320.ボンバーマスク2
飛鳥竜太郎のリングネームはボンバーマスク。
デビューして1年の覆面レスラーだ。
志武ツヨシと飛鳥竜太郎は高校時代の同級生。
共に空手部に所属していた。
卒業後、ツヨシは大学に進学したが、飛鳥はプロレス道場に入門した。
そして、1年間の修行後、覆面レスラーとしてデビューしたのである。
「弟のダイゴが、テレビの飛鳥の試合を見てファンになってな。今日は連れてきたんだ」
ツヨシがダイゴの頭に手を置いた。
「おいおい、ボンバーマスクは正体不明の覆面レスラーなんだぞ」
今度は飛鳥が苦笑いした。
不明とはいっても、覆面レスラーの正体はプロレスファンの間では周知の事実だったりするのである。
「ボンバーマスクの復活、待ってますね、先輩」
「ああ、アオイちゃん……。そうだな……」
飛鳥の顔が曇った。
ボンバーマスクこと飛鳥竜太郎は、先日の試合で全身複雑骨折の大怪我を負ってしまったのである。
現在、全身包帯で入院しているのはそのためなのだ。
「大変だったな。クラッシュゴーストとの試合……」
「ああ志武……。あいつは……、クラッシュゴーストは人間じゃないぜ。まるでバケモノだ。俺の技が一切通じなかった。技が決まれば、十分効かないまでも多少はダメージを与えられるってものだ。それがアイツには一切無かった。信じられるか。普通じゃないぜ」
飛鳥は悔しそうに唇を噛んだ。
「……。あ、そうだ。ケーキ持ってきたんですよ。先輩、一緒に食べましょう。甘いもの好きでしたよね。それから、にーに、せっかく持ってきたお花、ちゃんと花瓶に生けなきゃ」
アオイは話題を変え、ダイゴを膝から降ろすと、花を花瓶に挿したり、紅茶の準備を始めたりと、せわしく動き始めた。
「寝たままじゃ食べられないな。起こしても大丈夫か?」
ベッドの稼動スイッチに手をやり、ツヨシが尋ねた。
「ああ……、別に食事は普通にできるんだがな。何せ、全身骨折だ。箸もスプーンも持てないんだよ」
ツヨシはスイッチを押して、ベッドをゆっくりと起こした。
寝ている状態から座っている状態に飛鳥の姿勢が変わる。
「いてててて……」
動かすと、やはり体は痛むようだ。
「はい、あーん♪」
フォークで小さく切り分け、アオイがケーキを飛鳥の口に運んだ。
「いや、なんか、みんなに見られていると照れるなあ」
恥ずかしがりながらも飛鳥は嬉しそうだった。
ケーキを食べ終え、高校時代の思い出話なども少しして、帰る頃合となった。
「じゃ、ダイゴ、最後にボンバーマスクと握手してもらおうね」
アオイが促した。
「うん」
握手といっても、飛鳥は腕を動かせない。
ダイゴがそっとその手を握った。
「ごめんなダイゴ。次会う時は、怪我を治して、きちんとボンバーマスクとして会うからな」
「うん、またね」
飛鳥の言葉に、ダイゴも笑顔で応じた。
飛鳥竜太郎を見舞っての帰り道。
「ダイゴ、ちゃんと飛鳥先輩のこと、治してくれた?」
右手につないでいるダイゴを見下ろしながらアオイが尋ねる。
「うん。治しておいたよ」
「再起は難しいとまで言われていたからな。ダイゴの能力があって良かったよ」
左手につないでいるダイゴを見下ろしながらツヨシが言った。
実はツヨシとアオイがダイゴを見舞いに連れてきたのは、ダイゴがボンバーマスクのファンという事もあったが、飛鳥竜太郎の怪我を治してやるためでもあったのである。
ダイゴの変形変倍能力は、モノの形や大きさを変えられる。
今回、ダイゴはその力を使い、飛鳥と握手した時に、こっそりその全身骨折を治してしまっておいたのだ。