59.ネットアイドル志武おんぷ
コウジ(中1)の趣味は音楽だ。
小学校の頃は少年野球チームに入っていたが、中学では吹奏楽部に入っている。
コウジの中学校は小規模校で、野球部員の数が足りない。
対外試合の時などは、コウジの野球経験を知っている野球部から声がかかり、助っ人に行く時もある。
そのあたり、兄のハヤト(高1)と似ている。
実はコウジには、もう一つの顔がある。
ネットアイドルの送り手だ。
コウジが歌を作り、動画サイトで流しているのである。
アニメ絵の女の子が歌っているように作られている動画なのだが、歌をあてているのは妹のモモコ(小2)。
マンガ家の兄ツヨシ(大2)のアシスタントをしているだけあって、志武家の兄弟たちはみな絵がうまい。
コウジの描いた可愛い女の子の絵とモモコの幼い歌声が人気を呼んで、動画の再生回数はどんどん伸びていた。
コウジとモモコによるアニメ絵のネットアイドルの名は「志武おんぷ」。
彼らの苗字に「音符」をくっつけ、「4分音符」とかけたのである。
ところで今更だが、マンガ家ツヨシのペンネーム「志武リング」は、彼らの苗字に「リング」をくっつけ、兄弟姉妹を表す英語「Sibling」とかけているのが由来だ。
ネットの掲示板では、志武おんぷの正体が誰なのかについての書き込みが盛んになってきていた。
モモコはお風呂で歌の練習をしている。
よくある話だが、浴室で歌うと、声が響いて、よりうまく聞こえるから、歌っていて気分がいい。
今日もコウジと一緒に湯船に浸かりながら、兄の作った新曲を、モモコが練習していた。
ちょっと難しいところがあり、そこを何度もモモコが歌い直して練習している。
「お兄ちゃん、今みたいな感じでいいかな」
「いい、いい。こういうのは、あんまりうま過ぎない方がかえっていいんだよ」
「しょんぼり。じゃあ、それ、私の歌が下手ってこと?」
「そんなことない。じょうずだよ」
「ほんと?」
「ほんと!」
「やったーー」
モモコはコウジに抱き付いた。
バシャーンッと水しぶきが上がる。
そのまま2人ともお湯の中にドボンと沈んでしまった。
ぶくぶくぶくぶく……
「ぶはっ!!」
2人そろって勢いよく水面に顔を出した。
「ごめん、お兄ちゃん」
「いや、今のでインスピレーションがわいたぞ!」
コウジはそのまま浴室から飛び出すと、脱衣所においてある五線譜にペンでメロディーをつづり始めた。
コウジは、入浴中にアイディアが浮かんだ時すぐ譜面に起こせるように、五線譜用紙とペンを脱衣所に常備しているのである。
アイディアを思いついて風呂から飛び出したコウジを見てモモコが言った。
「お兄ちゃん、あるきめですみたいだね(第52話)」




