285.剛力と念力5
「すごい、にーに!」
「お互いにな。耳は大丈夫か、アオイ」
「うん、まだ少しジンジンするけど……、平気」
「そうか、良かった」
ツヨシとアオイは周囲を見回した。
天井は大穴が開き、空が見えている。
窓ガラスは砕け、壁は崩れ落ち、床には瓦礫が散乱していた。
そして倒れている多くの学生達。
「どうやら、お互い力に目覚めた事で、俺達だけあのコウロギガイチュラの音にやられず済んだようだな」
「にーになら分かるけど、私も?」
「おそらく念力で、無意識の内に鼓膜への悪影響を最小限に抑えていたんだろう。そうでなければ、アオイも気を失っていたはずだ」
「そうか……。あ、にーに、救急車を呼ばないと」
アオイはスマホを取り出した。
「待て」
ツヨシが止める。
「どうしたの?」
「何か……、聞こえる」
「え?」
ツヨシに言われ、アオイも耳を澄ませた。
うめき声、そして、足音のようなものが聞こえてきた。
それも、1つや2つではない。
大人数を思わせるものだ。
2人は教室から廊下に出た。
廊下の向こうから多くの学生達がこちらに歩いてくるのが見えた。
どの学生も生気の無い顔をし、腕をだらんと下げ、うめき声を上げながらふらふらと歩いてくる。
「やだ、まさかゾンビ? 噛まれたら、私達もゾンビになっちゃう?」
「どうだろうな? 取り合えず俺が行こう。アオイはここにいるんだ」
ツヨシは、学生達の集団に向かって歩き出した。
力に目覚めた今のツヨシは、強靭な肉体と強大なパワーをもっている。
たとえゾンビに噛まれても、その歯がツヨシに傷をつけることはできない。
それまでふらふら歩きだった学生達が、走ってツヨシに襲い掛かってきた。
1人の学生は首を絞めてきた。
別の学生は背中から羽交い絞めにしてきた。
ある者は腕に、ある者は腰に、またある者は足にしがみついてきた。
だが、ツヨシは動じない。
まるで、ツヨシの形をした鋼鉄製の像に、学生達が群がっているようだ。
たかられながら、ツヨシは学生達の様子を観察した。
噛み付いてくる者はいなかった。
どの者も首やら腕やら脚やらにしがみつき、締め付けてきた。
ツヨシは彼らの体温を感じた。
息遣いを感じた。
1人の者の胸に手の平を当ててみた。
心臓の鼓動を感じ取れた。
彼らはゾンビではない。
生きている人間だ。
「アオイ!」
ツヨシは、離れて自分の事を心配そうに見守っている妹に声をかけた。
「みんな生きている。恐らく催眠術か何かだろう。アオイの力で止めるんだ」
「分かった!」
アオイは念じた。
念力が作用し、学生達は皆、動きを止められた。