145.毎晩暑い夏
夏だ。
毎晩暑い。
クーラーを入れたまま寝てしまうと風邪を引くので、就寝時にはスイッチを切り、窓を開けて風が通るようにして寝る。
兄弟数が多い志武家に個々の寝室は無い。
いくつかの部屋に分かれてざこ寝だ。
冬だと寒いから兄弟同士くっ付いて寝るのだが、気温の下がらない夏、何人もいる部屋で寝るのは暑くて大変だ。
普段なら甘えて兄姉たちにすり寄って来る弟妹たちもやって来ない。
ザザーー……。
ザザーー……。
何か水しぶきのような音が聞こえてくる。
暑さの寝苦しさもあって、タダシ(小1)は目を覚ました。
「兄ちゃん、兄ちゃん」
タダシは隣のヒロシ(小4)をゆり起こした。
ヒロシも眠りが浅かったのだろう、直ぐに目を覚ました。
「なんだよ?」
「なんか、水みたいな音が聞こえてくるんだよ」
「水?」
「お風呂の方から」
「風呂場から?」
そこで2人は思い出した。
昼間見た怪談のアニメを。
夜中に風呂に入る幽霊の話だった。
「お風呂の幽霊かな?」
「まさか、幽霊なんて本当にいるわけ……」
ザザーー……。
ザザーー……。
相変わらず水音は聞こえてくる。
「こわいよ兄ちゃん」
「よし……、じゃあ、正体をつきとめに行こうぜ」
「ええーー、もし本物の幽霊がいたらどうするの?」
「そん時はみんなを起こせばいいんだよ、行くぞ」
2人は、他の兄弟たちを踏まないように気をつけながら、そうっと部屋を出た。
他の兄弟たちを起こさないように灯りは点けずに浴室を目指す。
聞こえてくる水音はだんだん大きくなった。
ヒロシとタダシは浴室の扉の前に立った。
暗い浴室の中に、確かに何者かがいる……!
「開けるぞ」
「兄ちゃん、こわい」
「勇気を出せ! せーの……」
2人が扉を開けると……、
浴室内にいたのはツヨシ(大1)だった。
「なんだ、どうした?」
「なんだじゃないよ」
「どうしたのツヨシ兄ちゃん、暗いお風呂で?」
「いやあ、あんまり暑くて寝られないから水浴びしてたんだよ」
「そうなんだ、それはそれでいいけど……」
「どうして、真っ暗なままで?」
「そうか、すまんすまん。見てみろ」
ツヨシは、浴室の窓から夜空を指差した。
見事な満月が輝いていた。
「あんまり月がきれいだったんでな」
「へえー、あ、ほんとだね」
「ツヨシ兄ちゃん、僕らも浴びていい?」
「大丈夫か? 本当に冷たいぞ」
「へーき、へーき」
「大丈夫」
「よし、分かった。でも冷たいからって大声出すなよ。みんな起きちゃうからな」
ツヨシは、まず、弟たちの足元に冷水シャワーをかけてやった。
さすがにちょっと冷たい。
弟たちは大きな声を出しそうになったが、そこはこらえた。
月明かりの差し込む浴室で、兄弟3人、サイレントにはしゃぎながら冷水シャワーを浴びたのであった。