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時系列変わらぬまま放課後。まぁ僕にとって一日過ぎようとも一週間過ぎようとも一年過ぎようとも大して変わらなかったりするというより、時間の感覚が狂っているので感じ方が超微々たるもの。あ、終わったんだ的な感じ。学校通ってなかったら、平気で100年寝てたりするしね。そんなことないけど。
一度染みついたリズムというのは結構変わることがない。だから6時起き10時就寝というリズムで毎日過ごしていたりする。
…とまぁ昔の話だったり今の生活リズムに対する話をしたところでこの場には関係ないのだけれど。
で、放課後。
僕は屋上で空を眺めていた。
昼休み。昼食が終わった僕はなんかおさげ髪の少女――エリザ・クラスト・ギルフォードさんに「ほ、放課後、お、おおお屋上に来てください!」と言い逃げられてしまったためにおとなしく従ってノコノコと来てしまったわけでございます。目標がすぐ達成できそうになって浮かれてるのかもしれない僕の誕生ですよ? わがことながら嘆かわしいと思ったり思わなかったり。
ぼっちだったから一度も誘いなんて受けたことないんですよ! 空気だったから誘いの話に乗れなかったんですよ!! 文句あるか社交性ゼロのぼっち舐めるな!!
ふぅ。言いたい文句が言えたからすっきり(心の中で)。
ところで、空というものは二千年近くたっていても変わることはないという発見ですよ。むしろ現在のほうが若干綺麗に見える気がするのは気のせいでしょうかね。いえ気のせいじゃありません。
暇なときは縁側で空を丸一日見てた僕が言うのだから間違いない! 空というものは青から黒へと鮮やかに変わっていき、それを雲や星たちが飾るものなのだ!!
…………なんか違うことを考えた気がする。恐ろしく違うことを考えてた気がする。
「あの…そ、空野……君。ま、待った…?」
!? 不意打ちみたいに声が聞こえるって反則だよね! 僕もう身構えるどころか緊張感80%だよ!!
突然後ろから(僕は屋上の扉に背を向けていたため)声が聞こえたので、内心で飛び上がりつつ返事をする。
「な、何!?」
「え、えっと……待ってた?」
「ううん! 全然!! 1秒も一瞬も一刹那も待ってなかったよ!!」
「……くすっ」
はっ! なんか変なこと口走って笑われた!! これはあれか! 僕に弁解する余地もなく『お前もう面白いキャラ決定』というやつか!! そんなことはないというのに! ただ僕という存在が人見知りで超緊張しやすくて存在感がほとんどなくて僕を覚えてくれてる人なんていなくて友達もいなくて気軽にしゃべれる人がいなくて不老不死であることを隠しているだけだというのにまったくぅ!!
思わずフェンスを握る力が強くなる。なんか土星あたりの技術使ってかなり頑丈なつくりらしいけど、力入れて握ったら簡単にその部分だけへこんだ。そして僕も気持ち的にへこんだ。
「あぁ……」
なんて学校生活だ。これはもはや僕にもう2度と学園生活をさせないための前振りだな? データという仮想空間に蓄積されるそれに刻んで、僕を社会に出すつもりだな?
……まぁ社会で仕事なんて100年に一度くらい就職して1年働いているさ。最近じゃ一人で生活するには十分すぎるお金あるからやる気起きないけど。
住民税とかの徴収に関しては……どうなんだろう? 取り立てが一度も来てないし、財産の差し押さえなんかもされていない。電気代やガス代、水道代は払ってるけど。引き落としだから。
というわけで、僕は今関係ないことを考えてネガティブ思考を追い払ったところです。
「ご、ごごごご、ごめんなさい」
こんな声も聞こえたしさ。
僕は意を決して振り返る。失神しないように勢いよく。やっぱり、ゆっくりしてたらその分人を見る時間が長引くからね。
それで振り返ったら、彼女が頭を下げていた。90度の角度で。
ふむどうしてだろう。状況の理解ができない僕はとりあえず頭を下げている彼女に話を聞く。
「一体どうして?」
「わ、私のせいで不快にさせてしまったようなので……」
なるほど。僕が落ち込んでいたのが不快になったと思ったわけか。ほほぅ。
正解とは程遠いので、僕は「別に不快になってないよ」と空を仰ぎながら言う。
不快にはなっていない。ただ自分の思考によって気が滅入っていただけだ。そこから現実逃避がしたかっただけだ。…ちょっとはショックだったけど。
「……ほ、本当ですか?」
「嘘つけないからね」今のところは。
「そ、そうですか…」
再び俯く彼女。僕としては別に時間が過ぎていくのはどうでもいいことになりつつあるのでこのまま過ぎていくのは構わないけど、彼女自身の時間はおそらく有限。
というわけで、名残惜しいけど話を進めることにしてみた。
「僕に何か用?」
そう言うと顔を上げたので、僕は反射的に視線を逸らす。さすがに直視して会話できるわけではないからね、まだ。
「……えと」
「うん」
「…あの、」
「うん」
「…どうして、こちらを向いてくれないんですか?」
「気にしないでこっちの方が僕が話しやすいだけだし君もそっちの方が緊張しないで済むだろうと慮っての行動な訳だから」
「は、はぁ……」
なんか呆れられた。それとも引かれた? どっちにしろ嫌な反応だけど。
「君も門限があるだろうから言ってくれないかな?」
「そ、そそ、そうですよね……あの、空野君」
「なに?」
そう言うと彼女は大きく息を吸って誰かに告白するように人目を憚らず、叫んだ。
「私と一緒に、部活つくりませんか!?」
…………。
「え、部活?」
そう僕が聞き返すと、彼女は先程までと打って変わって「はい!」と力強くなずいてから喋り出した。
「私小学校からずっと人見知りで友達出来たら楽しいんだろうなぁと思って話に聞いてたものをやってみたり着てみたり色々やってみたんですけど結局変わらなくてどうしようかと思いながら中学校に進級して部活という存在があるのを知ってこれならと思ったけど部活を作ることができなかったので高校生になったら思い切って部活を作ろうと考えていたんです!!」
きらきらとした目で僕に近づきながら力説する。それに怖いものを感じながら下がる僕。
傍から見ればさぞかし僕の方がヘタレに見えるんだろうなぁこれと他人事みたいに現実逃避をしている間も、彼女は続けていた。
「でも結局話し掛けることができなかったし自己紹介で失敗したなぁと思って絶望したその日、帰った後の買い物からの帰り道であなたと会えたんです! あなたも私と同じで人見知りな気がしたので図々しいと思ったのですが私の一縷の望みなんです! だからお願いします!!」
「……えっと、少し前に僕の事轢いたよね? 一応君加害者な訳だけど……罪悪感とかないの?」
その事を指摘すると「うっ」と顔が歪み、離れていく。
「ですよね……空野君が通報しなかったから今私がこうして普通に学校に通えるんですものね…」
望み過ぎですよね……と悲しそうな声でつぶやいたのを聞き、まぁ反省しているんだろうなぁと未だ彼女と視線を合わさずに思う。
さすがにね? 反省してるような人間の頼みを無碍にするほど人を忘れてないと思いたいけれどどうなんだろうかと謎のままになってしまうのはしょうがないという言葉で片付けてしまえるものだったりする。
あれ? これじゃ結局僕は人を忘れてるかどうかわからないぞ?
ま、いいか。そう切り捨て、僕は彼女に「大丈夫だって。部活」と言った。
「……え?」
当たり前のように驚く彼女。予想できていたとはいえ、我ながら汚いものだ。
「本、当…ですか……?」
「うん。僕も空気脱却したいからね」
その言葉で彼女の表情が明るくなる。雰囲気自体も。
で、その後。
「ありがとうございます!!」
「!」
手を握られた僕は臨界点突破して気絶しました、とさ。おしまい
――――――なわけない。
そりゃ気絶しそうだったさ。だけどギリギリ、本ッ当にギリギリのところで臨界点突破しなかったんだよ。ただ言葉がちょっとあやふやになりかけたけど。
で、現在。
僕達は帰り道が一緒なので歩きながら部活設立の話を、視線を合わさず、歩幅を合わせずにした。
「何部つくりたいの?」
「えっと、人の悩みを解決する部、ですね」
「それならボランティア部でいいじゃん。そこに入れば」
「無理です無理です。入ったとしてもどうせ空気で三年間過ごすこと確定ですので……」
「というか、カウンセラー室があるからそこで事足りない?」
「それは…そうですけど……。なら、空野君は何かあるんですか?」
「僕かー……シュレ・デュアル・ソースをやってみたいなー」
「シュレ、デュアル…ソース? なんですかそれ?」
「ざっと二百年ほど前に流行ってたんだよ。確か……異世界の人たちの遊びだったかな? 地球で言うチェスみたいなもの」
「そ、そうなんですか……良く知ってますね」
む。ちょっとマズイ。なんとなく思った僕はすぐさま捕捉する。
「あはは。家に昔在ったんだよそれ。大分古かったから捨てたけどね」
「あぁ、なるほどそうでしたか……って、それ捨てるより売った方がよかったのでは?」
「二束三文にもなりはしないよきっと。保存状態悪かったから」
「ですか……って、そうじゃありません。活動内容をどうしますか?」
「そうだねー」
転移停までついた僕達は、ギルフォードさん、僕の順に上に乗る。
時間は特に関係なく、ただ場所指定のパスポートとポケットクレジットを身に着けていればその指定場所へ着く。お金はポケットクレジットに入っている分から転移料が自動で引かれる。
今や紙幣ではなく電子マネーが完全普及している世界。2000年前にもそんなものが在ったけど、完全電子マネーになったのはここ数十年の話だったりする。それまでは電子マネーが一旦消え、物々交換が基本だったから(地球に住んでいると世界共通金銭単位になった『ドル』紙幣が普通だったから実感はなかったけど)。
家がある田舎までに数秒もかからずついた僕達は、再び会話を続けた。
「そうだねー、じゃないです!」
「だったらこれは? 人見知りを直すための社交部」
「……それはちょっと」
「あれ? ダメ?」
「ですね…」
「ダメか……なら、考古学研究会」
「それも……ごめんなさい」
「なら、何がやりたいの?」
面倒になったので話を振る。すると彼女はうーんと唸ってから答えた。
「やっぱり……人助け、です」
「人助け、ね……なんでまた?」
「憧れるじゃないですかやっぱり」
「ふ〜ん」
憧れる、ね……。何ともめでたい人だと思いながら、僕は「ならそれでいいんじゃない?」と返事をしておく。
その言葉に嬉しそうにしながらも今までの会話を思い出したのか、彼女は僕に近づいてきながらこう言った。
「ならなんで否定したんですか?」
僕の横顔に近づいるのが耳に感じる彼女の吐息で分かる。なので視界に絶対入れないように視線を逸らしながら「べ、別に否定はし、しししてないさ。君がか、勝手に否定されたと思っただけだろ? 僕はただ、似たような部や教室があるよ、と言っただけ」と意地悪な屁理屈を言う。
「それもそうですけど……」
すぐに言いくるめられたので、僕はすぐさま話題を変える。
「ところで活動内容とか決めても部員二人じゃ成立しないでしょ? うちの校則じゃ部は4人以上、同好会や愛好会は二人以上だよね」
「……そうだったんですか?」
「え?」
驚かれたのでこちらも驚く。部活を作るというのだからてっきり校則もちゃんと読んでいると思ったからね。
だから僕は制服の内ポケットから生徒手帳を取り出し、ぱらぱらとめくって校則の『部活動会則』の項目を彼女に見せる。
あ。なんで僕が知っているのかというと、暇だからずっと手帳を読んでました♪ というか、3度目の入学からほとんど変わってなかった。
だいぶ落ち着いたのかなと時代の変化について考えていたころを思い出していると、「…迂闊でした」と落ち込んでしまった。
とりあえず僕はなだめる。
「別に愛好会でも同好会でもいいんじゃない?」
対し彼女は「ダメです! 部活じゃないと……!!」と顔を上げてこちらを向いてきたのが雰囲気だけで分かった。
でもなぁ〜僕は不死者で空気だったから友達と呼べる存在いないし、彼女も人見知りだから友達いないだろうし。
こんなんで部活出来るのかなぁと空を見上げながら歩いていると、「わ、私もうすぐ家なのでお、お先に失礼します!」と言って走っていく音が聞こえた。
――――本当に、どうするつもりなんだろうね?