199.ガイチューラ・ミノタウロス・アマゾン・オオカブト・クワガタムシの旅立ち
「にーに、これ、なあに?」
飼育ケースの中の、角が何本もある黒い虫を見て、アオイ(大1)がたずねた。
描いているマンガ原稿から顔を上げてツヨシ(大2)が答えた。
「それは、ガイチューラ・ミノタウロス・アマゾン・オオカブト・クワガタムシだ」
「ガイチュ……、やだ、害虫なの? そもそもカブトムシ? クワガタムシ? どっち?」
「害虫じゃない。ガイチューラ・ミノタウロス・アマゾン・オオカブト・クワガタムシ。南米原産の、カブトムシにもクワガタムシにも分類できない、非常に珍しい昆虫だそうだ」
「へえ。その珍しい昆虫が、なんでウチにいるの?」
「今、描いているマンガに、このガイチューラ・ミノタウロス・アマゾン・オオカブト・クワガタムシが登場するんだよ。ところが、珍しい虫だから、昆虫図鑑はおろか、インターネットにも写真が載っていない。そこで資料として出版社が、このガイチューラ・ミノタウロス・アマゾン・オオカブト・クワガタムシを用意して貸してくれたんだ。十数万円もするらしいぞ」
「へえー、これがねえ……」
アオイは、もっとよく見ようと、飼育ケースのふたを開けた。
ぶ~~ん……。
ガイチューラ・ミノタウロス・アマゾン・オオカブト・クワガタムシは、飼育ケースから飛び立った。
「どわ! ガイチューラ・ミノタウロス・アマゾン・オオカブト・クワガタムシが?」
「やだ、え、なにコレ、飛ぶの?」
「飛ぶだろ、昆虫なんだから。そもそも昆虫というものは働きアリ以外はみんな羽を持っていてだな……」
「にーに、大変! 隣の部屋へ飛んでった」
「いかん追え! 外に出たら大変だ」
それまでマンガを描いていた部屋を飛び出す、ツヨシとアオイ。
隣の部屋へ来た。
しかし、ガイチューラ・ミノタウロス・アマゾン・オオカブト・クワガタムシの姿は見えない。
「やだ、どこへ行っちゃったんだろう?」
「ともかく、家中の窓という窓を閉めるんだ!」
バタバタと家の中を走り回り、ツヨシとアオイは窓という窓を閉めまくった。
(何だろう、バタバタと……。うるさいな……)
コウジ(中1)は別室で昼寝をしていた。
さっきから家の中を走り回る音が聞こえる。
夢うつつでその音をうるさいと感じながらも、コウジの意識は半分落ちかけていた。
ふと……?
コウジは、顔に違和感を感じた。
何やら、ちくちくという感触。
ガサゴソという気配。
あまり心地いいものではない。
何だろうと思いつつ、コウジはゆっくり目を開けた。
コウジの鼻先に、黒い大きな虫がとまっていた。
先ほど飼育ケースから逃げ出し、ツヨシとアオイが追っている、ガイチューラ・ミノタウロス・アマゾン・オオカブト・クワガタムシだ。
だが、そんなこと知る由も無いコウジは勘違いした。
そう、志武家の男6兄弟が大嫌いなあの虫と。
「ぎゃああああああああっ!!」
悲鳴を聞いたツヨシとアオイが直ぐさま駆けつけてきた。
そこには意識が完全に落ちたコウジが横たわっていた。
「コウジ、しっかりして」
アオイがコウジを揺り起こす。
かすかにコウジの意識が戻った。
「じ……」
「じ?」
「Gが……、僕の顔に……」
がくっ。
アオイの腕の中で、コウジは再び意識を失った。
それを見ていたツヨシが察した。
「どうやら……」
「どうやら?」
アオイが聞き返す。
「ガイチューラ・ミノタウロス・アマゾン・オオカブト・クワガタムシをGと勘違いしたようだな」
顎に手をやり、目をキラリとさせながらツヨシ。
「にーに、そんな冷静に分析している場合じゃないよ。これじゃ、弟たち、みんな気を失っちゃう」
「いや、さらに重要なのは、妹たちが見つけた場合、ガイチューラ・ミノタウロス・アマゾン・オオカブト・クワガタムシが無事でいられるかという事だ。もし、Gと間違われたら……」
「じゅ、十数万円が……?」
「うむ」
「た、大変だよ!」