顔が見えない貴方
女優を目指してバイトを掛け持ちしていたら過労で倒れてしまった
心配してくれた社長が短期間で高級を稼げるバイト先を紹介してくれました。
毎週金曜日の夜から日曜日の夜までの時間を決められた場所にて過ごす。
私のバイトは少々特殊である。
売れない女優の生活は悲惨だ。
高校生の頃から目指し始めた女優への道は大変険しい。
所属している事務所からもらえる給料だけでは月々の家賃を払っていくので精一杯だ。
しかし売れないとは言え一応は女優なのだからあまり可笑しな格好もできない。
バランスの良い食生活は大切だけど野菜の値段も高くなってきているし大変である。
しかも、ダンスのレッスンや日本舞踊などの授業料も馬鹿にならず実家は金持ちとは言えない。
大体親の反対を押し切って女優への道を選んだので頼れない。
時間もない、これといった特殊技能もない若い見てくれがまあまあの女が高給を稼ぐ方法少ない。
事務所の社長が紹介してくれたバイト先は高給を約束してくれているので私としては助かっている。
このバイトを始める以前は某コンビニストアとファミレスのバイトを掛け持ちしていた。
睡眠不足と過労で倒れることが続いた。
所属事務所の社長やスタッフにも心配をかけてしまいバイトの掛け持ちは諦め短時間で高給を稼げるバ イトを探してみた。
思い切って風俗で短期間で稼ぐことも考えたのだが両親の顔がちらついて踏み切れなかったのだ。
風俗の店などで顔バレしてしまうと後々困ることも考えられる。
そんな時社長が紹介してくれたのが今のバイト先だ。
簡単に言ってしまえば愛人の仕事だが。 風俗と変わらない気がした。
一度は断ったが社長は気が変わったら受け付けると言っていた。
決意したのは預金通帳の残高が残百円と少しになったのを見た時だ。
冷蔵庫には食べるものもなく家賃滞納はすでに二ヶ月に及んでいた。
大家さんは待つといってくれたのだが大家さんだって養わなければいけない家族がいる。
甘えてはいられない。
社長に電話して愛人の話を受けることにした。
金曜日の夜になると高級住宅街の一画にある絵に描いたようなお屋敷に訪ねて行く。
出迎えてくれるのは初老だけど背筋をピンと伸ばした執事さんだ。
屋敷の人達は皆優しい人ばかりで私はいつも恭しく出迎えてもらえる。 すこぶる快適。
愛人という日陰の立場の私にも丁寧に接してくれるプロフェッショナルぶりを発揮してくれる。
部屋に案内されるとさっそく用意していた出張エステティシャンによるボディマッサージが始まる。
すっかり気持ち良くなった後で浴びるシャワーは何とも心地良い。
用意されていた衣装に着替えると一杯のお茶と薬を飲むように勧められる。
雇い主の趣味なのか用意される衣装はゴスロリっぽかったりパンクっぽかったりする。
ご主人様は黒がお好きらしい。
ちなみに顔は見た事がない。
何故ならば私はずっと眠らされているからだ。
顔を見られたくないのは理解できる。
きっとお金持ちはそういった用心が必要になるのよと自分に言い聞かせていたのよね。
愛人がいることをネタにお金持ちを強請るなんてのは今時は安っぽい週刊誌ネタにもならないわ。
でもこのご主人様は私に対して特にエッチなことをするわけではないのよ。
それはわかるわ、だって寝て起きたあとも体にそれらしい痕跡がないのだもの。
毎週自分好みの衣装を着せて眺めて楽しんでいるのかしら?
まるで人形みたいね、私。 ああ、眠くなって……。
戸を開けて入っていくと彼女は既にベッドで眠っていた。
今日の衣装はゴスロリにするように言ってある。
やっぱりスタイルが良くて綺麗な肌をしている彼女には黒が似合う……。
うっとりしながら彼女の側の椅子に腰掛けてもっと良く眺めようとした。
執事の勝永が部屋に入ってきて食事はどうするのかと聞かれたのでいつものようにとだけ答えた。
勝永はため息を一つついて準備をする。
良くできた執事なので本当に主人の意向に逆らわずに従ってくれている。
勝永がワゴンにサンドイッチとスープを乗せて静かに入ってきた。
「そんなに好きなら普通に交際なされたらいかがでしょうか? 旦那様」
「ダメだよ、勝永。 彼女はまだ自分の夢を叶えていないんだ。 今僕が交際して結婚に進んだら彼女の夢が中途半端に終わってしまうだろう」
「ではせめてお顔を見せてあげたらいかがです」
「確かにこんなやり方は異常かもしれない。 イヤ異常だ」でも名前や顔を今知られるわけにはいかないよと言い張った。
「確かに旦那様は俳優としても映画監督としても有名におなりですが……」
「おまけに彼女の所属している事務所の経営者の一人でもあるしね」
このバイトをしないと彼女はあぶない店で働きかねないからね~~
いいんだよ、今はまだ眺めているだけで可愛いコスプレ衣装も着せることができるし。
俳優のくせにヘタレな旦那様はいつになったら女の子と恋人同士になれるのでしょうか。
執事の勝永も心配しております。