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遠く離れても

作者: はっち

「大変だ大変だー!」

石造りの建物に大声とバタバタという足音とが響いている。

しばらくすると勢いよく扉が開き、執務机の椅子でふんぞり返っているケルの元に音の主であるバートンが駆け寄ってきた。その顔は満面の笑みだ。

「ケルさん、ケルさん!」

「なんだよ、騒々しいな。」

いつもどおり騒がしいバートンの様子に、ケルは返事をしながらも、椅子にふんぞり返り机の上に足を乗せるという、非常に行儀の悪い姿勢のまま武器の手入れの手を止めない。執務机といっても、中央から遠く離れたこの国境部隊で書類仕事など殆ど無い。机の上には武器がところ狭しと並べられており、それらの全てを磨き手入れするのが、ケルの日課だった。

「あー、その様子だと、まだ全然知らないみたいっすね。」

変わらぬケルの様子に、バートンが含み笑いをした。

「何が。」

「ウシシ…。俺らのリヴちんがすごいんっすよー!」

「…は?」

バートンの口から飛び出た名前に、ケルの手がぴたと止まった。

「リヴがどうしたって?」

組んでいた足を戻してバートンの方に向き直り、前のめりになる。

照れくささから、普段なるべく知らんぷりをしているものの、リヴの名前を出された時の反応の良さは、自分でも恥かしい。それを指摘せずにいてくれるバートン(もしくは気づいてもいないのかもしれないが)に、少しだけ感謝した。

「ほら、これ見てくださいよ!」

手渡されたのは、最新の軍の情報誌だった。帝国領の北方で起きた軍事衝突について纏められているらしい記事の見出しが目に飛び込む。


ケルは瞬時にその戦のことを思い出した。

火属性が得意な者の募集があり、リードが派遣されたあの戦だ。戻ったリードが、リヴと同じ隊に配属されて一緒に戦った、と発言し、無性に腹が立って手合わせでギッタギッタに苛めてやったことは記憶に新しい。

ついでにその隊には、リード、リヴ以外にも親友のレイアまで居たと知り、悔しさのあまり自分が火属性のアタッカーだったら行ったであろう戦術を、何十通りと頭の中でシミュレーションした、あの戦だ。


「ケルさん、12ページっす。」

うきうき顔のバートンに促されるままページをめくり、12ページを開いたところでケルはうっ、と声をあげて固まった。

『戦場を舞った氷の華!』と仰々しい文字が躍るそのページには、氷上で髪を風に躍らせて魔術を操るリヴの大きな写真が掲載されていたのだ。

ケルは慌ててそのページにかぶりついた。


その記事にはリヴの所属していた、友人のレイア・ディオス少佐の部隊の作戦と戦況について、地図付きで細かく説明されていて、最後の項にてリヴが登場した。

『レイア・ディオス少佐隊の攻撃の要、アタッカーのリヴ・リン・リスト殿は、その名のとおり優秀なヒーラーを輩出することで有名な、リスト家の次女。しかし彼女に治癒魔法の力はなく、そのかわりに氷魔術師としてリスト家初の……』

リヴの経歴についての説明文が並ぶ文章を、ケルは読み進める。リヴが所属するレイアの隊は、敵の補給部隊を急襲する任務を受け、本隊とは別に少数で行動していたようだ。途中までは敵に見つからず上手くいっていたようだが、伏兵が敵に見つかり反撃され、情勢が一気に悪くなる様子が記されている。

項の後半になり、掲載された写真のシーンについての説明が始まると、ケルは手に汗を握った。

『第二班の受けた打撃により、レイア・ディオス少佐隊は窮地に陥る。それを救ったのがこの、リヴ・リン・リスト殿だ。』

一旦文章から目を離して、写真のリヴの顔を見た。表情は真剣そのもので、口を大きく開いて何か叫びながら、後ろを振り向き、片手で杖を振り上げている。淡い水色の髪が風にあおられて、数本頬にかかる様子までがしっかり写りこんでおり、臨場感たっぷりだ。

ケルはぐっと顔をしかめ、勝手に胸のうちに湧き出てくるあれこれを何とかしまい込むと、もう一度、文章に目を戻した。


『リヴ殿は、敵背後の雪山を攻撃しようと案を出した。リヴ殿とリード殿の攻撃魔法の衝撃で新雪が崩れ、大きな雪崩となって敵軍を飲み込む。それでもまだ敵戦力の6割は残っている。

少佐であり体調のレイア殿が、氷上を一気に抜けて撤退するよう指示を出した。危険な賭けだ。

リヴ殿は一切の躊躇もなく、いちばんにスケートを履いて危険な氷上へと躍り出た。レイア・ディオス隊の面々が鼓舞されそれに続く。

一向は氷上で陣形を建て直し、隊長のレイア殿、ヒーラーのフランツ殿が先頭を駆け抜ける。アタッカーのリード殿がそれに続き、しんがりをリヴ殿。』


悪くなった情勢から何とか巻き返そうと必死になる、レイアやリヴの姿が目に浮かんだ。

リードから話を聞いた時、指揮官のレイアと、頭を使うことに関しては天才的なリヴの掛け合いを想像してはいたのだが、その現実が記された文字は、想像とは違う現実味を感じさせてくれた。

「一切の躊躇もなく、いちばんに、か。…ふうん、あいつがしんがりねぇ。」

そしてケルの想像とは違うリヴの行動に、共有出来なかった時間を実感する。

文章は続く。



『敵軍もただでは終わらない。残った魔大砲を使って氷上の一行へ攻撃を仕掛けてくる。厚く張った氷の上とはいえ、強力な魔法攻撃によって、隊の足場は一気に悪くなっていく。氷の板はひび割れ、重なる攻撃によって鱗のように高低差を作る。足場が完全に崩れれば、班全員には死あるのみだ。

リヴ殿はそんな状況をものともせず、右へ左へと見事に氷上を滑り攻撃をかわす。そしてくるりと後ろ向きになると、そのままバックスタイルでスケートしながら、大きく杖を振るった。途端に、こぶし大の氷が敵軍目掛けて降り注ぐ。見事な動き、そして見事な魔術!

「リード!」とリヴ殿が仲間の名を叫ぶ。呼ばれたリード殿は心得ていたとばかりに、両手で練りこんだ炎の魔術を背後の敵軍に向かって放つ。炎の玉が敵軍に吸い込まれるように落ち、ぱっと閃光を放つと、敵軍の陣は炎に包まれた! 足元は炎の海、頭上からは氷の雨。これはたまらないと敵軍が氷上へと歩を進める…。

「急げ!」レイア殿が叫ぶ。先行するレイア殿達はすでに対岸へ到着しようとしていた。リード殿も少し遅れて到着間近だ。残るはリヴ殿のみ。

大きな破裂音が寒空に響く。敵軍が大挙して乗った氷が最期の断末魔をあげたのだ。「リヴ!」仲間達の叫びに、リヴ殿はいいから行けと叫びながら、見事なる速さで氷上に弧を描くと杖を振るった。氷上に出た敵軍の頭上に、大きな氷の塊が現れ、重力に逆らうことなくゆっくりと降下する…。


激しい水音と共に、敵軍が氷の狭間へと飲み込まれ、消えていく。氷はその重さに耐えられなかったのだ。リヴ殿は悪くなった足場を左右に避けながら、まるで空中を舞う氷の華のように、華麗に最前線を滑りぬけた。対岸に到着するリヴ殿を、仲間が歓声を上げて迎え入れる。

対岸には、敵軍旗が黒い炎をあげて燃えている。敵軍がいつまで待とうともう補給部隊は到着しない。我が軍の勝利が決まったのである!』




ようやく最後まで読み終えると、ふう、と息をついてケルは情報誌を開いたまま、机に置いた。

間髪入れずにバートンが

「どうっす!? リヴちんの活躍!」

きらきらと目を輝かせて聞いてくる。

「俺の活躍についてもコメントくださいよ。」

リードの声に見上げると、いつの間にかリードとウェスパーもやってきて、ケルの顔色を伺っていた。


共に過ごせなかった時間を感じた、などという女々しい感想を言うわけにもいかず、そして言い表せぬ焦燥感…。

「…いや、さすがリヴってことは判ったけど、なんかすげえ物語チックな文章だな。これ書いたのどこのどいつだ?」

ケルはとりあえず、けちを付けて誤魔化すことにした。


「えーと?」

ウェスパーが覗き込んで、その名を口にしつつ笑った。

「ああ、そりゃこうなるわ。取材協力、フランツ・D・L。」

「ぶっ。」

バートンとリードが笑う。

「フランツ?」

ケルだけが不思議そうに三人を見回したので、ウェスパーが解説した。

「ディーですよ、ディー。フランツ・ディー・リスト。リヴちんの従兄弟の。」

「戦のとき、ディーの奴、リヴちんを女神とか何とかいって崇めてましたからね。そりゃもう賞賛コメントを編集者に話しまくったんスよ。」

その姿が目に浮かぶ、と言いながら、リードが天に向かって片手を捧げるようなポーズをし、ああ麗しいリヴ様、と口走った。その芝居がかった動きにバートンが腹を抱えて笑う。


ディーねぇ、と呟いて、ケルはもう一度、情報誌に掲載された写真のリヴを見た。

自分が置いてくる形になってしまったリヴが、ひとり残った帝都の禁軍内でも目覚しい活躍をしている事実。自分のシミュレーションとは違っても、相変わらず全く変わっていない努力家気質。

そして何より、久々に見た顔は相変わらず美人…というか、最後に会ったときより…。


(うん、やばい、考えるの中止。)


無性に体を動かしたい衝動にかられて、ケルは磨いていた武器をひとつひとつしまい始めた。



「氷の華かぁ。…リード、戦うリヴちん、可愛かった?」

ケルの胸中など知らぬバートンの雑談に、ケルの耳がぴくりと動く。察しの良いウェスパーがおい、と静止をかけるが、それに気づかないリードは大げさに頷いて答える。

「そりゃあ可愛かったさ。雪崩を起こす為に連携して魔術を放つときの『リード、いくわよ!』なんて台詞も感動物だったけど、氷上を撤退しつつ攻撃してる時に、切羽詰った声で『リード!』なんて名前呼ばれたときはもう、グッとくるものがあったね。」

「えーっ、いいなー。俺も激戦の最中にリヴちんに『バートン!』とか呼ばれてみたいー。」

「ケッケッケ! 羨ましいだろ! それにリヴちん、前にあったときより磨きがかかったっていうか、顔はこのとおりだし、こう、出るとこもボン!と。」

ケルの右手の中で、武器磨き用のクロスがくしゃくしゃに握りつぶされた。


「…ウェスパー。」

低い声で名を呼ばれたウェスパーは、小声で俺知らねーぞ、と呟きながら、渋い顔でゆっくりとケルの方に向き直る。

「俺ら5人の実力順は?」

「はぁ…。ケルさん、リード、バートン、俺、リヴちんの順番ですけど。」

「だよな。リヴよりもリードの方が上だってわけだ。」

突然始まったケルの話に、ようやくリードが良からぬ気配を察したのだろう、まずい、と顔に出しながら言い訳を始めた。ちなみにバートンはまだ笑顔を浮かべながら、何、何?と自分以外の三人の顔を交互に見ている。


「いや、ケルさん、そりゃ確かに実力順に並べたら俺の方が上でしたけど、リヴちんはホラ!頭が良いから! 実戦形式で戦うと陽動作戦とかでリヴちん無茶苦茶強くて、二番だったじゃないですか。一番は力押しでリヴちん押さえ込んでるケルさんで。」

リードの言い訳に、ケルは相変わらず低い声でああ、と返事をした。

「大学のときはな。…リード、最前線で毎日鍛えてるお前がまだ、力押しでもリヴに勝てないって? 中央でぬくぬくしてるリヴが、まだ二番だと?」

うぐ、っとリードは黙った。

「ケ、ケルさん落ち着いてって。そりゃ中央に所属してるリヴちんは、場数こそ俺らに劣るかもしれませんけど、ご存知のとおり努力家だから無茶苦茶鍛えてるんでしょうし! …あ、ほら! そう言うならレイア・ディオス少佐だって同じアタッカー選考だったのに、リヴちんよりも活躍してないですよ! 階級はリヴちんよりも上なのに!」

ウェスパーの擁護に、ケルは違うね、と返す。

「あいつはアタッカーよりも指揮官タイプだ。この記事は、レイアの指揮していた隊が見事に任務遂行して勝利を導きました、っていうあいつの賞賛記事でもある。」

だから、と続けようとしたところで、わかった!というバートンの大声がケルの続きの言葉を遮った。

「わかったっスよケルさん! 要は、こんな遠隔地まで配布される軍の情報誌で、リヴちんが大々的に取り上げられちゃってマズイってことですよね! 写真つきで顔バレもしたし、これでリヴちんを狙うライバルが続々出現ってわけだ!」

うんうん、と満足気に大きく頷き、わかったか、リード! と胸を張ったバートンに、ウェスパーが頭を抱えリードが真っ青になった。



緊迫した静寂の広がる室内で、ね、ケルさん!と嬉しそうに振り向いたバートンの目に、暗黒色に燃え盛る炎を背負ったケルの姿が飛び込んできた。顔にはこれまた邪悪、という表現がぴったりな笑顔が張り付いている。

「……よーし、バートン。賢いお前から、鍛えてやろう。」

がっしりと肩を組まれたバートンは、え?え? などと声をあげている。合掌しようとしたリードとウェスパーだったが

「バートンの次はリード、その次がウェスパーだ。」

の声に、へなへなと萎れるように力なく肩を落とした。



「ケルさん。」

一列に並んでとぼとぼと部屋を出て行くリードとバートンの後ろで、ウェスパーが振り向いて情報誌を指差した。

「その情報誌の後ろの方も、読んでおいてくださいよ。バートンは気づいてなかったから、まだケルさんも読んでないでしょ?」

「後ろ?」

「そう、後ろです。じゃ、先に行きますんで。」

何ページか言わずにウェスパーが出て行ってしまったので、仕方なくケルはページをめくりながら意図していた記事を探す。全部を読む時間はないので、簡単に見出しのみをみながらパラパラと読み進めていった。


その記事は小さく文字だけだったのだが、何故か驚くほどすぐに見つかった。

若手記者が軍人を取材をする、突撃インタビュー!のコーナーの一角に、リヴの名前があったのだ。





『…の帰りに偶然、廊下であの氷の華、リヴ・リン・リストさんを発見しました!アポ無しでしたがチャンスと思い取材を申し込むと、驚いていたリヴさんですが快く受けてくださいました。ではどうぞ!



記者  :先日の戦いはお疲れ様でした! まず戦場で活躍する秘訣を教えてください!

リヴさん:活躍だなんて…。少佐の作戦と、班の仲間との連携が良かったことが全てですわ。

記者  :控えめですね~。では戦いの中で工夫したことなどありますか?

リヴさん:工夫…わたくしの氷属性は雪国では威力が劣りますので、用途によって、先端を硬化させたり、砕け散りやすいように強度を落としたりはいたしました。

記者  :雪国では氷属性よりも火属性の方が威力がありますからね。

リヴさん:ええ、知識としてそれは知っていたのですが、実際に体験してみたところ新しい発見がございまして。

記者  :といいますと?

リヴさん:周りが氷だらけの場所に限って、術の練成時間が極端に短く、魔力も全く消耗しなかったのです。

記者  :えっ! それは戦術的に有効な情報なのでは。

リヴさん:(にっこりと頷いている)通常、氷使いは暑い地方の戦に、炎使いは寒い地方の戦に、という属性配置が主でしたから、氷使いが寒い地方の戦に出る、という配置は、軍の戦略上あまり行われていませんでした。しかし今回のわたくしの経験は今後役に立つかもしれないと思い、さきほど上官である中将様のところへ報告書を提出してまいりましたの。

※この取材は彼女が戦から戻った翌日なんですが…リヴさん報告書纏めるの早すぎます!

記者  :話を変えまして、先ほども少し名が出ていましたが、班のメンバーはどうでしたか?

リヴさん:個人的に皆、知っている顔でしたので、わたくしとしましては非常に連携しやすいメンバーでございましたわ。

記者  :フランツさんとは従兄弟ですものね。

リヴさん:(真面目な顔になって)ええ、わたくしが言うのもおこがましいのですが、彼以外全員アタッカーの班にあって見事な動きでした。後衛で任にあたるヒーラーが多い中、前線に出てくるヒーラーというのも、今後の戦術に必要ではないかと考えます。

記者  :リスト家のリヴさんが言うと凄味がありますね。さてそのフランツさんとリヴさんが恋仲だという噂があるのですが!

リヴさん:まあ!(目を丸くして微笑んでいらっしゃいます。可愛い!)

記者  :その反応からして、本当?

リヴさん:ふふふ、彼とは歳が近いので親しくしていますから、よくそう勘違いされますの。

記者  :か、勘違いですか…。

リヴさん:ええ、ガセネタ、ですわよ。(滅茶苦茶笑顔です!)

記者  :で、では…ずばりどんな男性が好みですか?

リヴさん:うーん、そうですわね…、強い方ですわね。(少し照れているようです。)

記者  :強い方…トホホ、僕は違いますね。強い方って例えば?

リヴさん:例えばじ……

記者  :"ジ"!? 頭文字がジで始まる軍人さんですか!?

リヴさん:違います! 頭文字は"ジ"ではなくて、っ……!(真っ赤になり両手で口を押さえています。何この可愛い生き物!)

記者  :"ジ"ではなく?

リヴさん:こほっこほっ! と、とにかく、帝国軍一のアタッカーになるような、そんな強い方が好みです。

記者  :おお、帝国軍一とは大きく出ましたね。

リヴさん:そのような方の隣に並び立っても恥ずかしくないよう、日々研鑽を積んでおりますわ。

記者  :なるほど、そういった意味ですか…。では僕も研鑽を積んで、リヴさんの情報を今後も追っていきたいと思います!

リヴさん:ふふっ、頑張ってくださいな。

記者  :はい! 本日は急な取材に対応していただきありがとうございました!





特集記事から受ける勇ましい印象とは違い、平時のリヴさんは麗しのご令嬢といった風情で、記者はすっかりファンになってしまいました! しかし彼女を射止める帝国軍一のアタッカーが現れるのか、気になるところですね。では、今月はこの辺で!』






「強い方、ねぇ。」


記事を読み終わったケルの眉間には、深い皺が寄っている。

帝国軍一のアタッカーが意味するところは判っているのだが、大きな謎がひとつ発生した。

"ジ"で始まる名前の男? そんな知り合いがいたか?


ぶつぶつと呟きながら立ち上がると、ウェスパーたちが待っている訓練場所へと向かった。





「ジ……ジ………。」


呟きながら訓練場所に入ってきたケルに、リード、ウェスパーは顔を見合わせた。


「ケルさん、何ジージー言ってるんだ? お前、何かしたか?」


聞かれたウェスパーは、意味深な表情をリードに返した。


「まあ、いいじゃん。あれだけ気が散っていてくれれば、少しは手加減してもらえるって。」

「なるほど。さすがだな、策士ウェスパー!」


にやりと片方の口角を上げたリードに、ウェスパーもにやりと笑んで見せる。そんな二人の前で、ケルとバートンが向かい合った。


「じゃケルさん、お手柔らかにお願いしますね。」


気の毒なバートンが戦々恐々といった顔でケルを見上げた。が、ケルは相変わらずぶつぶつと呟いている。


「……ジェイク? いや、あいつはこの国境警備隊のメンバーだから、リヴは知らないはず。ジ…もしやファミリーネーム…。」


悪魔の形相で無理やり手合わせを申し付けてきたくせに反応の悪いケルに、バートンはよせば良いのに話しかける。


「ケルさん、どうしたんすか?」

「いや何でも……、なあバートン、"ジ"、で始まる名前の男でリヴが知ってる奴って、誰かいたか?」

「"じ"、ですか? うーん。」



そして、バートンに神が降り立った。



「ああ、"じ"で始まる名前じゃないですけど、居ますよ。ホラ。」

「は?」


バートンは、目の前の赤毛の大男を指差してニッコリ笑っている。ケルは意味がわからないと顔をしかめた。


「ケル・ロア・バフォーエン、のどこに"ジ"があるんだよ。」

「やだなあ、もうケルさんってば。付いてるじゃないですか、一番はじめに。」

「はあ?」



バートンの笑顔に邪心は微塵も感じられない。何だ。どういう意味だ。

ケル・ロア・バフォーエン。

このケルの名前のどこに、"ジ"が付いて…。



思考の渦に迷走するケルに向かってバートンが言い放った言葉は、まるで光の矢のようにケルの胸を貫通して、一気に遥か彼方まで飛び去った。



「有名じゃないっすかぁ。地獄の番犬、ケル・ロア・バフォーエン。」




地獄の番犬…

じごく…

じ…



「俺っ!?」



ケルの脳裏に、さっきの記事が蘇った。

それもご丁寧に、リヴの声に変換されて。




記者  :では…ずばりどんな男性が好みですか?

リヴさん:うーん、そうですわね…、強い方ですわね。

記者  :強い方って例えば?

リヴさん:例えばじ……

記者  :頭文字がジで始まる軍人さんですか!?

リヴさん:違います! 頭文字は"ジ"ではなくて、っ……!

記者  :"ジ"ではなく?

リヴさん:こほっこほっ! と、とにかく、帝国軍一のアタッカーになるような、そんな強い方が好みです。

記者  :おお、帝国軍一とは大きく出ましたね。

リヴさん:そのような方の隣に並び立っても恥ずかしくないよう……




(やばい、これは…!)


体温、特に頬部分の体温が急激に上昇していくのが、自分でも詳細に感じ取れてしまった。



「ケルさん、顔赤くなってますけど、どうしたんスか?」


事情のわからないバートンがのほほんと尋ねて来たので、ケルは顔を隠すように、慌てて後ろを向いた。



(待て、俺! 落ち着け!)



しかし必死にかき消そうとしても妄想はさらに現実味を増し、リヴの声どころか姿までも脳裏に浮かんで来てしまう。




怒りながらも頬を赤くしたリヴが、両拳を胸の前で握りながら叫ぶ。

――帝国軍一のアタッカーになるような、そんな強い方が好みです!



ぽっと頬を染めたリヴが、恥ずかしそうに目線を左下に、しかしチラリと上目でケルに視線を送りながら、呟く。

――ケルの隣に並び立っても、恥ずかしくないように…





…間。




「ちゅ、中止! 手合わせ中止ーー!」


「えっ、ケルさん?」



突然ぶんぶんと頭を振りながら、わざとらしく大きな足音を立てて練習場を出て行くケルの背中を、バートンが目を丸くして見送る。


「うるさい、中止ったら中止だ! 俺は知らん!」


「いや、それはそれで命拾いってか、いいんですけど…。」



バートンはくるりと振り向いて、リードとウェスパーの顔を交互に見る。


「…どゆこと?」


最初から事情を把握していたウェスパーと、この間に説明を聞いていたリードはうんうんと頷いて、バートンに向かってビシっと親指を立て、こう言ったのであった。



「勇者バートン、…グッジョブ!」


遠く離れても、ラブラブじれじれな二人でした♪

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