274.水と炎と瞬間移動2
まだら模様の大カマキリは、真っ直ぐキイロに向かって翔んできた。
「きゃっ」
キイロは持っていた鞄を咄嗟に盾にした。
大カマキリは鞄にバサッとぶつかり、トンと玄関のたたきの上に着地した。
「アネキ、鞄が!」
モモコが指差した先を見ると、キイロの鞄に斜め一直線に亀裂が走っていた。
鋭利な刃物で切り裂かれたようにぱっくりと。
「ま、まさか、今の……、このカマキリがやったのかよ?」
足元の大カマキリを見下ろすヒロシ。
逆にカマキリはヒロシを見上げた。
目が合った。
本当にただの昆虫なのか?
何らかの意思をもっているようにしか思えない。
「みんな。こいつやっぱ、ヤバイ奴かも……。刺激しないように、そっと家の中に移動するのよ」
大カマキリに玄関ドア前に陣取られてしまったので、キイロは弟妹達に、避難先を家の外から中へ変更する指示を出した
山で熊に遭遇した時、背中を見せて走って逃げると熊の狩猟本能を刺激し、追いかけられやすい。
熊に体の正面を向けたまま、少しずつ後ずさるのが良い。
以前キイロは本でそう読んだ事があったので、弟妹達にそう指示したのだ。
この大カマキリ――多分、ガイチュラだろう――にも熊のような狩猟本能があるかもしれない。
ならば、いたずらに刺激しないほうが良いだろう。
家の中に居たミドリ、ヒロシ、モモコは靴下で――、外から帰って靴を脱ぐ間もなかったキイロは、そのまま外靴で、ゆっくり家の奥へ移動を開始した。
しかし、大カマキリには、兄弟たちがどこへ向かおうと関係無かった。
大カマキリは再び大きな羽音を立てると、一直線にキイロ達に向かって翔んできたのだ。
「こいつう!」
スカートなのも構わず、大きく脚を上げてキイロは大カマキリを蹴り飛ばした。
男勝りのキイロは、運動神経もなかなかだ。
キイロのハイキックが見事に命中し、壁方向に蹴り飛ばされた大カマキリだったが、壁に叩き付けられる事は無かった。
大カマキリは体勢をくるっと変えてぴたりと壁に止まったのだ。
やはり、この大カマキリ、ただの虫じゃない!
キイロ、ミドリ、ヒロシ、モモコの背筋に寒気が走った。
大カマキリがまたも、4人に向かって翔んできた。
「これでもくらえ!」
ヒロシがテーブルの上にあった漫画雑誌を投げ付けた。
漫画雑誌は真っ直ぐ大カマキリにぶつかるかに思えたが、そうはならなかった。
漫画雑誌はスパッと2つに切り裂かれたのだ。
大カマキリが、前脚のカマで切ったのである。
やはり、先ほどキイロの鞄を切り裂いたのも、この大カマキリだったのだ!