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先生質問。
目の前にあったコアが頭上からの攻撃により全壊しました。一体この後の行動はどうすればいいでしょうか?
ついぞ誰かにそう聞いてしまいたいこの状況。色々やったところで終わってしまったことによる空しさだけが込み上がってしまっている。
この状況を作り出したのはおそらくランティス先輩に間違いない。そして本来なら感謝するべきであるはずなんだけど…うん。逆恨みでもいいからあの先輩をいじり倒したい。
…………ま、やらないけど。
僕はやり場のない衝動をため息とともに逃がし、肩の力を抜いて彼女と一緒に隠れていた場所へ向かおうと背を向けたところ。
待って、という声が後ろから聞こえた気がするので思わず足を止めて振り返る。
槍が刺さり全体に亀裂が走っている球体。いや、すでに崩れかけている球体。それが目の前に存在するものの状態。
にもかかわらずその輝きは絶えておらず、逆に増している。
これで上からランティス先輩着たらややこしくなりそうだなーと思いながら、おそらく声をかけてきたんだろうなぁと推測できる球体に声をかけてみた。
「何?」
その返事は、僕の脳内に響いた。
声が、聞こえるんですね。私の声が。あなたは。
何故かあちらが驚いているけど、僕は肩を竦めて答えた。
「うんまぁ。何故かは知らないけど」
ですね。
「ところで何か用? すぐにここに来ちゃいそうな人たちいるけど」
分かってます。私の力がなくなっていくのも。ですので、お願いしたいことがあるのです。
「僕に、ですか」
はい……私の被害者・・・・・をこれからお願いしたいのです。
被害者……さっきまで一緒に居た人かな。
軽く思い返しながら首を傾げると、心をというより考えを読んだのか、はい、と返ってきた。
彼女――恵菜をお願いします。あの子は、特別ですので……
「って、なんだこのでかい核!」
「あ」
最後まで言い切る前にランティス先輩が案の定落っこちてきた。それを見た僕は咄嗟に改造エアガンを構えて眉間にぶち込もうかと考えたけど、それはとりあえず保留してそのままにした結果。
当たり前のように先輩は核を突き抜けて地面と一体化した。
……久し振りに他者でこういう風景見たな。南無南無。
両手を合わせて合掌する。少しの間しか会話しなかったけど特に記憶の欠片にも残ってないのでおとなしく綺麗さっぱり成仏してくれたらありがたいというかしてくださいと願いながら。
そんな思い空しく先輩はどうやら三途の川から戻ってきたようで、むくりと起き上がったのが見えてしまった。なんか残念な気持ちでいっぱいだ。
「あぶねぇ…もう少し遅かったら死んでた」
元から無事でしたか。心底残念です。
なぜだろう。今の僕はすごいささくれたっている。やさぐれている。やっぱり手柄を横取りされたからなんだろうかねぇ。そこまで器量の狭い人間だったのかと卑下すればいいのか新しい発見だと喜んで落ち込めばいいのか判断に苦しいところである上にどうにも怒りも混ざっている様だからこの感情をどこにぶつけ、どう処理すればいいのか分かっていないという、何とも感情の処理を忘れた憐れな人間という発見までしてしまったのだから本当にどうしよう。
腕を組んでもはや考えることしかしないでいると、僕の肩を叩く気配がしたのでそちらの方へ振り向いておく。
彼女――恵菜と呼ばれていた少女が首を傾げていた。
「どうかした?」
とりあえず自分に対する新発見に対しては全部放置して彼女に質問する。
「……えっと、消えてないんです。私。どうしてですか?」
彼女も困惑した様子で質問してきた。見たところ最初にあった時より人の姿の原形を留めているというか僕達と遜色なく色とかつ、ていうか普通に人間に見えるんだけど…………え?
僕は驚いて彼女の方へ向き直り、とっさに彼女の肩をつかむ。
「きゃっ」
彼女は軽く悲鳴を上げる。僕はそれで確信を得て信じられないと驚きながら彼女から手を放す。
信じられない。さっきみたいに空虚感がなく、しっかりと人間としての質量が存在している。
さっきも言ったけど、除霊しても幽霊に取りつかれた人間は元に戻らない。そのまま成仏して消える一途だ。それは共通認識。
また、核(幽霊たちを作り出すもの)を壊してもそれは同じである。
にもかかわらず彼女は僕達と同じ人間に変わっている。これを驚かずにどう受け止めればいい?
「あの…」
「あ、ちょっと待って。今から思考の渦に嵌りに行ってくるから」
「そんなことしなくてもいいですよ! 自分で理解しましたから!!」
「…そう?」
「はい」
そう言われたら考えるのをやめよう。うんそれが普通だからしょうがないよね。
すぐさま思考を切り替えると、「てめぇ! まだいたのか!!」と声が聞こえたので振り向く。
ランティス先輩が見えたので僕は視線を戻し、彼女に言った。
「そういえば、貴女の名前って恵菜っていうらしいですね」
「誰から聞いたんですか?」
「信じられないだろうけど、崩れた核。あと、君は特別らしい」
「特別?」
「どんな特別かは分からないけどね」
「おいこら無視するなていうかどっから来たんだお前らは!」
もぅ。我が儘な先輩だまったく。
仕方がないのでそちらへ向くと、こちらまで近づいてきたらしく意外と近くにいた。視線を下に向けないと見えないほどに。
「チビじゃねぇ!」
「先輩被害妄想です」
別にそんなこと考えても思ってもいなかったのに。ただ見づらいと思っただけなのに。
これ以上引っ張るのが面倒になった僕は先輩に言った。
「彼女は普通の人ですよ。どうやら迷い込んできたみたいです」
「あ? ……ふーん。そう」
「驚かないんですね」
「まぁな。こいつ、さっきの核によって生み出された幽霊だった奴だろ? 正体分かってたら驚くことはねぇよ」
「…………」
まさか分かっていたとは。恐ろしいね流石は天才。
まぁ僕が不死者であることは分かってないだろうから大丈夫かなと思いながら「どうしてここに?」と訊いてみる。
「ババァに詰め寄ったら白状しゲロったんだよ。俺をここに呼んだ理由をな。だから俺はギルフォードを置いてこっち来たら骸骨の奴らが集団で来たんだ」
「それが怖くて魔法使ったら想定外のところでコアを見つけ、そのまま落下したんですか」
「う、うっせぇ!」
にやにやと笑いながらセリフを奪うと、先輩は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。図星だという証だね。
まぁそれでこうして終わったのだからいいのだけど、結局四百年前にどうしてこれらが出現したのか良く分かってない。というよりも、あの年でここで何が起こったのか分かってる人間は絶対にいないと思われる。そもそもの話、突如としてあれが出現したことに対し当時のコメンテーターたちもいろいろ騒いでいた。が、一向に理由らしい理由が見つからないという状況になったが故にすぐさま終わってしまった。
「…空野君」
「……え? あ、ごめん」
結局のところの根本的原因が分からないことに対して考えていたら恵菜さんが声をかけてきたので、我に返って謝る。すると先輩が「じゃ帰るぞお前ら」と杖を振り回しながら言ってきたので、それに賛同して僕と恵菜さんは先輩に背を向けてきた道を歩こうと――――
「っておい待て。お前ら一緒に帰らないのかよ」
「僕来た道に荷物置いてきたんで」
「私はどちらかというと空野君と一緒に戻った方が安心できるので」
「待て分かった俺もついていくからだからそのまま歩きだすな怖いんだよぉ!」
……人って精神的に追い詰められると正直になるよね。
こうして僕達の初依頼が終わった。
え? 先輩を学校に向かわせるって話じゃなかったのかって? 向こうの用事が終わったから普通に学校に来てくれるそうだよ。なんか僕の顔を見ないで鼻を鳴らしてそんなこと言ってたけど、元々の依頼としてはこれで本当に完了となったので、僕とギルフォードさんはぶしつを手に入れた。
――――新校舎屋上の一角を。
おかしいというかなんというか。まぁババァにしては優しい報酬なんだろうけど、屋上の隅に立てるのに一週間はかかるとか言いやがったので文句を言いたいけどギルフォードさんが頷いてしまったので僕は何も言えずにため息をつくだけ。
あと、部員が増えた。
先程まで僕達が学校へ行かせようと躍起になっていたクロノ・サイス・ランティス先輩と、恵菜さん。
恵菜さんの方は僕達と同じ学年でもう一度高校生活をすることになった。四百年もしたら歴史も風土も変わってるしね。
ちなみに彼女、誰が引き取るかで何がどうなったのか知らないけど(その話には僕は一切加わってないため)ギルフォードさんのところでお世話になるそうで。
クラスは1−2と僕達と違うけど、なんだかんだで部員の最低人数はそろってしまったために脅、話し合いが無意味になってしまったと残念に思いつつ、ギルフォードさんのやる気が漲ってる様だしいいかとプラスに考えてみた。
ランティス先輩の入部理由は、どうやら調べたいことがあるために隠れ蓑として使いたいらしいとか言っていたので誠心誠意の話し合いで元宮廷魔術師としての知識を使って人を助けたいと言わせた。まったく困ったものだね。自分の都合を優先させるための隠れ蓑のために彼女が作ったわけではないのにそんなことに利用しようなんて。
恵菜さんの理由は……なんだろう? 訊いても教えてくれなかったし、僕をちらっと見たり見なかったりしてくるし。良く分からないよ若い子の気持ちって。
まぁともかくこの件はこうして平和に終わったわけなのだけれど、僕としては色々言わなくてはいけないのでとりあえず勇気を出してみるとする。
この件が終わって二日後。未だにゴールデンウィークであるのでそろそろ休みボケで僕一週間ほど学校へ行けないんじゃないかと危惧しながらいつぞやの山頂で空を眺めながらお茶を啜っていた。今度はシートを持ってきて。気分は完全に行楽モード。
なぜここにいるのかというと、ギルフォードさんを待っているというかまぁ待っているんだけど。何も言ってないけど来るかなぁと思いながらこうしてここ二日間山の上にいます。
暇だねと言われても仕方ないけど、彼女の連絡先も知らなければ家に行くことをためらっている僕としては唯一知っている場所で待つというのが最善の方法であるからして、これで彼女が来なかったら僕もう話し掛けられるかどうかわからないと自分を疑う一歩手前まで来ているのでお願い来てください。
お茶の入ったコップに口をつけてゆっくりとすすりながらひたすら願う。空を眺めながらひたすら願う。
どのくらいしたか分からないけど、お腹が空いたと思いながら持ってきた弁当を開けて食べようとしたら、「あ」という声がしたのでそちらの方へ顔を向ける。
「空野君……」
「ギルフォードさん…」
視線が合った僕達は動くのを忘れ見つめ合う。
彼女もバスケットを持ってきてるところを見ると、ここで昼食を食べようとしてきたのだろう。その顔はなんだか驚きに包まれている。後、気のせいじゃなければなんか切なそうな表情も若干浮かべていた。
雲が流れ、風が木々を揺らし、鳥たちはさえずる。
そんな中で黙っていた僕達だったけど、彼女が口を開こうとしてるのを見て、思わず僕の方から先に口を開いた。
「あ――」
「一緒にどう? 丁度僕も食べようとしてたところだから」
「――――はい」
そう言うと彼女は近づいてきたと思ったらバスケットの中を隠すような布を取り出して敷き、そこに座ってバスケットの中から弁当箱を取り出した。
「「いただきます」」
そう言って僕達は静かに食べ始める。ぼっちで空気な人間は、喋らずとも弁当を食べられるから普通であり、喋りながら食べるというのは難易度が意外と高かったりする。
けど僕は彼女に言っておきたいことがあるために、喋り出した。
「ギルフォードさん。そのまま食べててもいいから、僕の話聞いてくれないかな」
「――――」
ピタリと動きが止まったのが気配で分かった。どちらにせよ話す気でいたので、僕はそのまま切り出した。
「まずどこから言っておこうかな……そうだ。労いの言葉からだね。初依頼お疲れ様ギルフォードさん。そしてこれは謝罪の言葉かな。脅かしてごめんね。かなり怖かったでしょ。怒ってもいいんだよ」
「……」
「あとは…無視してごめん。ちょっと自分の内面と闘ってて……ってこれは言い訳に聞こえるね」
苦笑しながらそう言う。
これは僕のけじめだ。色々とやってしまったことに対する。
彼女を攻めているわけじゃない。彼女を貶める為じゃない。ただただ僕という存在のせいで彼女の精神に異常をきたしてしまったのだとすればそれを取り除こうと思う、当然の自虐フォロー。
だから僕はこの言葉を最後にここから立ち去ろうと思う。幸い弁当を食べ終わってる。
「だから……僕の事が嫌いなら存分に嫌っていいよ。部も大人しく去ろう。それで君の調子を取り戻せるのなら」
僕の今の目標。それは、ギルフォードさんの頑張りを無碍にさせないこと。彼女の一途な頑張りを妨害せず、手助けすること。
理由なんていくらでもでっち上げられるけど、結局のところ自分という核が持っている行動理念に従っているだけだ。
空気を脱却したい、と。名前を覚えてもらいたい、と。友達を作りたい、と。
そんな行動理念で僕はやっている。そしてその今の目標が途絶えたと思った場合、僕はすぐさま何もせずにいつも見たく学校生活を送ることになるだろう。それでいい。
所詮不死者であるのを隠すという大前提があるのなら、不用意に近づくべきじゃないと理解してそのまま過ごせばいいのだから。
「………………君」
「何?」
なんとなく僕の名前が呼ばれた気がしたので座りながら弁当を片づけつつ返事をする。その返事をしながらも、次に投げかけられる最悪の言葉を考えていると、急に頬に痛みを感じた。
「え?」
叩かれた。その事実を認識するのに四秒かかった。
彼女が目の前に立っている。それを理解するのにさらに七秒かかった。
呆然としながら彼女を見ていると、彼女は叫んだ。
「嫌いになんか、なってません! 私は、空野君に、何度も助けてもらっているのですから!!」
不意に彼女の顔が視界に入る。すると眼鏡の奥の瞳はうるうるしているというか完全に泣いているために表情がぐちゃぐちゃ。しかもそれを我慢しているつもりなのか服の裾を両手で握りしめていた。
泣いている。一体なぜだろうか。軽くそんな疑問が浮かんだが、それはすぐに氷解した。
僕の発言を否定するために泣いている。なんとなく、そんな事だろうと思った。
彼女は続ける。
「私はげっぎょく、ごんがいのげんを全く手伝えまぜんでしだ! ぞんなわだしどはぢがい、空野君は、空野君は……!! たんじんでじらべでぐれて!! わだじなんがのだめに、いづもいづもでをざじのべでぐれで!」
「……」
流れてる涙とその彼女の表情を黙って見つめる僕。
そしてギルフォードさんはついに言い切った。
「うれじかったんでず! ごごろ踊ったんです!! だがら、だがら……そんなごど言わないでください!」
肩で息をしながらも俯いて泣き続ける彼女。それを見た僕は、大きく息を吐いて彼女を・・・抱きしめた・・・・・。
何を考えていたと言われると咄嗟の行動だったために僕は考えてなかったというのが正しい。そして、何か言いたいと話を聞かせる方法として実際に行動に出たのがこれである。
抱きしめられているという事実に涙が止まった彼女を無視し、僕は彼女の耳元(自然とそうなった)で諭した。
「……ありがとうギルフォードさん。実をいうと僕も君に助けられたんだよ。ずっと空気だったからね。話しかけてきてくれたのがうれしかった。誘ってくれたのがうれしかった。だから僕は君の邪魔にだけはなりたくなかったんだ」
「…………ぞらのざぁん」
「だから、ありがとう。伝わったよ、君の言葉」
「…それは、良かった……です」
不意に彼女の全身から力が抜ける。どうやら慣れない行動に体力を使い果たし気を失ってしまったらしい。
そんな彼女を可愛いと思いながら僕はそっと僕が座っていたシートに寝かせ、僕はバックを枕代わりにして寝ころんだ。
……風が気持ちいい。荒んでいたらしい心が落ち着いていく。
目を細めて空を眺めながら自身の内心の状況を整理する。
それが終わった僕は横で寝ている彼女の寝顔をちらっと見てから空に視線を移して呟いた。
「……結局。僕もまた君と一緒に居たいと思ってる、か…久し振りだよ、こんな気持ちは」
ぼくは、ギルフォードさんの連絡先、をてにいれた!
彼女が目を覚ましてから色々あった後にね!!




