202.百時草の初恋
今日もツヨシ(大2)はマンガを描いている。
原稿を手伝っているのは、妹でチーフアシスタントのアオイ(大1)。
「にーに、これなあに?」
テーブルの上に置かれた鉢植えには、アオイが見た事の無い植物が芽を出していた。
「これか? これは、百時草といってな……」
「ひゃくじそう?」
「ああ。種を蒔いてから、発芽し、花が咲き、種ができるまで100時間という事からその名の付いた、とても珍しい植物だ」
「やだ、まさかの、ガイチューラ・ミノタウロス・アマゾン・オオカブト・クワガタムシに続く、珍妙な生物シリーズ第2弾?」
「うむ。今度、マンガに百時草を登場させるんだが、珍しい植物だけに、図鑑はおろか、ネットにも載っていなくてな。出版社が資料として取り寄せてくれたんだ」
「にーにってば、一体どんなマンガ描いてんのよ。まさか、また、十数万円とかするんじゃないでしょうね」
「安心しろ、十数万円じゃない」
「ほ」
「数十万円だ」
「かえって高くなっちゃってるじゃない!」
「まあまあ。ガイチューラ・ミノタウロス・アマゾン・オオカブト・クワガタムシの場合は、借り物だから返さなければならなかった。でも、これは頂き物だから、返さなくても大丈夫なんだ。安心しろ」
「そうなんだ、良かった」
「まあ、100時間――つまり約4日で枯れてしまうわけだからな。借りたとしても、マンガの資料として使って返す頃には、枯れてしまっているし。だから、向こうも今回はくれたんだろ」
「今度は名前も短いから、覚えやすくて助かるわ」
2人が仕事をしている部屋に、ミドリ(小5)が入ってきた。
「あれ、にーに、アオ姉、これなあに?」
ミドリはさっそく百時草の鉢植えに気付いた
「百時草という植物だ。名前の由来は……(省略)。ミドリ、良かったらうちの花壇に植えるか?」
「え、いいの?」
「ちょっと、にーに。マンガの資料に使うんじゃなかったの?」
「ああ、そこならもう描き終わった。用は済んだんだ。ほら」
そう言って、ツヨシは原稿をアオイに見せた。
たくさん植物が描かれているコマがあり、その隅っこに、小さく小さく百時草が描かれていた。
パッと見、それが百時草なのかどうか分からない。
それもさることながら、そこにその他大勢と一緒に描かれたその植物――百時草――に、どれだけの読者が注意を払うのか、甚だ疑問な出来である。
「このワンカットのために……。別にホンモノが無くてもテキトーで良かったんじゃない?」
「何を言うアオイ。ファンによってはとても細かい所まで読み込んでくるからな。リアリティは大切なんだよ」
ミドリはツヨシとアオイの会話には加わらず、百時草の鉢を両手で持つと言った。
「じゃあ、にーに、アオ姉、さっそくうちの花壇に植えるね」
ミドリは志武家の花壇の空きスペースに、百時草を移植した。
「早く大きくなってね」
ジョウロで水をやるミドリ。
百時草が、ポッと顔を――もし、あればの話だが――赤らめたように見えた。
翌朝。
「すごーい! こんなに大きくなったあ」
歓声を上げるミドリ。
志武家の花壇には、一晩で見事に成長した百時草があった。
その高さは3メートルを越え、ヒマワリを思わせるような大きなピンク色の花が咲いていた。
花の形状は、見ようによってはまるで人間の口のようだ。
ミドリと一緒に、アオイとツヨシも百時草を見ていたが……。
「にーに、これって大きくなり過ぎじゃあ……?」
「ううむ……、まさか、ここまで大きくなるとは。まあ、でも今日が3日目だから、4日目の明日には枯れてしまうだろう。ま、1日の辛抱だ」
ミドリがジョウロに水を汲んできた。
「百時草に、お水あげようっと」
百時草の根元に丁寧に水を遣るミドリ。
「どう、おなかいっぱいになった?」
ミドリが百時草に話しかけると――、
コクリ。
なんと、百時草の花がうなずいた。
「にーに、アオ姉えー、見た見た!? 今、百時草が『うん』ってうなずいたよ!!」
「そんなバカな……」
「おい、百時草、おまえ今、『うん』ってうなずいたか?」
ミドリの言葉に、ツヨシも試しに百時草に声をかけてみた。
首――というか花だが――を横に振る百時草。
「ほら、『ちがう』って言ってるだろ」
「にーには、なんで冷静なのよ」
ジト目でツッコむアオイ。
「へえー、植物なのに、返事できるなんて、賢いんだねー」
ミドリは素直に感心して、まるで人間の手を取るかのように、百時草の葉を両手で取った。
ピンクだった花が、赤くなる百時草。
「あ、こいつ赤くなったぞ」
「植物なのに、照れるの?」
またまたツヨシとアオイがツッコむ。