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人生というのは先が見えないからこそ面白いという人がいる。
確かにそうだと思いはするけれど。全面的に賛成するところではあるけれど。
それは人生の終わりがあると感じているからじゃないのかと僕は言いたい。
べ、別に僻んでないしっ。僕の人生の終わりがないからってつまらないわけじゃないしっ。日々を楽しく過ごせればいいと思ってるし僕は。
なんて負け犬の遠吠えならぬ不死者の僻みはとりあえず置いておいて。
「そ、そそそそそれじゃ、そ、空野君の快復を祝いまして……か、かか、乾杯!」
「乾杯!」
「って、そんなことをする必要があるのか?」
「無粋なツッコミしますね相変わらず」
「そういうお前は乗らなかったな」
「自分でも理解が追い付かないのに乗る気がしれませんというよりは、割と不法侵入してることに気付いているんですよね皆さん」
「「「…………」」」
一気に静まる空気。とんでもなく気まずいというか、僕の言った意味が理解できたのか、各々俯いてしまった。
……まぁ、別にいいけどね。どうやって僕の家を見つけたのかとか、どうやってトラップを乗り越えたのかとか、どうやって暗証番号を当てたのかとか。
僕の家、区分的にはギルフォードさんと一緒ではあるけれど、一人だけ圧倒的に離れた場所にあるというのは言ったよね。
そこを選んだ理由は単純に人とあまりかかわらずに済むからであって秘密基地が憧れてたとかいう訳じゃないんだけど……念には念を入れてというより山から野生生物やたまに現れる山賊(というより浮浪者)を撃退するために色々な仕掛け・・・をしてるのだ。
例えば、僕が普段通っている道に僕以外が通ると槍が降ってきたりレーザーが飛んできたり丸太がハンマーよろしく左右から飛んてきたり幻覚作用により方向感覚を狂わせて別な道へ誘導させたり、落とし穴があったり地中から剣が大量に出てきたり…と色々な意味で殺しにかかってるんじゃないかと今更ながらあの頃の自分の心理状態はどうなっていたのだろうと勘繰ってしまうようなラインナップが施されている。
また、家に到着したとしても玄関前に暗証番号を入れて正解しないと開かない鍵をつけており、一度でも間違うとその人は二度と入れないようになっている上、落とし穴に落ちてギルフォードさん達の集落というか村というか街とは違うからやっぱり村かなそこのどこかに吐き出される仕組みまである。
そんな凶悪極まりない、家を買った当初に付けて未だに作動し続けているトラップの数々を潜り抜けて一度でも間違ったら入ることが不可能な、数秒に一度変わる暗証番号の入力を全員成功したという事実に今僕は驚いているというか感動しているのかもしれない。……ギルフォードさんだけボロボロになっている理由がそこにあるのかもしれないけど。
とりえあず丸テーブル二つ(片方は居間から持ってきた)に並べられた料理(恵菜さんが作った)そっちのけで俯いている三人に、僕は苦笑しながら「別に気にしてませんから大丈夫ですよ」と三人に言う。
実際ね。僕自身警察にご厄介になったことなど一度もないんだよね。なったら色々な意味で不味いから、自分が被害者になったという痕跡を全部消してるし。ま、加害者に認識されてないのが大半でご厄介になってないけども。……ダメだ少し悲しくなった。この話題はとりあえず投げよう。
気を取り直して。
「さぁ恵菜さんが作ってくれたんですから食べましょう皆さん」
「って、おいこら空野。さらっと流しそうになったが落としてなかったことにしたのは一体ど」
「カンパ〜イ!」
「聞けよ! 一人で盛り上がってるんじゃねぇよ!!」
「別にいいじゃないですか。家主の僕がそう言ってるんですから」
「納得いくか! やる必要のないことわざわざはさむな!!」
「先輩」
「…なんだよ」
「世の中では不要なものをいかに有効に使うかがカギなんですよ?」
「……だから?」
「つまり、真の無駄はこの会話の時間なんです」
「脈絡考えろぉぉぉ!!」
うん。先輩の常識的対応はいなかった間でも健在なようだ。満足満足。
と、こんなやり取りをしていたら恵菜さんとギルフォードさんが同時に噴き出した。
それを聞いたランティス先輩は、すかさず二人に「何笑っているんだよ」とぶぜんとした態度で質問する。僕はおそらく恵菜さん達が買ってきたであろう飲み物をちびちびと飲み始める。
……そういえば、清涼飲料水って最後に呑んだの何時だったかな。今飲んでいるのがそれだったので少しばかり昔を思い返す。
不死者になる前は飲んでて……なった後は戦争時には販売中止になったから飲めず、惑星間交流が始まった時には他惑星からの輸入品でそういうものが在ったけど飲まず嫌いで飲んでおらず、異世界交流の方だと大体酒ばっかりだったからこれまた飲まなかったんだよな……地球で販売されてる有名どころは未だに改良を重ねてるらしいけど、昔ながらのも販売されてるけど飲んでないから……ってことは。僕今日が不死者になってから初めて飲んだということになるのか。
感慨深くなり味を確認するように今度はゆっくりと飲む。
…………炭酸飲料じゃない。コクーラじゃない。三ツ星サイダーじゃない。キンソンじゃない。なんだろう? 梅みたいな酸っぱい感じがするけどどことなく林檎みたいな甘みがあるし……しかも若干パイナップルっぽい味がする。全体的に酸っぱい。悲鳴を上げるレベルじゃないけど。
こんな清涼飲料水が現代で売れてるのかなーと内心首を傾げていると、「聞いてました空野君?」と恵菜さんの声が。
「え?」
「あ、こいつ聞いてねぇな」
「だ、だったらいいじゃないですか別に」
「いいんですかエレナ?」
「い、いいいいいんです!」
ため息を漏らす先輩に、ニヤニヤとギルフォードさんを見る恵菜さんに、見られてるせいからか顔を赤くして慌てるギルフォードさん。
一体どういう話をしていたのか気になったりするけれど、本人が必死に隠してるのだから別に追求する必要はない気がするので、ここは好奇心を出さずに本題に戻ろう。
「じゃぁさっさと食べますか。今何時なのか分かりませんけど」
「もう夕方だぞ。だからこれは夕飯だ」
「……じゃ、食べますか」
「「「「いただきます」」」」
こうして僕達は飯(夕飯らしい)を食べ始めた。
食べながら、僕は三人に質問した。
「あのさ。ひょっとしてみんな十日もここにいたわけじゃないよね」
「バァカ。俺達が動き出したのは三日前だぜ? そんな十日も前から……」
「? どうかしたんですか、ランティス先輩?」
先輩が不自然な口の開き方をしたまま固まったので、僕は箸をおいて首を傾げて問いかける。
ここにある食器はみんな僕の家(一応家族がいるように見せるために食器を四つほど全種類揃えていた)のもので、日本人なので箸や茶碗や味噌汁茶碗を標準でキッチンの食器棚に置いてある。皿とかも洋風と和風がいろいろ置いてあり、不死者になる前の和洋折衷精神が今もまだ生きているというか買ってないためにそのままってだけなんだけど。約1900年前の・・・・・・・。誰も気付いてないだろうけど。
……今更だけど、僕の身の回りにあるものって1000年以上経っているのに何の変哲もなく作動したり稼働したり錆びたりしないんだよね。ステンレスの食器とかフォークとか水道管とかガス給湯器とか風呂場とか、色々。テレビと冷蔵庫とパソコンはさすがに買い換えているけど。それ以外は特に代わり映えがしない。うぅむ。謎だ。
とかやっていたら「…だ」と言い終わるランティス先輩の声が。
「どういう事です?」
「やっぱり聞いてなかったかお前。だからな? 俺とババァとギルフォードと恵菜が動き出したのが3日前なんだが……実際に動き出してたのは、お前が学校に来なかったときからかもしれないという事だ」
「それってつまり先輩ハブにされて進行してたんじゃないですか?」
「……ぐっ」
言い返せないらしい。心当たりでもあるのかな。まぁいいけど。
言葉に詰まった先輩を無視し、僕は料理を食べ始める。
とはいっても、並べられている料理自体僕は知らない。だって僕が作るのは2000年前によく食べたものばかりだし。材料とかもわざわざ地球専門店が並ぶ商店街で買うほど徹底してるし。
今食べているご飯は僕の家のだからまぁおいしいけど、おかずが良く分からない。
おそらく野菜と肉を炒めたものだろうけど、その野菜の形が見るからに地球製じゃないのが分かる。肉は細切れだから何製だから分からない。
揚げ物に関してもそうだ。何を揚げたのか皆目見当もつかない。同様に、おそらく魚を焼いたものなんだろうけど、見た目が地球じゃお目にかからないものなので種類が分からない。ていうか怖い。特に顔が。なんかすごい死人のような顔で焼かれた顔が。食べる気失せるってこれ。
そんな僕の心情を知ってか知らずか食べ進める三人。それも、おいしそうに。談笑しながら。
…………これが現代っ子と老人の差かぁ! と思わず言いたくなったけど抑え込み、米粒を一粒一粒器用にとって時間を延長させる策に出た。
けれどそんな下策が通用するわけもなく。
「空野君? 食べないんですか?」
ギルフォードさんが僕の様子を見てそう質問してきた。
それに伴い集まる視線。そして動きの止まる僕。
「「「「…………」」」」
き、気まずい。何が気まずいって色々な空気が。この空間を支配する空気が。
僕は頑張ってこの空気を打破すべく、ざっとおかずを見渡す。
食べられそうなもの食べられそうなもの食べられそうなもの…………。
とはいってもおかずは3種のみ。炒め物・揚げ物・焼き魚。どういった料理名なのか分からないのでとりあえずジャンル別に区分しておいた感じ。
……なんか魚だけは食べたくないな。何あれ怖い。なんか精神抉ってくるような感じで怖い。生きてきた中で一番怖いかもしれない。
となると炒め物か揚げ物かな…それでも怖いけど。原材料が不明で。
今までこだわってきたのは、単純に未知の素材だからである。既知外の食材を食べようとする勇気がない只のチキンだからである。
ころころ変わる食生活に合わせるのが面倒だとか思ったわけじゃないからな! 100年や50年単位で変わる食にやってられるかと思ったわけじゃないからね!!
これでも続く三人からの視線。無言の圧力。
迷った挙句に僕は安全だろうと思われる炒め物を野菜と肉と一緒に箸で取り、口に突っ込んで噛み始めた。
「「「………………」」」
もぐもぐもぐもぐ……ごくん。
「うっ!」
食道を通して胃の中にそれを流し込んだと同時、僕はあることに気付いて思わず口を押える。
他の三人が心配そうに見てくるのが分かるけど、そんなの気にしていられない。
だって…だって……。
「からぁぁ!? なにこれ辛い!! おっそろしいほど辛い!」
見た目あんかけ風なのに、とんでもなく辛かったのだから。
僕はすぐさまキッチンへ駆け込み水をコップに入れて飲む。かなり煩わしいけど、直接飲むということはしない。
何回水を飲んだのだろうか。というより、最初の水を飲んだ時点で痛みが消えたけど、口の中にまだ残ってる気がしたのでそれを消すためにがぶ飲みしてたものだ。
…………なんなの、あれ。肉や野菜の食感をすべて辛さに持ってかれたんだけど…。
これが現代人の味覚かとリビングに戻ると、恵菜さん以外ノックダウンしていた。
……どうやらこれ、恵菜さんの味覚に合わせた結果らしい。
恵菜さん一人だけ首を傾げて食べ続けているのを見ながら、悪くはないかなと思った。a




