83.振り向くな
「お兄ちゃん、まだフューチャー3のコンサート始まったばかりだよ」
「いっしょに踊りたい」
モール内に連れてこられたモモコ(小2)とチャコ(年中)が、ツヨシ(大2)に抗議した。
「いや、分かるが……。あれはマズいだろ。2人の方が、あのアイドルより目立ってたぞ」
「そうかな?」
「だって、皆さんもいっしょにおどってくださいって言ってたよ」
「うん……、まあ……、そうだけどな……」
モモコとチャコは目立っている自覚も無しにやっていたようだ。
「ねーねー、戻っていいでしょ」
「ツヨシ兄ちゃん!」
モモコとチャコは別に悪い事をしていたわけではない。
「分かった。でも、真正面はやめておけ。踊りたかったら、はしっこの方で控えめにな」
「うん!」
「やったー!」
ツヨシとモモコとチャコは会場に戻った。
何事も無かったように、フューチャー3は次の曲を歌っていた。
「じゃ、チャコ、ここでやろうか」
「うん、お姉ちゃん」
モモコとチャコはフューチャー3の振り付けを一瞬にして鏡にコピーして踊り始めた。
ツヨシは一息ついた。
「やれやれ、ここならまあいいか……」
ところが良くなかった。
客の何人かが、さっきとつぜん居なくなったフューチャー3の振り付け完コピの幼い女の子2人組が、客席の隅っこにまた戻ってきて踊っているのに気付いたのだ。
その気付きはたちまち会場内に伝播し、客の半分以上がフューチャー3のステージではなく、モモコとチャコに視線を向けた。
マズい!
これはさっきよりマズい!
見ようによっては、フューチャー3の営業活動を妨害しているように見えてしまう。
曲が終わった。
フューチャー3が決めポーズ。
モモコとチャコも鏡で決めポーズ。
拍手と大歓声。
「モモコ、チャコ」
ツヨシが言った。
「ん?」
「なに?」
「やっぱり行くぞーーーー!!」
ツヨシはモモコとチャコを両脇に抱えると、ダッシュで会場を後にした。
「あ、」
「ちょっと待って!」
後ろから3人を呼ぶ声が聞こえたような気がしたが、ツヨシは振り返らなかった。