108.花がら摘み
志武兄弟の家には通りに面した小さな花壇がある。
夕方よく世話をしているのはミドリ(小5)だ。
兄姉たちは部活等で帰りが遅いし、弟妹たちはうまくできなかったり忘れたりする。
弟妹たちが手伝って一緒にやる時もあるが、今日はミドリが1人で世話をしていた。
花がらを摘んでいると、声をかけられた。
「あれ? 志武じゃん」
ミドリが振り向くと、同級生の石森ミカエルがいた。
ミカエルは母親がアメリカ人である。
「石森君」
ミドリはミカエルを苗字で呼んだ。
男子たちは彼をミカエルと呼ぶが、女子たちは苗字の石森で呼んでいる。
ミドリもそれにならったのだ。
「おまえん家ここなの?」
「そうだよ」
「なにやってんだ? 水やりか?」
「花がら摘んでるの。水やりはそれから」
「花がら? 何それ、もよう?」
「その花がらじゃないよ。ほら、こういうやつ」
ミドリは摘み取った1つをミカエルの顔の前に出した。
「枯れてるじゃん」
「そう。枯れた花を花がらっていうの」
「ふーん、そうなのか」
ミカエルは立ち去るでもなく、そこにいる。
ミドリも、無視して作業を続けるのが何となく悪い気がして、そのまま立っていた。
「何か用?」
感じ悪くならないように気を付けてミドリは聞いた。
「いや別に用は……。通りかかったらたまたま居たから声かけたんだ」
「ふーん」
「……」
「私、作業続けていいかな?」
「え? ああ、悪い。どうぞ。――っていうか、俺、手伝おうか?」
「え、どうして? いいよ――」
「手伝うよ。どうせヒマだし。これ取ればいいんだな?」
「あ、違う。そっちはツボミ。こういうしおれた感じのやつだよ」
「これか?」
「そう」
しばらく2人で作業していると、後ろから声をかけられた。
「あれ? ミカエル君じゃん」
ヒロシ(小4)だった。
男子なので名前で呼ぶ。
上級生なので呼び捨てではなく、一応“君づけ”だ。
「ああ、よお」
ミカエルとヒロシは、同じ少年サッカーチームの先輩後輩だ。
「ミカエル君、うちの花壇の世話してくれてんの?」
「あ……、ま、まあ」
「ミカエル君、花好きなんだ?」
「いや、まあ……、その、どうかな」
ミカエルが好きなのは別にあるのだが、ミドリもヒロシもそんな事は知る由も無い。
姉が弟に言った。
「ヒロシも手伝ってよ。うちの花壇なんだから」
「分かったよ。えー、花がらはこれかな?」
「それはツボミ」
「それはツボミ」
ミドリとミカエルが同時に言った。
次の瞬間、3人で大笑いしていた。