325.ボンバーマスク7
ホエール鯨井は、ロープ際にまで吹っ飛ばされた。
反動で戻ってきたホエール鯨井の体がだらりとクラッシュゴーストに寄りかかった。
ホエール鯨井は既に白目をむき、意識を失っている。
クラッシュゴーストは、ホエール鯨井の両足首をつかみ、ぐるんぐるんと自分自身を軸にして振り回し始めた。
ジャイアントスイングだ。
しかも、人間離れした高速回転である。
あの状態でクラッシュゴーストが両手を離したら、ホエール鯨井の体は観客席にまで飛んでいってしまうだろう。
ホエール鯨井も観客もただでは済むまい。
しかし、そんな周囲の懸念などまったく省みる事無く、クラッシュゴーストはその手を放した。
会場中の観客が悲鳴を上げた。
これでは大事故が起きてしまう。
だがしかし――。
放り投げられたホエール鯨井の体は、ある者によってしっかと抱きとめられた。
爆発の光と煙をあしらった派手なマスク。
頭部には機雷のトゲを思わせる5本の角が生やされた立体的なデザイン。
きらきら輝くトランクスにタイツ、シューズ。
先日の試合でクラッシュゴーストに大怪我を負わされ、現在入院中のはずの覆面レスラー、ボンバーマスクであった。
「ボンバーマスクだ」
「ボンバーマスクだ!」」
「飛鳥竜太郎だ!!」
「馬鹿な、飛鳥選手は入院中じゃないのか?」
「じゃあ、あれは一体誰なんだ!?」
騒然とする観客達。
「う、うう~~、あ、飛鳥なのか……?」
抱きとめられた衝撃で、ホエール鯨井は意識を取り戻したようだった。
ボンバーマスクはそれには答えず、そっとホエール鯨井を床に寝かせると、周囲の観客に
「救急車を呼んでください」
と要請した。
そして、ゆっくりとリングに向かって歩き始めた。
クラッシュゴーストは、リング中央で腕組みをしたまま、こちらを向いている。
だが、目も鼻も口も無い、真っ黒な覆面からはその表情は読み取れない。
ボンバーマスクは、リングに足をかけると、ジャンプして一気にコーナーポスト上に立った。
さきほど、クラッシュゴーストがひん曲げた鉄柱の、ちょうど反対側だ。
ボンバーマスクはそのまま右人差し指を高々と上げ、ゆっくり降ろすとクラッシュゴーストを指差した。
続いて、右親指を立て、それを喉の前で横一直線に動かした。
処刑を意味する動作である。
クラッシュゴーストは、あいかわらず腕組みをしたまま動かなかった。
ボンバーマスクも動かない。
両者対峙したまま、数秒なのか数十秒なのかが過ぎた。
観客も、これからただならぬ戦いが始まる事を予感し、しんと静まり返った。