17
心が弱い人間は決意したところで目の前の状況が手におえるものではないと直感した場合、すぐに折れるものである。
そんな言葉を昔聞いた覚えがある。
その時のシチュエーションがどんなものだったか忘れたけれど、今もこうしてその言葉を鮮明に思い出せるのは、やはり僕の心が弱いという証拠になるのだろう。
現に、僕は教室に戻った瞬間自分の決意を早くも無に帰したいと思ってしまっているのだから。
事の始まりはやはり昼食を食べ終えた僕が教室に戻った時――より少し前。教室に戻っている途中の廊下だろう。
僕は普通に歩いていた。彼女・・もきっと普通に歩いていたはずだろう。
伏し目がちに僕は人ごみに紛れながら歩いていたはずであり普通に空気として扱われている証拠であるはずのその状態で、彼女――今朝僕の目の前に現れた存在――が目ざとく僕の腕をつかんだのだから。
考えても見て欲しい。普通に歩いていたはずなのに人ごみの中からいきなり腕が伸びて僕の腕をつかむのだから。怖いというか驚く。少しは。
恐怖心があおられるというとそうではないにせよ、少しばかりは驚く感情を有していた僕はいまだに人間なんだろうかと少し思案しながら立ち止まると、その腕は僕を思いっきり引っ張った。
特に踏ん張る気がないので僕はそのまま引っ張られ、引っ張った張本人の近くに来た。人だかりがいつの間にか僕たちを囲むようになっていたことにはその時気づいた。
僕を引っ張ったのは女性。ギルフォードさんみたいにオロオロした雰囲気を持たず、水無さんみたいに朗らかな雰囲気でもない。ババァみたいに面倒くさそうな感じでもなければ、恵菜さんみたいにしっかりと自分があるけど少しばかり見失ってそうな人でもない。
彼女は自分の芯を確実にもっており、そのために直進しているような雰囲気を醸し出していた。平安の終わりあたりから現れた武士みたいな、自分の障害はすべて打ち砕くといってる感じがする。
髪は腰まで届いてる銀髪のロングで、まとめる気がさらさらないのかところどころ撥ねていたりしているが本人は気にしていない様子。
顔は……昔の感覚が残っているせいかどっかの武士道貫いてる女キャラに似てる気がするのは気のせいじゃないはずだ。僕が不死者になる前の時代の話だからこの感覚を共有できる人はいないけどさ。
……って、暢気に構えてる場合じゃない。僕人見知りじゃないか。自覚したら緊張しだしたよまったくどうすれば治まるんだろうなぁ。
「見つけたぞ」
うん見つかった。反射的にオウム返ししそうになったのをこらえて僕は視線を外して「何か用?」と尋ねてみる。
というか、この人の口調がまた武士っぽいなぁと感想を抱く。そして、どことなく機械みたいな音声だなぁとも。
あ。この人・ヒューマノイドか。なるほど納得。
「……何も言わないのか?」
どうやら僕が何か言うまで待っていた優しい人らしい。まぁ優しいかどうかはともかく、意外と人との接し方はわきまえているようだ。……って、あれ? 僕さっき「何か用?」って聞いた気がするんだけどいったいどうして聞こえなかったのだろうか。それとも質問されたことがわからなかったのだろうか。
……たぶん、後者だろう。そう当たりを付けた僕は、今度こそ視線を少女に向けて聞いた。
「何か用?」
「今日の放課後。体育館二階武道場に来い」
少女がそう言うと、周りが一気にざわついた。
……。そういえば僕、大体の生徒とかかわろうとしなかったから名前すら覚えてないな……。
だからなのか、この少女の言葉を「ごめん、無理」と普通に断った。
再びざわめく周囲。少女はというと、「逃げるのか?」と挑発めいたことを言ってきたので、僕は軽く・・言っておいた。
「あのさ? 僕と君は今日初めて会ったんだよ。互いが何者か知らないのにいきなり命令口調で来いだなんて、君は思ったより常識を弁えてないんだね」
「……」
「そもそもさ? 君という種族はそうやってなりふり構わず時と場所も手段も選ばずに勝負を吹っ掛けるのがマナーなの? そうじゃないよね? もしそうであるなら、君という種族はここにいるというよりは平和条約そのものを無視してる危険な存在で総パッシング受けるわけなんだから」
「きさ」
「ていうより? いきなり人の腕をつかんで引っ張って謝りもせずに『見つけたぞ』っておかしいよね。君はすぐ頭に血が上るようだから言っておくけど、ここは学校。つまりは学び舎だ。そこにはそれなりに校則というものがある。見てるだけで誰も何も言わないのだから増長するというのは悪いことであり、罪だ。罪は罰をもってして償うべきだ。それができないのならこの学校をやめて一人で武者修行にでも行ってくれ」
「ふざけるな!」
「ふざけてるのは君だ」
「!!」
本当は軽く言うつもりだったけど、あまりにも聞き分けがなってないので海のように広い心でも受け止められず、ついつい昔の仕事のようにしゃべってしまった。だけどまだ反省も何もしてないようなので、僕は目を細めて睨みつけ、彼女に言いたいことをぶちまける。
「君がどこに所属し、誰の指示で動いてるのかは知らないし興味もないしどうでもいい。そっちのほうだったら君の罰は幾分か軽くなるだろうとも思えるから今言っただけで、そんなことないでしょどうせ。君は君が満足するために自分の意志でこんなことをやってることは丸わかりだ。ならば君は今すぐ辞めろ。学校をやめるかおとなしく罰を受けるかどちらか一つの選択を選んで受け入れろ。僕にあたるな突っかかるな恨むなすべて君の自業自得ださっさと僕の前から消え失せろ・・・・・」
つかまれた腕を振りほどき、僕は動かない少女を無視して自分の教室に戻る。その前にいた集団をすり抜けるように。
とまぁこんな風に終わってみたけれど、終わった瞬間に僕は恥ずかしくて穴があったら入りたくなったね。もう永久的に寝たいね。永眠したいね。できないけど。
教室に入った僕は静まるクラスメイトを気にせず自分の席に向かって座り、バックに弁当箱を入れて再び机に突っ伏す。
ぐわーなんであんなふうに言ったんだ一時の感情に任せてー!! と内心悶えていますよもちろん。
「どこ行ってたのー空野君? 探してる人がいたのにー」
今はもうだめ。人と会話する元気がない。決意したのにさっそく折れかけている。棒倒しの残りわずかな砂のように不安定になってる。
「最近私のこと無視するよねー」
あー水無さんの声が聞こえるー。けど口を開こうにも先ほどの恥ずかしさが抜けてなくて受け答えできないー。
「……空野君!」
「はひゃっ!!」
びっくりして耳が痛い。大きくなるわけじゃないよね普通の人って。
あわてて周囲を見渡すと、水無さんが怒ってるようなのに笑いながら「起きたー?」と訊いてきた。どうやら僕の名前を耳元で叫んだのは彼女のようだ。
とりあえず姿勢を正して彼女のほうへ顔を向けて「誰が探してたの?」と訊いてみた。
「聞いてたのならそう言ってよもぉ」
「もうすぐ授業始まるからね。気になったことだけ聞きたかったんだよ」
「そうなんだ」
「で? 誰が探してたの?」
「1-1の紫さんって女の子。モテるねー」
「……?」
心当たりが全くない。さっきの女子かもしれないけれど、僕はその名前を知らない。
僕は確認してみた。
「それってさ、朝僕たちの近くに跳んできた人?」
「違うよー。なんかね、お人形さんみたいに可愛かった子だよー」
……ますます心当たりがない。僕が関わったことのある中で息子や娘がいた人はいたけれど、それはだいぶ昔の話であるからして曾孫以上の分岐になってることは確定。故に僕の存在を知っている人間はいるはずがないのだ。
長寿種族の可能性もあるけれど、僕はそういう人たちと極力関わらなかった記憶があるし、仮に関わったとしても忘れている可能性が高いし僕の事を覚えてないだろう。
となると考えられるとする可能性は、やっぱりあちらが一方的に知っているのが有力だろうか。というより、それ以外考えられない。
僕は水無さんに「ありがとう」と言って席に座るように促し、授業の準備をして窓の景色を眺めた。眺めながら、ぼんやりと今日起こったことの確認をした。
放課後になりました。
僕は嫌な予感がしたために鞄を持って急いで部室へ行こうと思いましたが、それは叶わぬ夢となりました。
いやね? 僕は本日決意したわけではありますが、いきなり向こうから事が運ばれる事実に早くも心が折れそうになっています。それも一、二件ならともかく…………
「先程は失礼した。改めてお願いしたいのだが、武道場までご足労願いたいと思い…」
「あ、あなたが空野明ですか? はじめまして。私、筧紫と申します。初対面ながらぶしつけではありますが、お願いしたいことが……」
「生徒会所属三年の桐屋スグルだ。少しばかり君に訊きたいことがあるんだが、今から大丈夫だろうか」
「テメェが空野か? なんかひょろっちぃ奴だな。リュミア先輩が呼んでるんだ。面貸や」
「おい空野。学園長が呼んでるってよ」
…………何も示し合わせたように来なくてもいいと思うんだけどなぁ。
席を立って教室を出ようとしたら目の前のドアに集まっている人達。そんな人たちを見てついそんなことを内心呆れながら僕は思ってしまった。
ここまで来ると僕はいよいよ何か不味いことをやっているんじゃないかと思えてくるのだから仕方がない。ある種の強迫観念に縛られる感じがする。
「おーすごい。空野君人気者だねー」
「いや。大体が初対面なんだけど」
現実逃避代わりにこの光景を見て僕に話しかけてきた水無さんと会話する。僕だったらこんな状況になっている人に話しかけるなんてことは絶対にしないと思う。なんたって事なかれ主義日本人だし。
と、僕がその人たちを無視していると、その人たちが何やら言い争っていた。
はぁしょうがない。とりあえずババァのところにはいきますか。ちらっと用件で聞こえた言葉を思い出しながら、僕は何やら険悪な雰囲気になっている四人を無視して窓ガラスを開けて教室を出た。
ここは一階。だから怪我なんてしなくて済む。
新校舎になると一階に一年と学食。二階に二年と職員室。三階に三年で四階に特別教室と学園長室がある。エレベーターがあるから幾分か楽だけど、生徒が使える訳がないので階段を上るしかない。どうせ屋上まで行くのだから変わらないのだけどね。
さて。あのババァ何の用があって生徒に声をかけたんだろうか。なんて思いながら、僕は昇降口から階段を素早く上がった。




