に仕方がなく入ることになった。
「失礼します」
「悪かったね、呼び出して」
「そう思うならお呼び立てはしないでいただきたいのですが、学園長」
内心さっさとくたばって二度と顔見せるなこのババァ・・・と思いながら。
悪口は言えますよ。ただいう相手がいなかっただけでございます。
「また一段と悪意がこもってるね、本当」
「悪意なんてこめていませんよ。籠めているのは侮蔑です」
「……また嫌な生徒が出てきたもんだ」
はぁっとため息をつく学園長。その姿からはとても200歳を超えてる存在だとは思えないほど瑞々しい肌をしている上に見た目が二十代の美人と変わらないという反則的存在。
……僕は人の事言えないけど。
で、その学園長室には現在僕と学園長以外に二人いる。
一人は金星人の男。金髪眼鏡でなんかカーディガンを首に巻いている。
もう一人は木星人で僕と同じ(十五歳という意味)な気がする綺麗と称しても違和感がない少女。そして一昨日見かけた少女と同じ。名前なんて知る由はないけど、きっとクラスメイトが言っていた『レンティアちゃん』なのだろうと勝手に推測する。
「授業の頭から呼び出しとはなんですか?」
あくまで仕事モードを貫くことにする。そうでもしないと平静を保っていられない気がするから。
…自分で質問しといてなんだけど、一応答えらしきものは出ているんだよね。だから平静を保てるか不安なのだけれども。
僕が質問したら、学園長が答えてくれた。
「一昨日のアレだよ。あんたがナイフ持った馬鹿を投げ飛ばしたの」
「些か早計じゃありません? 僕だという証拠はありませんよね?」
「あんたは知らないだろうけど、最近は目撃者の証言と映像があれば人物の想像図位当てられるんだ。ニュースでやってただろうに」
「それ思いっきり犯人扱いじゃないですか」しかもそれぐらい僕は知っています。
「犯人、というよりは、功労者がいきなり逃げたからだろうに」
「……僕はやってませんよ」
「この場でまだ言い張る気かいあんた」
見下げた根性だねと吐き捨てたババァは、
「なぁあんた」
「なんですか?」
「今私の事ババァと思わなかったか?」
「思ってませんので話を続けてください。私授業に戻りたいので」
「……絶対思ってただろうに……まぁいい。あんたに礼と感謝状「いりません」……そこで即答かよ」
再び溜息をつく学園長、もといババァ。
「おい「私は助けたと思っているわけではありませんよ。ただ目の前から来る存在が帰るときに邪魔だっただけです」」
……自分で言ってて何言ってるのと思うし、他者をどうでもいいとしか思ってない人間に見えるし、実際その通りではないと信じたい自分がいるので複雑。
「いや、お礼位は聞いておけよ。せっかくこうして来てくれたんだから」
そうですかね? …………まぁそうだろうね。
仕方がないので、僕は扉の前に立ったまま「どうぞ」と促す。
別に深い意味はないよ? ただ逃げたいだけさ! さっさとね!!
後ろ向きに全力な僕。本当、直さないといけないと思っているんだけど。
顔に出さずに心の中で落ち込んでいると、木星人の少女がソファから立ち上がって頭を下げ、顔を上げて「ありがとうございます♪」と笑顔で言ってくれた。
が、その笑顔に特に純粋さの欠片も見出せなかった僕は「はぁ……」と生返事だけを返すことに。社会人だとこういうこと多かったりするんだよね。反応に困るときは特に。
あーあの時の上司マジ変な話しかしなかったよなぁなんてぼんやり思いだしていると、「聞いてましたかー?」と聞いてきたので「まぁ」と軽く返事をする。実際お礼の言葉以外は聞いてないかもしれない。
「えっと、空野、君……で、いいのかな」
「うん」
「ありがとう。助けてくれて」
「先程も言いましたが」
「うん。分かってるよ! ボクを助けたわけじゃないってことでしょ? でも結果的にボクが助かったのであるならば、君はボクを助けたことになるんだよ!」
「でしょうね」
淡々と返事をすると、なんか元気がなくなってくのが目に見える。
「……君はボクと話すのが楽しくないの?」
「あまり人と話さないので受け答えが分からないだけです」
ぶっちゃけ人見知りだからね! その言葉を飲み込んで答える。
というか、この子誰だろう? 一応レンティアさんという予測は立てているけど、予測は確実ではなく予想なのだから当たっているかどうかわからない。かといって聞くのもどうかと思うし……。
なるようになるしかないんじゃないかという結論に達した時、彼女は僕に人差し指を突き付けていた。
「……人を指でさすのはマナー違反ですよ」
「…ボクの話聞いてなかったみたいだね」
えぇそうです。とは言わずに「とりあえず指を下ろしてください」とだけお願いする。
「……アイドルのボクが冷静に受け流されるなんて…屈辱だ」
いやーそうはいってもねー。僕基本的にファッションとアイドルとかに興味がないんだよ。別にモテたいと思ったこともないしどこのグループが魅力的だとも考えたことがないから。
言ったら確実に止めになりそうなことを胸の裡で考える。なんていうか僕は仕事モードになると急所を打ち抜く(人の弱みを突く)ことによる優位性で話を進めるタイプだったんだよね。……無欲になったからかもしれないけれど。
ともかく。これ以上話をする義理も何もないと思った僕は、「もうよろしいですか? よろしければ先に退室したいのですが」と学園長にお伺いを立てる。
「……マネージャーさんはいいのかい」
「あ、ありがとうございます。我が儘を聞いていただき」
「構わんよ」
「それじゃ行くよ。レンティアちゃん」
「…空野君! 絶対君をボクのファンにしてやる!!」
席の立ったので僕は慌ててドアを開けて陰に隠れようしたけど、その前にレンティアさんが僕に向けてそんなことを言って出て行ってしまったので隠れられず、残されたのは僕と学園――ババァだけ。
「とりあえずドア閉めな、空野」
「戻りたいのですが学園長」
「まぁいいじゃないか。終わってから戻っても」
「私に負けた・・・のがそんなに悔しいんですか」
「それもあるけどね。最後のアレはひどいと思うんだが」
「そうですか? 話すことが終われば立ち去るだけです。特に違和感はありませんが?」
「……はぁ。もういい。あんたとは口論するだけ無駄なようだ」
そう言ってペットボトルの水を飲む学園長。
「プハァ。生き返る」
「つまり今まで死にかけてたってことですね」
「つまらない揚げ足を取るんじゃない……で、だ。ちょいっと部活の話・・・・をしようと思ってね」
「部室の話ですか」
「まぁそれもあるが……あんたとそのギルフォードっていう女にさっそくお願いするんだけどね」
「なんです」
「あんた達助け部の部室をやる代わりにちょっと厄介な子のやる気を出させてもらいたいんだよ」
「誰?」
「クロノ・サイス・ランティス――――天才の割に無気力な、魔法を使おうとしない二年生さ」
――――これが、僕とギルフォードさんの最初の依頼だった。
「なんでこの時間に?」
「一々呼びつけるのがめんどい」
「あっそうですか…」