76.ふいてあげる
コウジ(中1)はトランペットを持って河原にやってきた。
練習するためだ。
上の陸橋に電車が走っており、もともとうるさい場所だから周りの迷惑を気にしなくて良い。
モモコ(小2)とチャコ(年中)もついてきた。
ダンスの練習をするためだ。
小さなラジカセを持ってきて、コウジの周りで曲を流して踊っている。
しばらく踊ると、モモコとチャコは川の水で遊び始めた。
浅いのでおぼれる心配はないだろうが、いちおう目は離さないでおかなければならない。
コウジは妹たちを見ながらトランペットを吹いていた。
――と、チャコが転んだ。
びしょびしょだ。
コウジが直ぐにかけよった。
「あ~あ、やっちゃったな」
「やっちゃった」
チャコは特にケガをしたり泣いたりしているわけではなかった。
初夏の暑い日なので、体も直ぐには冷えないだろう。
とはいえ、早く着替えさせた方がいい。
「けっこう練習したしな。帰るか」
「うん」
「うん」
兄の言葉に2人の妹たちは素直に従った。
チャコが歩く度に、水をたっぷり含んだ靴がグッチュグッチュ音を立てて歩きにくそうだ。
「チャコ、兄ちゃんにおんぶするか?」
「でもぬれちゃうよ」
「いいから、ほら」
コウジはチャコの前にしゃがんだ。
チャコはちょっと躊躇したが――、
「チャコ、ほら、早くおんぶされなよ。――トランペットは、私が持つね」
モモコも妹を促し、チャコはコウジに背負われた。
水分がシャツを伝わって直ぐにコウジの背中に届いた。
ぐしょっとして気持ちのいいものではない。
チャコを早くこの思いから解放してやらなければと、コウジは早歩きになった。
モモコはトランペットとラジカセを持って重そうだったが、がんばってついてきた。
「モモコ、大丈夫か?」
「へーき」
「さすが、お姉ちゃんだな」
「えらい?」
「えらい!」
「あのさ」
「ん?」
「これだと、“志武おんぶ”だね」
「うまい!」
「うまい? やった」
家に帰ると、直ぐにチャコのぬれた服をぬがし、コウジ、モモコ、チャコの3人で風呂に入った。
初夏の暑い中を急いで帰ってきたので、けっこう汗もかいていたのだ。
「お兄ちゃん、ごめんね」
チャコがコウジに言った。
「何もあやまる事なんかないよ。いいんだぞ気にしないで。――モモコ、ラジカセとトランペット重かったろ。大丈夫だったか」
「だいじょーぶ。あたし力持ちだから」
モモコは力こぶを作って見せた。
「どらどら?」
コウジがそれをなでると、
「きゃは、くすぐったいよ! お兄ちゃんの力こぶは?」
「俺の? 俺のはこんな感じかな」
「どらどら?」
モモコは、コウジの作った力こぶをなでると見せかけて、コウジのわきの下をくすぐった。
「だは! や、やめろ!」
「どらどら?」
チャコも姉の真似をして兄の反対側のわきの下をくすぐった。
コウジがくすたがって暴れたので、バシャンと水しぶきが立った。
「ほーら、なに大騒ぎしてるの?」
浴室の扉を開けて、アカネ(高2)が中をのぞいた。
「な、なんでもなーーい」
と、口では言いながら、両側から2人の妹のくすぐり攻撃を受けまくっているコウジがいた。
「もう、出なさい。替えの服用意しておいたから。ジュースも冷やしておいたわよ」
「え?」
「ジュース!」
アカネの言葉に、モモコとチャコはくすぐりをやめてバスタブから出た。
「あーー、ほらもう、ちゃんと拭きなさい」
アカネはそのまま浴室から出ようとする2人の妹を通せんぼし、頭のてっぺんから手早く全身を拭いてやった。
「はい、いいわよ」
「はーい」
そのまま行こうとするモモコとチャコの背中にアカネが言う。
「ちゃんと、着なさい!」
「サンキュー、姉さん」
コウジも浴室から出ようとした。
「はい、コウジも拭いてあげる」
「え、俺はいいよ」
「いいから。遠慮しない」
アカネはコウジも頭のてっぺんから順に体を拭いてやった。
アカネの直ぐ下の弟ハヤト(高1)はもうアカネより背が高いが、コウジ(中1)よりはまだアカネの方が背が高い。
「はい、終了」
しゃがんでコウジの爪先まで、アカネは体を拭き終えた。
「ありがと」
「それから――」
「分かってる。着てから行くって」
モモコやチャコと違って、ちゃんと衣服を身に着けてからコウジは冷蔵庫に向かった。




