95.どこだどこだ~~?
「タダシ~~、いる~~?」
用事があってアカネ(高2)がタダシ(小1)を呼びに来た。
タダシは……。
居るけど居ない。
隠れているのだ。
隠れているけど、直ぐに判る。
部屋の片隅でタオルケットをかぶって丸くなっているのがそれだ。
「どこだどこだ~~? かわいいタダシはどこだ~~?」
アカネはそう言って、部屋の中を探し始めた。
「におうぞにおうぞ~~。かわいいにおいがするぞお~~」
目の前にいるのは分かっているのだが、わざと違う所を探す。
「ここかな?」
クッションをめくる。
「ここかな?」
引き出しを開ける。
タオルケットのかたまりは小刻みに震えている。
笑いをこらえているのだ。
「それとも~~、ここかな?」
そう言ってアカネがタオルケットをはぎ取ると、
「ばあ」
タダシが満面の笑みで抱き付いてきた。
これは志武家の兄弟姉妹間でのお約束、暗黙のルールになっている。
だから、これをやるのは下の子だけではない。
「おーい、アオイ……」
ツヨシ(大2)がアオイ(大1)を呼びに来た。
アオイはタオルケットに上半身だけ突っ込んでうつ伏せになっていた。
これ、一応、隠れている事になっているのだ。
ここで、「大学生にもなって何やってんだ」等と言ったら大変だ。
ヘソを曲げて、当分口もきいてくれないだろう。
当然、ツヨシはこうしなければならない。
「どこだどこだ~~? かわいいアオイはどこだ~~?」
ツヨシはそう言って、部屋の中を探し始めた。
「におうぞにおうぞ~~。かわいいにおいがするぞお~~」
もちろん、目の前にいるのは分かっているのだが、わざと違う所を探す。
「ここかな?」
カーテンをめくる。
「ここかな?」
窓を開ける。
「それとも~~、ここかな?」
そう言ってツヨシがタオルケットをはぎ取ると、
「あん、見つかっちゃったあ~~」
アオイが上機嫌で抱き付いてきた。
時間が無いからといって、このお約束を省略したりしてはいけない。
かえって時間がかかる事になってしまうからだ。
急ぎの用で、ハヤト(高1)がモモコ(小2)を呼びに来た事があった。
モモコはタオルケットにくるまって、部屋の隅に転がっていた。
「あのさ、モモコ、ちょっと……」
ハヤトはタオルケットをまくってモモコに話しかけた。
「『どこだどこだ』が無かったぁ~~、隠れてたのにぃ!」
モモコは、ぷんぷんだ。
ハヤトは直ぐに、自分がしでかしてしまった事に気付いた。
「あ、悪い悪い。今の無し。やり直し」
ハヤトはいったん部屋を出て、ドアを開けて入ってくるところからやり直した。
「どこだどこだ~~? かわいいモモコはどこだ~~?」
ハヤトはそう言って、部屋の中を探し始めた。
「におうぞにおうぞ~~。かわいいにおいがするぞお~~」
いつもより少し大げさ目に、違う所を探す。
「ここかな?」
ランドセルを開ける。
「ここかな?」
筆箱を開く。
「それとも~~、ここかな?」
そう言ってハヤトがタオルケットをはぎ取ると、
「ここーー!!」
すっかりご機嫌になったモモコが抱き付いてきた。