332.変身のススメ1
平日の午後の志武家。
自宅の居間では長男ツヨシ(大2)が漫画の原稿に取り掛かっていた。
妹の四女ミドリ(小5)がその手伝いをしている。
ミドリの下の5人、四男ヒロシ(小4)、五女モモコ(小2)、五男タダシ(小1)、六女チャコ(年中)、六男ダイゴ(年少)は外に遊びに行って留守だった。
また、ツヨシとミドリの間の5人、長女アオイ(大1)、次女アカネ(高2)、次男ハヤト(高1)、三女キイロ(中2)、三男コウジ(中1)は、まだ学校から帰ってきていなかった。
「ミドリも外に遊びに行かなくていいのか」
1人残って原稿を手伝ってくれているミドリをツヨシが気遣う。
「私は大丈夫。それに、あたしが居ないとにーに困るでしょ」
「そーだな。とても助かってるよ」
「えへへ」
ミドリが嬉しそうに笑った。
玄関のチャイムがなった。
「なんだろ? 宅配便かな」
ミドリは立ち上がり、ドアホンのモニターを確認した。
画面いっぱいに外国人男性の大きな顔が映っている。
「げ」
「どうしたんだ?」
「ファイタス……先生」
「ん? ファイタスだって」
漫画の原稿を中断し、ツヨシとミドリは玄関にファイタスを迎えた。
「どうしたんだ、ファイタス?」
「いやなに、その後、おまえたちがどうしているかと思ってな。家庭訪問だよ、家庭訪問」
ファイタスは大きな声で言うと、ミドリを見てウィンクした。
「アポ無しで、いきなり来ないでください」
「まあまあ志武君。そうカタいコト、言いなさんな」
ファイタスは、先生口調でミドリをなだめた。
ファイタスは、ミドリ、ヒロシ、モモコ、タダシの通う小学校で、英語の授業を担当しているのだ。
「まあ、とにかく上がれよ」
「おう、オジャマシマーース」
ファイタスは、ちゃんと日本式に挨拶し靴を脱ぐと、振り返って大きな体をたたみ込んでしゃがみ、靴を揃えた。
その素振りに、ミドリはちょっとだけ感心した。
ファイタスを通したのは12兄弟姉妹が食事用に使っているダイニングルームだ。
大きなテーブルの周りに12人が腰かけて座れるようになっている。
外国人のファイタスには、和室よりこちらの方がいいだろうとのツヨシの判断だ。
「で、ご用件は? ファイタス先生」
「“ファイタス先生”か。ははは、ツヨシ。ま、ここでは先生ではなく、戦友として話をさせてもらうぜ。お、サンキュー」
ファイタスは、コーヒーを淹れてくれたミドリに礼を言った。
ミドリはツヨシの左隣にかけた。
ファイタスがかけたのはツヨシの右90度横の席。
3人はL字形の配置だ。
対面で座るのは敵対の配置、横並びで座るのは親密の配置とされている。
L字座りはその中間だ。




