74.入らないよ
「これから、お昼の放送をお送りします。今日の担当は5年、志武ミドリです。まずは音楽をお聞きください」
給食の時間のお昼の放送が始まった。
「あれ、ヒロシの姉ちゃんだろ?」
ヒロシ(小4)の隣のトオルが、パンをかじりながら言った。
「うん」
牛乳を飲みながらヒロシが答える。
「志武君のお姉ちゃん、声、かわいいよね」
向かいの席のメグが言った。
給食の時は机を合わせて4人グループになる。
授業中はヒロシの隣の席のメグが、給食の時はヒロシの向かいだ。
「あたしも5年生になったら、放送委員になろうかな」
メグの隣のヨーコが言った。
「いいんじゃないの」
おかずをもぐもぐしながらヒロシが言う。
「志武君、お姉ちゃんと仲いい?」
メグがたずねた。
「いいんじゃないの」
パンをかじりながらヒロシが言う。
「そうなんだ。うち、弟とはケンカばっかだよ。ちょー生意気だし」
メグには2つ下の弟がいる。
「あたし一人っ子だから、兄弟いれば良かったなって時々思うよ」
ヨーコが言うが、
「いらないよ兄弟なんて。一人っ子だったら、テレビもゲームもおやつも独り占めできたのに」
と、メグは鼻息が荒い。
口ではそう言っているが、メグ姉弟がけっこう仲良しなのをヒロシは知っていた。
ちなみにメグの弟は、ヒロシの妹モモコと同級の2年生だ。
「そういや、ヒロシのとこ、こないだの雨の日、母ちゃんカサ持ってむかえに来てたよな」
トオルが大きい声で聞いた。
「あれは姉ちゃん」
「ヒロシ、あんな大きい姉ちゃんいたのか」
トオルの言う“あんな大きい”は年が上という意味だ。
ちなみにアオイは身長170cmだから、たしかに“あんな大きい”ではあるのだが。
「志武君、ミドリちゃん以外にもお姉さんいたの?」
知らなかったのだろう、意外という感じでメグが聞く。
「兄弟多いんだね。うらやましい」
とヨーコ。
「梅雨の季節は、じめじめしてカビが生えやすく、不衛生になりがちです。お風呂でよく洗って体も清潔に保ちましょう」
ミドリのアナウンス。
「風呂か。ヒロシ、おまえ姉ちゃんといっしょに風呂入る?」
ものすごく好奇心に満ちた目でトオルが問いかけた。
来たよーー、小さい頃から何度となく友達からされてきたこの問いかけ――ヒロシは思った。
こういう時は面倒なので、あっさりライトに即答だ。
「入らないよ」
「そうか、そうだよな」
ちょっとがっかりした感じでトオルは引き下がった。
「そういえばさ、あんたんとこ、中学のお姉ちゃんいるじゃん。自分はどうなのよ?」
メグがトオルに聞く。
不意をつかれてトオルは口ごもった。
「え……、たまに……、いや、は、入らない! 入るわけねえじゃん」
この反応って、「入っています」と答えているようなもんだ。
なんだ、いっしょに姉と風呂に入っている仲間が欲しかったんだな――ヒロシは思った。
「そういうメグは?」
一人っ子のヨーコが聞いた。
「弟とはまだたまに入るかな。面倒見てやれってママが言うから。でもパパとはもう絶対に入らない」
メグの答えは本当だろう。
「ヨーコはパパとまだ入る?」
今度はメグがヨーコに話をふる。
「まあ、あたし一人っ子だし、一緒に入らないとパパが悲しむから……。あたしが結婚するまで一緒に入るって言ってるし」
「ヨーコやさしい。あたしは無理だな」
メグが感心する。
「俺は母ちゃんと入んないぜ」
聞かれてないのにトオルが言った。
「あんたはママと入ってるでしょ。お姉ちゃんとだって入ってるんだから!」
「ば、ば、ばか、ちがうって。入ってねーよ」
「ねえ、志武君はママとは?」
今度はヒロシにメグが聞いた。
うちは両親が居ないので――とか何とか、また説明すると面倒なので、やっぱりあっさりライトに即答だ。
「入らないよ」