282.剛力と念力2
アオイがツヨシに顔を近づけてささやいた。
「へえーー、コオロギさんだって。珍しい名前だね」
「ま、俺達の『志武』も珍しい名前だけどな」
ツヨシも小声で応じる。
「ところで私は皆さんに、もう1つお伝えする事があるのです」
興梠と名乗った男は続けた。
「実は私がコオロギというのは、うわべだけではありません」
学生達は、一体何を言っているのだろうという顔をして、興梠を見ていた。
「クックックックッ……」
興梠は肩を震わせて笑い始めた。
「私は……、名実共にコオロギなのですよ……、クックックッ……、クックックッ……」
興梠の表情は凶悪な笑いに変わっていた。
教室内のざわつきが大きくなる。
「やだ……、あの人、何言ってるんだろ」
アオイも不安げな表情になった。
「皆さん、私が何を言っているのかとお思いですね。直ぐに……分かりますよ!」
興梠が叫ぶと、その背中から何かが飛び出した。
バサッと大きな音が教室内に響き、コオロギが着ていたスーツやワイシャツの破片が飛び散った。
「キャーーッ!」
教室内に何人もの学生の悲鳴が上がった。
それは……、昆虫を思わせる羽根だったからだ。
何本のも筋が走った半透明な羽根。
誰もが直ぐに理解した。
それは……、ガイチュラのものだと。
「にーに!」
アオイがツヨシの腕にしがみついた。
学生達が一斉に席を立ち、教室後ろの扉に向かって走り出した。
誰もが恐怖で先を争い、扉に殺到する。
突き飛ばされるもの、転ぶ者、大混乱だ。
「静かにせんかあ!!」
コオロギは叫ぶと、背中の羽根をこすり合わせ始めた。
キィィィーーーーンッという耳障りな音が教室内に反響した。
「ぎゃあ!」
「い、痛いっ」
「苦しい……、助けて!!」
学生達は両耳を手で多い、皆、その場にしゃがみこんだ。
「うう……」
アオイも同様だった。
つらそうな表情で耳を押さえている。
「大丈夫か、アオイ」
言われてアオイはツヨシを見上げた。
「に、にーには……、にーには平気なの?」
その言葉にツヨシははっとした。
確かにツヨシにも耳障りな興梠の羽根をこすり合わせる音が聞こえている。
しかし、ツヨシには痛みも苦しみも無いのだ。
ただ、単なる音として聞こえているだけだった。
ツヨシは周囲を見回した。
教室内の学生達は例外なく耳を押さえて悶絶していた。
中には、白目をむき、口から泡を吹いて気絶しているものもいた。
「俺は……、俺は、何ともない!」
「――ということは……、にーに!」
苦しそうなアオイの瞳に希望の光がともった。
「ああ……、もしかしたらな。ここに居るんだ」
ツヨシはアオイをそっと床にしゃがませると、立ち上がり、興梠を睨み付けた。
興梠もまた、ツヨシに気付いた。
「む? おやあ……、どういう事でしょう?」




