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220.名前で呼べた

 ヒロシは、2人の妹モモコとチャコを連れてショッピングモールにやってきた。

 今日は妹たちの大好きなアニメ「ひめっこズキュン」のショーが行われるのだ。

 小学校2年生の女の子と幼稚園年中児の女の子だけで出かけるのは危ない。

 で、兄姉達の誰かが連れていくことになったのだが、都合がつくのがヒロシしかいなかったため、今日はヒロシが保護者代わりなのである。

 保護者代わりといっても、ヒロシだって小学4年生なのだが……。

 「ひめっこズキュン」は、中学生の何人かの女の子がふりふりの衣装に変身して悪と戦うアニメ。

 歌って踊って、戦闘中は何度もフォームチェンジする。

 いろいろな変身アイテムや実際に着用できる衣装などが売れに売れていた。

 ステージに、ひめっこズキュンのキャラクターが登場した。

 今回はメインの二人。

 顔はかぶりものだが、できるだけ小さく作ってあり、スーツアクターも女性のようなので、見ていてさほど違和感が無い。

 歌って踊って、合間合間に敵の戦闘員や怪物たちとのバトルシーンもある。

 男の子のヒロシが見ても、けっこう面白い。

 主役が女の子なだけで、男の子向けのヒーローものと同じようなものいだ。

「いけーー」

「やれーー」

 他の女の子たちと一緒に歓声を上げている妹2人に目をやり、ついでヒロシは何気なく周囲を見回した。

「あっ」

「あっ」

 目が合った女の子がいた。


 天狗楓てんぐ かえで)

 ヒロシと同じ小学校の4年生。

 直ぐ隣同士だったのに、今まで気付かなかったのだ。

「志武じゃん」

「天狗」

「天狗って呼ぶなよ。妖怪みたいだろ。楓って呼んでくんない」

「じゃあ、楓」

「う、うん」

 女の子を下の名前で呼ぶ事に抵抗を示す男の子は少なくないが、ヒロシはあっさり「楓」と名前で呼んだ。

 「こいつ女の子慣れしてるな」と楓は思った。

 ヒロシには妹2人に加え、姉が4人いる。

 ついでに言うなら、兄弟も5人。

 なにしろ12兄弟姉妹だ。

 年上だろうが年下だろうが男だろうが女だろうが、対応には慣れている。

「楓も『ひめっこズキュン』ファンなのか?」

「い、いいだろ、別に」

 ひめっこズキュン、視聴対象は小学校低学年くらいまでの女の子のアニメだ。

「そりゃあ、いいけど」

「志武も見てんの?」

「うちはほら、妹が見てるからさ」

 ヒロシは、前で一生懸命応援しているモモコとチャコを指した。

「あーー、妹さん」

「今日は俺、2人の引率なんだ」

「引率? 遠足みたいじゃん」

「まーな。楓、1人で来たのか?」

「まーな」

 楓はヒロシの口調を真似た。

 ショーが終わった。

 ヒロインたちと握手する子が列に並ぶ。

 もちろん、モモコとチャコも並んだ。

 ヒロシは並ばない。

「楓、並ばないの?」

「あ、あたいは……」

 同学年の男の子であるヒロシがいて、ちょっと恥ずかしい楓であった。

 ヒロシさえ、いなければ並んで握手してもらったのに……。

「俺も、やっぱ並ぼっと。楓も並ぼうぜ」

 ヒロシは楓の手を引っ張って、列の最後尾に並んだ。

「志武、ズキュンのファンなの?」

「まー、せっかく来たんだしな」

 ヒロシくらいの年の男の子で並んでいるのは他にいなかった。

 女の子なら、けっこう小学校中学年や高学年の子もたまに並んでいたが。

「こいつ、あたいに気を遣ってくれたのかな……」

 楓は、嬉しいような恥ずかしいような、ちょっとくすぐったい気持だった。

「あ、男の子のファンだ。嬉しいーー」

 ヒロシと握手する時、ズキュンの1人が言葉を発した。

「どーも、いつも応援してます」

 両手を握ってしっかり返すヒロシ。

「こいつ、ホントに女の子に慣れてるな」

 ちょっと、もやっとする楓。

 でも、楓は念願のズキュンの2人に順々に握手してもらい、直ぐに天にも昇る幸福感に浸ってしまったのであった。

「ねー、ヒロひろにい、おなかすいたよーー」

 握手会終了後、モモコとチャコ。

 ヒロシの服の裾を引っ張った。

 引っ張った先にはハンバーガーショップ。

 たしか、今、このハンバーガーショップでズキュンのおもちゃが貰えるキャンペーンをやっていたはずだ。

「お昼食べてきていいって、アオあおねえからお金預かっているから。じゃ、あそこで食べていくか」

「やったーー」

 ぴょんぴょん跳んで喜ぶモモコとチャコ。

「楓も行かない?」

「あ……、わ、私、どうしようかな……」

「楓ちゃん、行こーー、行こーー」

 モモコとチャコが楓の両手を引っ張った。

 結局4人でハンバーガーショップに入った。

 注文すると、子どもはズキュンの2人の内のどちらかのミニフィギュアを貰う事ができる。

 モモコとチャコは1個ずつもらって2人組を揃え、満足そうだった。

 もちろん楓が持っているのは1個だけ。

「はい、これ」

 楓の前に、ヒロシがもう1個のフィギュアを差し出した。

 楓の持っているのとは別の方のズキュン。

 これで楓の前にもズキュンの2人組が揃った。

「志武、おまえ、カメンダーマスクのほう貰わなかったの?」

 カメンダーマスクは、男の子向けの特撮ヒーロー。

「カメンダーマスクとカメンダーレディは、もううちにあるんだよ。弟たちが持ってる。ズキュンもモモコとチャコがそろえたし……、これはダブっちゃってるから、楓もらってくんない?」

「あ、ありがと……」

 休み時間、いつも校庭で大きな声出して友達とサッカーばっかりしているヒロシ。

 ちょっと乱暴な子なのかもしれないと思っていた楓だったが、会って話してみると妹思いだし、楓が気を遣わなくていいように何気なく優しくしてくれる。

 楓は、急に胸がどきどきしてきた。

「あのさー、楓」

「な、なに?」

「俺のこと、志武って呼ぶなよ。ここの3人、みんな志武だから」

 シェイクのストローを揃ってくわえているモモコとチャコをヒロシは指した。

「俺もヒロシって名前で呼んでくれ」

「わ、分かった、ヒ……」

 呼ぼうとして、楓は言葉につまってしまった。

 呼べない!

 心臓がものすごくどきどきしてきて、「ロシ」が続けられない。

「『ヒロシ』が、嫌だったら『ヒロ兄』でもいいよ」

「あたしたち、そう呼んでるもんねーー」

 楓が言葉に詰まったのに間髪入れずモモコとチャコ。

「なんで、ヒロ兄なんだよ。楓と俺は同じ学年なんだぞ」

「だって、チャコなんか、あたしのこと『モモちゃん』呼ばわりだよ」

と、モモコが言えば、

「ダイゴだって、あたしのこと『チャコちゃん』呼ばわりだよ」

と、チャコも弟の名前を出す。

「だから『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』って付けるか付けないかは、どうでもいいということで」

「なるほどそうか……、ってモモコ、話がなんか別の方向にいってないか!?」

 3人のやり取りを聞いていて、楓は笑ってしまった。

「ははは……、ヒロシんとこの兄弟っておもしろいな」

「お、いま、ヒロシって呼んだ。そうーなんだよ、いつもおかしくてまいっちまうんだよな」

「特にヒロ兄がおかしいよね」

「うん、チャコの言う通りかも」

「だから何でだよ」

 楓はまたまた笑ってしまった。

 自然とヒロシのことも名前と呼べるようになり、1人でだったけど、今日はひめっこズキュンショーに来て良かったと思う楓であった。

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