18
学園長室へダッシュで向かった僕は、ノックの返事も待たずにドアを開けて締めて鍵をかけて寄りかかる。
「今日はなんだか騒々しいね」
「あ、ありがとうございます呼んでいただいて。僕ちょっとピンチだったので」
「?」
書類に目を通すのをやめてこちらに向いたのが分かった僕は、呼吸を整え終えたのを理解してドアから離れてソファに座る。
ふぅ。ふかふか。気を抜いたら眠りそうだ。
「一体何があったんだい?」
「……ふぇ?」
「何寝ようとしてるんだい……」
いけないいけない。本当に眠りそうになってたようだ。慌てて僕は深呼吸をして学園長の方を向き用件を尋ねた。
「また依頼ですか?」
「そうだけどその前にお前の身に何があったのか気になるんだけど」
「それが僕自身にもわからないんですよ。生徒会には呼ばれるし、先輩が呼んでるときましたし、朝の騒ぎの張本人が来たりまったくもって知らない人から探されて……」
「……お前さん、本当に心当たりないのかい?」
「僕自慢じゃありませんけど学校で友達なんていませんでしたよ。今まで」
ま、今までと言っても、不死者になった後の話なんだけど。その言葉を心の中だけでつぶやくと、「まぁ生徒会の方は大方予想がつくんだが…」と学園長が言っていたので僕は聞いてみた。
「一体どう言った用件なんですかね?」
「大方勧誘かなんかだと思う。今年の一年に生徒会のメンバーはいないようだから、何も入ってないと思われるお前さんが呼ばれたんじゃないのかい?」
「それはあり得ませんよ。僕ちゃんと部活に入ってますし。届け受理されましたよね?」
「正確に言うなら受理させた、だと思うんだけどね……。じゃなかったら…お前さん、何かやらかした記憶は?」
「空気でぼっちで人見知りの僕が騒動を引き起こすなんてしませんよ。心外です」
「……どちらかというと、起きた騒動を鎮火させる類だろうね良く考えたら」
「で? 今度は誰をどうすればいいんですか?」
「…ちょっと待ちな」
そう言うと学園長は目頭を指でしばらく抑え、それを離したと思ったら腕を伸ばして背伸びをした。背伸びの際に胸が視界に入ったけど欲らしい欲がほとんどない僕にとって目に毒なものでもなく、しわがられたんだろうなと感想を抱き、憐みの視線を向けるのみ。
その視線に気づいたかどうか知らないけど少ししてやめた学園長は咳払いをしてから説明を始めた。
「助け部に依頼したいんだが」
「その前に一ついいですか?」
「なんだい」
「部長は僕じゃありませんよ。部長に話を通してからにしてください。そして僕に直接依頼するのは金輪際やめてください。というか、そもそもの前提としてこの部活は学園長の私物じゃありませんから」
「……それぐらい知ってるさ。ただ異世界出身の者・・・・・・・としては、ギルフォードと話すのは緊張があるんだよ」
僕の注文に苦々しい顔をする学園長。久し振りにこんな顔見たな。部活を成立させるときに脅した時の表情だ。本当にギルフォードさんが何者なのかと調べてもいいんじゃないかと思ってしまうね学園長のこんな表情を見ていると。
ま、それとこれとは話が別だけどね! きっちりきっかりビシッとちゃんとギルフォードさんに話を通してくださいね。毎回僕が呼ばれると僕自身の心臓がもちません。
そんなことを思いながら、黙ってしまった学園長に話しかける。
「今日はもう仕方がないのでこのまま話を進めましょう。ただし次は部長に、最初に、話を通してください。僕が実質的リーダーではなく、彼女の手助け程度ですから」
「手助けよりよっぽどの事やってる気がするんだけどね……まぁ話をしようじゃないか」
やっと始まるよ。前置きが長くて長くて大変だった。そんな風に学園長の真剣な顔を見ながら、僕は耳を傾けた。
「これはまぁ出来たらでいいんだが、うちの学校にいる問題児を抑えて欲しい」
「問題児? 誰ですかそれ」
「鏡をみ……違った。お前さんと同じ学年でヒューマノイドのミゼラって女性型がいるんだが、そいつがどうも手が早くてね」
「あぁ今朝乱闘騒ぎを起こした人ですか。僕のところに来ましたよ」
「……それってここに来る前に来たってやつかい?」
「まぁ。何故か知りませんけど僕と闘いたかったようなので、軽く説教してやりましたよ。あまり懲りてないようですが」
「………はぁ。ならいいさ。少なくともしばらくはおとなしくなるだろう」
だといいですけどねぇと思いながら、「もういいですか?」と訊ねる。本題が自分の中で完結しているのなら別にもう僕に用件はないと思うけど、一応。
「まぁそうだな。特に急ぎの用はもうないし」
「お疲れ様です」
「……あんたからそんな言葉が出てくると、裏があるんじゃないかと勘繰ってしまうから不思議だね」
「まさか」
僕は肩を竦めてソファから立ち上がり、ドアへ向かって扉の鍵を開けてドアを開け、「失礼しました」と背を向けたまま言って学園長室を出た。
「手を付けられないという点だと、あんたが一番なんだろうけどね……」
そんなつぶやきが聞こえたけど寛容な僕は反論も悪口も言わずにスルーした。
それじゃ、部室へ行きますかね。
屋上の一角。部室が完成したのでその日から放課後はそこにいる。もっとも、ギルフォードさんは僕の顔を見るとすぐに気まずそうに視線を逸らすので居心地が悪くなり、僕が折れてさっさと帰ってしまうので依頼者が来てるかどうかわかってないけども。
見たところそれほど大きくはない、屋上への入り口が一つ増えたのか思ってしまうような大きさの部室で中もそんな感じかな。六畳一間でテーブル一つに椅子が六つ陣取っているためにほとんどモノを置く場所がないけど勉強はできるね。置くものないから別に僕はいいけど。
さて部室の前に来たのはいいけれど、どうやら来客がいるらしい。聞き慣れない声が聞こえる。
『……なんです』
『って、言われてもな…』
『それって――――じゃないですか』
『えぇ!?』
『いや。なんでお前が驚いているんだよ』
…………。良く分からないや。良く分からないことはいいかな。関わらなくても。
そう思った僕は踵を返して来た道を引き返そうかと思い背を向けて一歩踏み出したところで屋上のドアが開いたのが見えた。
現れたのは生徒会の人間と名乗った火星人の男。肌が少し赤く、顔立ちは厳つい。
僕が姿を確認したと同時、彼も僕の事を見つけた。
「「――――あ」」
二人同時に声を上げたけど、その後の行動はばらばらだった。
僕は近くのフェンスを上り、その人は僕を捕まえようとダッシュで近づいてきた。
うわやばっ! そう思って慌ててフェンスから飛び降りた。
「おいっ!!」
上からそんな声が聞こえるけど、僕はそんな制止の声を振り切ってるようなものなので落下中。
なんだか久し振りに飛び降りた気がする。景色が流れるように見えるもうすぐ地面だくるりと半回転して逆立ちの要領で手を突き出して地面に触れ、手首のスナップを効かせて新体操よろしくバック転を繰り返して着地。
ビシッと決まったと自分でも思うので十点満点だろうなきっとと自画自賛した僕は、そのまま昇降口へ駆けだす。
いやー少し腕がしびれたけど二秒で痺れが取れてもう平気だね。随分簡単になおるものだ。それに慣れた僕も大概だと思うけど。
「あ、あなたは!」
「えっ」
ちょうど昇降口近くまで来たところ、先ほど僕を探していたという水無さん曰くお人形さんみたいな女の子だね本当にって見つかったぁ!!
トテトテと駆け寄ってくるその子を見ていてとても癒されるけど、その笑顔が純真そうでさらに癒されるけど、なぜだか僕はこの子に捕まったら嫌な予感がするので回れ右をしたいけど靴変えたいのでこのまま突っ切る!
僕は駈け出して彼女の数歩前で思いっきり地面を蹴って飛び越える。
「あれ?」
彼女は僕が視界から消えて視線をさまよわせている。その隙に僕は昇降口へ駆けて靴を交換する。
シュッ、シュパッ。すぐに靴を交換し、僕はもう帰ることにした。
そりゃぁもう、ダッシュでね!!
「ハァ……」
家について。制服から私服に着替え、鞄を机の上に置いてため息をつく。
僕の家。これは確か1900年前に仕事をした時の給料で買い、そこからちょくちょく家具の買い替えとかやって住み続けてるんだ。多分、誰も知らないんじゃないかな。ここは田舎だけど、その集落から更に離れてるから来る人いないんだよね。
20世紀前と変わらぬ家の中。僕個人が好んでいるというかやはりあの頃の記憶が僕を意識的にこういう景観を選ばせていると言った方が正しいかもしれない。
そしてただいま僕はリビングで大の字になって天井を見上げながら今日の事について想いを馳せていた。
なんだか今日は生きてきた中で一番忙せわしかった気がする。何故か知らないけど、色々な人が僕の下に来たのだから。
これこそ僕が望んだ日だと……思う。ただ、僕のイメージとは違い、何やら騒々しく、僕の都合などお構いなしに人が来る。
それが気に食わないというか…何と言ったらいいんだろうか? どことなく違和感がある、小骨がのどに突っかかってる感じがするって感じだと思う。その方が僕的にしっくりとくる。
ごろんと寝返りを打つ。視線は天井から木の丸テーブルに映り、その奥に閉まってる襖が見える。
「……」
なんかもう、考えられない。何が僕の目指していたものなのか。僕は一体何がしたいのか。何をすることに僕は達成感を得ればいいのか。
思考の内容が定まらない。今までこんなことなかったと思われる現状に、僕自身がますます混乱していく。
泥沼にはまってる気がする。僕という存在を僕自身がなにで構成されているのか分かっていないどころか何をどう考えてどう結論を出してどういう行動をとろうとするのが最良なのかすらもう分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からないわからないわからないわからない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない
「…………もう、いいかな」
不意に漏れた言葉。それを皮切りにどっと力が抜けていくのが分かる。
今まで何をあんなに頑張っていたのだろうかと不意に思ってしまう。なぜだか急にその努力を疑ってしまう。疑い、自信を無くし、否定し、どうしようとも思わなくなる。
ピリリリッ。音がした方へ視線を向けると机の上に置いといた携帯電話。
初めて鳴ったような気がしてならず、相手はきっとギルフォードさんだと分かる。僕は彼女以外に電話番号を交換した記憶がないからね。
そんな初めてで嬉しいはずの電話なのに……何故か僕の心はそれを取ろうとは思わなかった。




