321.ボンバーマスク3
「これ、夕べ録画しておいた、クラッシュゴーストの出る試合だよ」
コウジがデッキのスイッチを入れた。
ツヨシ、アオイ、ダイゴがテレビの前に座る。
ダイゴは例によってアオイの膝の上だ。
クラッシュゴーストは正体不明の謎の覆面レスラーだ。
ボンバーマスクの正体が新進気鋭の若手レスラーで、高校時代は空手で名を馳せていた飛鳥竜太郎である事はプロレスファンにとっては周知の事実。
ボンバーマスクに限らず、覆面レスラーの正体はたいていプロレスファンは知っているものだ。
しかし、クラッシュゴーストについては、正真正銘、謎のレスラーだった。
突然日本のプロレス界に現れ、対戦相手を次々と病院送りにしているのだ。
ツヨシは、見舞った時の飛鳥の言葉が気になっていた。
――あいつは人間じゃない、バケモノだ。
プロレスラーでは新人とはいえ、飛鳥竜太郎は空手使いとしては相当の実力者だった。
それが、あれほどまでのダメージを負わされる事は信じがたい。
飛鳥に限らず、日本の実力あるレスラーを次々病院送りにしているクラッシュゴースト。
ツヨシは、クラッシュゴーストをよくよく観察してみることにしたのだ。
今回のクラッシュゴーストの対戦相手は、リングネームがライノス斉藤という中堅レスラーだった。
かつてチャンピオンの経験もあるベテランだ。
覆面レスラーではない。
素顔の選手である。
まずはリング中央でがっしりと組み合うクラッシュゴーストとライノス斉藤。
力比べでクラッシュゴーストがライノス斉藤を圧倒した。
ライノス斉藤がクラッシュゴーストをロープに振る。
ロープの反動で戻ってきたクラッシュゴーストにライノス斉藤がドロップキックを見舞った。
クラッシュゴーストはリング中央で急停止。
ドロップキックを放ったライノス斉藤の方が、クラッシュゴーストの厚い胸板に弾き返されて、ロープ際まで吹っ飛ばされた。
「すごい……。まるで壁みたい」
アオイがしみじみ言う。
ライノス斉藤の髪をつかんだかと思うと、クラッシュゴーストは素早く自分の手足を複雑にライノス斉藤の首や肩や脚に絡ませた。
全身を決める関節技だ。
ボンバーマスクもこれでやられたのである。
「ああ……、ライノス選手負けちゃうよ」
ダイゴが心配そうな声を出した。
「あれ? クラッシュゴースト噛み付いてるぜ」
コウジが気付いた。
「「「え?」」」
声を上げるツヨシ、アオイ、ダイゴ。
コウジが再生を一時停止させ、少し戻してからスロー再生した。
「ほら、ここ」
コウジがテレビ画面の上から指を置く。
短い時間――おそらく数秒ほどだろう――だが、確かにクラッシュゴーストが、伸びきったライノス斉藤の腕に、マスク越しではあるが噛み付いていたのだ。
「関節技が決まっているのに、噛み付く必要なんかあるのかしら」
アオイは不快そうだ。
ライノス斉藤は既に気を失っている様子だった。
レフリーからの呼びかけにも答えない。
レフリーが試合をストップさせた。




