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そして彼は笑う (2)

 『紅葉山』と朱善は、二ノ宮で二人の『柚子』と、その友人の藍を迎え入れた。

 当然のこと藍には二柱を視ることはできないし、紅葉山に足を踏み入れたのは初めてで、話を聞く様子もない。

「柚香さんの病気が再発したと聞いた時には心配で仕方ありませんでしたが、無事手術が終わって本当によかった」

 白い唾のある帽子を押さえ上品なワンピース姿の藍は、石段でヒールを削りながら上へ上へと目指していく。

「あんまり勢いをつけて登っていくと途中で疲れて本殿にいけなくなるよ。ここ石段多いんだから」

「なるほど、柚香さんはそれで昇り降りして鍛えていたってことですね。じゃあ私も負けずに」

「運動靴で来た方がいいって言ったのに」

「私、そういう履き物は、学校にしかありませんの」

 藍は華奢な両足に合わぬ足運びで、柚香と祐喜を抜いてどんどん登って行ってしまう。

 数十段上から、藍は下にいる柚香と祐喜に手を振ってくる。

「競争ですよー! 先についた方が勝ちですからねー!」

「藍、道が分かれてたりするから、本当にちゃんと案内板見て石段少ない方で本殿まで行ってね」

 興味関心に火がついた藍を止められないことは、柚香が一番よく知って居る。

 手を振って先に向かわせると、黙って付いていた朱善は笑った。

「柚香が元気になって嬉しかったんだな、あのひとの子は」

「一緒に出かけようって約束してたのに、私が入院しちゃったりで心配かけちゃったしね。でもほら、お守り……お見舞いの時に藍がくれたの。かわいいでしょ。お稲荷さんのお守りなんだって。女子に大人気の美人になれる神社のお守り」

 入院した相手に、回復祈願のお守りを持ってこないあたり、どこか抜けたお嬢様だと思いつつも

 柚香はそんな藍が好きだ。

「極楽稲荷神社って知ってる? 朱善の知り合いとか友達いる?」

「さぁ、『大江山』とは繋がりがある名前ではないな」

「そっか。まぁいいや。祐喜にもお守り返してもらえたし、ふたつ携帯に付けようっと……」

 柚香が入院したのは、足の病の再発のためである。

 あの後朱善は茂野と共にひとの世に降り病院へ柚香を託し、銀朱も力を貸した。

 そのため柚香の病は再発し、入院、手術、退院とめまぐるしい時を送ることになった。

 その間、ずっと柚香を支えたのは、朱善だった。

 『紅葉山』は一度も柚香の元へ姿を現すことはなかった。

 朱善は『大紅葉山』は私の『柚子』に干渉はならないと遠慮されているのだ、なんて誇らしげに言っていたが、そうではない。

 柚香はそれを望んでいた。

 ちゃんと自分で『紅葉山』に会いに行くと決めたのだから、彼から会いに来られたら困るのだ。

「それはそうと、祐喜は気づいたみたいよ。私が朱善とちょっと特別な関係だって」

「ちょっと?」

 朱善はわざと聞き返した。

 『紅葉山』のためにお互いの領域を越え共同戦線を繰り広げた関係が「ちょっと」で片付けられるのは不満だった。

「だって、普通じゃないでしょ」

「そうだな。普通ではないな」

「なんか朱善って、たまに意地の悪い言い方するよね。誰に似たの? 銀朱? そういう処は『あぶらあげ』に直してもらった方がいいよ『しゃけ』」

「だから『しゃけ』はだめだと言っただろう、柚香も対外意地が悪いぞ」

 柚子と朱善のやり取りを、『紅葉山』は優しい目で見つめていたが、祐喜の方は少し不満そうだ。

 祐喜は誰が見ても分かりやすいほどに、柚香に好意を示すようになった。

 朱善が柚香へ向ける特別な感情を意識してのことだろう。

「そのように、物欲しそうな目でふたりを見るものではないぞ『柚子』」

「物欲しそうって……! だって、あれおかしいだろ。何なんだよあいつ」

 『柚子』の祐喜は青年らしい活発さがある若者だが、まだ心を隠すことを知らない。

 ある意味底抜けに純真なのだろうが、『紅葉山』にはくすぐったい。

「お前に、侍従っていうの? 部下みたいな奴がいるなんてばあちゃんからも聞いたことなかったからさぁ。突然の新登場人物っていうか」

「そうか。遠い昔にいたが、『柚子』に話をしたことはなかったな。あれは朱善という。よろしく頼むぞ」

「あぁ、よろしくするのはいいんだけど、紅葉山のお稲荷さんっていうのは、必ず特定の人の子に取り憑く……ってか、こだわるのが慣わしなわけ? あいつ、柚香の手術中もずっと側にいたらしいし、なんか柚香にしつこいよな」

「そういう訳ではないが、朱善は柚香を気に入っているようだな」

「げぇ……」

 露骨に嫌な顔をする『柚子』に、『紅葉山』は笑った。

「言っただろう。目に見えるものが全てではないのだと。そなたの知らぬ柚香も存在していたのだ。悪いが柚香と添え遂げられるように、などと私に願うなよ」

「なんでー! なんの為の神様なんだよ『あぶらあげ』」

 『紅葉山』は当然のように聞き返してくる『柚子』に少し困った笑顔を投げた。

「さぁ、何の為であろうか……それを見つけるのは、そなたらひとの子自身の問題だ」

「難しいこと言って煙に巻くなよな。ちぇ、もういいよ。おい柚香ー! 藍さんに抜かれたままでいいのかよー!」

 祐喜は頬を膨らませ、朱善と柚香の輪に混じっていく。

 『紅葉山』は朱善に『柚子』達を任せて、ゆっくりと石段を登り本殿へ向かい始めた。

 朱の鳥居が続く紅葉山を、稲荷の世に戻ってから愛おしむように何度も巡回した。

 自分が山から離れている間に綻びが生じていたが、また丹念に愛情を傾け修繕してゆけばいい。

 神にはそれだけの膨大な時間が与えられている。

 時間が与えられていないのはひとの子だ。

 鳥居を潜り続ける足が、一ノ宮の半ばで止まった。

 『紅葉山』を迎えるようにして立っていたのは藍だった。

 藍は山頂に近いこの一ノ宮から見える山の麓の紅葉野の景色を堪能しているようだったが、ゆっくりと白いワンピースを揺らして『こちら』へ身を翻した。

 赤い鳥居の下の白いワンピースは青空の雲のように浮いている。

「あの場で話を切り出して下さってもよかったのに、何の配慮ですか?」

「話がこじれるのを避けただけだ──『極楽山』瑠璃」

 『紅葉山』は目の前のひとの子、天上藍を、『極楽山』瑠璃と呼んだ。

 その呼称に答えて、瑠璃は白い帽子をさっと払った。

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