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「あ、あの空野君……」
「おいこらテメェ! 先輩脅す挙句に蹴飛ばすとか一体どういう了見じゃぁ!!」
「あぁすいません」
とりあえずギルフォードさんの手を放して頭を下げる。
というか、僕結構な人見知りにも拘らず普通に蹴っ飛ばしたりなんだりできたな、この先輩の事。名前思い出せないけど。
とんでもなく失礼だと分かっていても自分の事なので考えてしまう。頭を下げている間。
やはり自分より幼そうな人が相手だと普通に接することができてしまうのか。まぁババァは例外として、そうなると僕という人外も存外人間の嫌な部分を持ち合わせているんだなぁと発見してしまったことに対し内心驚いている故に頭を上げられない。
ここは安心したというべきかそれとも更なる自己嫌悪の材料が増えたと嘆くべきか。どちらに傾いてもいいことではないだろうと思うけど、人間というのはそういうものだと割り切る機会としてはいいかもしれない。
「……なぁお前、いつまで頭下げてるんだよ。もういいぞ?」
「…え、あ。あぁ、すいません。考え込んで微動だに出来ず」
「謝った気なしかオイ!」
ナイスツッコミ。そう思いながら顔を上げると、見間違えもなくやはり身長150のちっさい男の子がいた。自分の身長より少し高い杖を持って。
これでも僕より(書類上の年齢より)上なんだもんなぁ。一体どういう種族なんだろうか?
異世界に関しては見聞きだけだったので良く分からないけど、20世紀前の小説にエルフとかドワーフとかドラゴンとか出てきたからそこら辺は知っているけど、目の前のちっさい人は分からない。
素直に聞こうかなと思ったけど、大分不機嫌そうなので僕はポリポリと頬を掻くしかなかった。
やってしまったのは仕方ない。反省も後悔もしているけど、それはこちらで受け止めているのでこの場は流してもらいたいと内心で思ったりする。
と、ここで口数の少なかったギルフォードさんが口を開いた。
「クロノ先輩。一体どうして宮廷魔術師をやめてしまったんですか?」
「…………あのババァから聞いたのか、お前」
「ババァ…?」
「そうですよ、先輩」
「なんでお前の方がわか……いやいい。お前も大変だな」
「??」
割り込んだ僕と先輩――クロノ・サイス・ランティス先輩(やっと思い出した)の会話が不思議だったのか交互に見て不思議な顔をするギルフォードさん。
まぁこればっかりはあのババァと勝負しないと分からないけどね! あのネチネチネチネチと人の心を抉る言葉を何の表情も変えずにクドクドクドクド……と攻めてくる面倒くささ!! 正直不死者であることを隠して世界の黒歴史を延々語って負けを認めさせるまでに時間がかかったよ!
ていうか、ランティス先輩も似たようなことやったことあるんだな。なんていうか、親近感がわいた。
「ランティス先輩」
「なんだよ」
「先程までいじってすみません」
「…やっぱりお前もか」
そこはかとなく僕達の間に漂う哀愁。それはきっとあのエルフのせいに違いない。ギルフォードさんはついていけずに声をかけてこれないらしいし。
少ししてから雰囲気が戻った僕達は、まず自己紹介をした。
「紹介が遅れましたランティス先輩。僕は助け部副部長の空野明です。あきら、じゃありません」
「わ、私の名前はエリザ・クラスト・ギルフォード。助け部の部長です」
「なっ!? ま、まさかあなたが……!!」
いきなり言葉遣いが変わるランティス先輩。ていうか、ギルフォードさん。ババァと面識があり、ランティス先輩には驚かれてるって……ひょっとして異世界人では有名人なのかな?
まぁ隠しているのであれば言及も追及もする必要ないからしないけどね。僕、人として最低限のマナーを心得ているつもりだから。
というより、部活名今更だけど「助け部」なんだよね。適当に決まってしまったようなものだから申し訳ないのだけど、誰も何も突っ込んでくれないからこのままスルーしてもかまわないのかなという願望を抱いたりする。
と、おののいているランティス先輩にギルフォードさんは、「そう畏まらないで結構です。私はこの学校の一生徒で、後輩ですから」と、やんわり態度を改めるように言った。
なんというか、宮廷魔術師だった人が畏まるなんてねぇ。別にいいといえばいいけれど。
それじゃぁ話をしようかなと思い、僕は何やら考えてるランティス先輩に声をかけた。
「ランティス先輩」
「…なんだ」
「学校に通いませんか?」
「いやだ」
はい即答ですねありがとうございますわかりました強硬手段をとります。
「じゃぁ学園長に後輩泣かせたことと旧棟を私物化していることを報告しますね」
「うおぉぉい! お前油断も何もないな!? 隙あらば脅すんじゃねぇ!!」
「いやですね。脅してはいませんよ。ただ報告しに行くだけです。その後どうなっても私の知る由じゃありません」
予想はつきますけどねーと内心で思いながら、いつの間に仕事モードに入ったのだろうかと首を傾げる。ここまでスムーズな話し合いになるとは思いもよらなかった。
「あの、どうして学校に行きたがらないのですか?」
「っ」
ギルフォードさんは直球で質問。それに対しランティス先輩は、舌打ちしてそっぽを向く。
よほど答えにくい理由なのか、それともバカにされる理由なのか。どちらにしても最終手段(脅し)を使えば聞けるだろうけど、そんなことをする気が起きない僕は空に視線を移す。
空が青い。雲が白い。当たり前といえば当たり前のことだけど、戦争が起こっていた時は大気汚染というか異常気象がすごかった。もう不死者になる前の時より。
天変地異とまではいかないけれど、それに追随するほどの大災害が結構頻繁に起きたりしていたけど、戦争をしていたことによりそれらは後回しになったっけ。僕は参加しなかったから地球をずっと見ていたけど、大地の荒れようや雲に覆われて見えない空、津波なんて毎月来て、火山噴火なんて終結するまでに60回は起きたね。ニュース見てたからわかるけど。
空を見るたびにあの頃の記憶が甦ってしまうのは関連付けが出来ているからなんだろうなぁと他人事みたいに考えていると、「そうなんですか…」とギルフォードさんが納得していた。
ありゃ。先輩の説明が終わったみたいだ。まぁそんな個人的なことはどうでもいいとは言わないけど僕には関係ないことなので自分で克服するなりしてくださいと思いながら視線を戻すと、ギルフォードさんがランティス先輩の手を握って「わかりました! 私達・・も手伝います!!」と言ってい…ゑ?
ちょっと待って。僕確実に話聞かないままこのまま流れに乗って先輩の手伝いをしないといけないの? いやいやいやちょっと待ってくれ。確かに僕が空を見て昔の記憶を思い出し感傷に浸っていたのは認めよう。だけど何の説明もなく僕も一緒に手伝わないといけない理由がどこに……って、部活のメンバーだからあるね。普通に。
ま、何が起ころうとも別に問題ないかなぁと思ったり。
「さぁ先輩、空野君! 行きましょう!!」
「ちょっ、待て引っ張るなやめろ足がつる!」
「……あれ?」
なんか僕、いつの間にかギルフォードさんに手を握られて引っ張られてる?
「…………」
「あ、あああああ、あの! そ、空野君!! そ、その」
再び旧棟の中に入った僕たちはというか僕は、ギルフォードさんの手から無言で離れて顔を壁の方にそむけてペンライトで前の方を照らす。そして目も合わせてくれないことにあせっているらしい彼女は、必死に僕に呼びかけていた。……けどね。
僕ものすごい心臓バックバクだから! 自然に女の子に手を握られたのなんて本当久しぶりというか初めての様な気がしなくもないんだから!! やっばい、まじやっばい! 顔なんてしばらく会わせられる自信もないし、さっきまでのように会話できるなんて木っ端木っ端に消えちゃったよ!!
……って、よく考えたら僕もギルフォードさんに手を差し伸べてたじゃん。やべぇ。思い出したらなおさらこの場にいづらくなってきた。帰りたい。非常に帰りたい。そしてゴールデンウィーク中は家にこもっていたい。引き籠りになりたい。
「……なぁお前ら」
「は、はいっ!」
「……」
「…なぁギルフォード。お前、大丈夫なのか? さっきから焦ってるようだが」
先頭を歩いているホビット族の天才(自称)が振り向いて心配そうに彼女に尋ねる。
ホビット族は別名チビ族「そんなわけねぇだろ!」で、その蔑称、じゃなかった別称の通り身長が140が成人の平均身長らしい魔力が多い種族らしい。
その中でも12歳で成人平均に達し、17の今150になったのが彼――ランティス先輩だそうだ。
というか僕の心の中の説明確認に突っ込みを入れてくるなんて…もしかして魔法で心覗いてる? なんて勘ぐってしまう。だから僕は彼を弄る。
でも結局この先輩はどうしてここに引き籠ってるんだろう? 先輩絶対話してくれないだろうし、ギルフォードさんとは面と向かい合って話すのがためらわれるどころか無理。
最終結論、なるようになる。
「…………だ、大丈夫ですよぅ?」
「こりゃダメそうだな」
「だだっ、大丈夫ですぅ!」
「……やせ我慢しなくてもいいぞ? 正直、俺でも夜は怖い」
「そりゃここ、幽霊が一時期沢山うろついてましたからねぇ」
「「……え?」」
そんな声が聞こえたので、思わずやってしまったと後悔するから話題を変える。
「ところでランティス先輩はどうしてここにお引き籠りになられたのですか?」
「おいこら待て。俺はそんなこと一言も聞かされてねぇぞ? というより、なんで引き籠りを丁寧に言った?」
「そ、そそそそそうですよ空野君。た、たた建物が老朽化し、したからじゃ、ななな、ないんですか…?」
「ではなぜ先輩はHI・KI・KO・MO・RIしたんですか?」
「カッコよく言って話題逸らそうとするなぁぁぁぁ!!」
「一体どういうことですかぁぁ!?」
ちっ。話題を逸らせなかったか。しょうがない。
「しょうがないですね。聞いても後悔しませんね?」
「お、おおう!」「は、ははははいっ!」
「この校舎、だいぶ前に幽霊が生徒をのっとった事件があったんですよ。それも、一人ではなく100人単位で。だからその翌年にここは閉鎖され、隣に新しく校舎が出来たんです。ま、今は除霊されてるので大丈夫かと……あれ?」
前方の先輩が消えたと思ったら、後ろから足音がドダダダダと聞こえたので振り返ると、「こんなところいられるかぁぁぁ!」「きゃぁぁぁぁぁ!!」という悲鳴とともに走り去る二人の姿が。
おー早い早い。
そんな風に呑気に思いながら、僕はペンライトを投げて内ポケットから改造エアガンを取り出し、銃身をスライドしてペンライトをキャッチしたと同時に後ろの骸骨・・・・・に向けて撃った。
…これはなんかありそうだな……。




