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06 初恋

 2ヶ月後、お医者様に言われた通りの運動をし、徐々に動けるようになってきたわたしは車椅子を乗り回していた。クリスティアンにはまだ会っていなかった。お父様に婚約の話をすると、渋い表情をしていてわたしは何も言えなくなってしまった。

 車椅子で庭園を眺めていると、門から大きな声が聞こえてきた。見に行くと、そこにはお父様とクリスティアンが揉めているようだった。


「お父様!」


 今までにないほどのヴォイス量で声を張ると、お父様はびっくりしたようで振り向いた。


「み、ミア…いや、これはだな…別に、クリスティアンを家に入れてなかったわけじゃないんだ。ただ出禁にしただけで…」


 ずっと家に入れてないのか。そりゃ会えるはずもない。久しぶりに見るクリスティアンは生気がなかった。


「ミア……」


 弱々しいクリスティアンは儚げで、母性くすぐられて守りたくなる顔をしていた。髪の艶やかさも唇のぷるぷるさもなかった。


「お父様。クリスティアンと2人きりで話したいです」


 お父様は苦い顔をしながら、渋々頷いた。

 


 来客室に行き、メイドがお茶を淹れ、わたしは下がるようにいった。


「お久しぶりですね」

「ああ」

「…」

「…」


 クリスティアンは思い詰めた様子だった。目の前の甘い焼き菓子にも無反応だった。


「……すまなかった」

「へ?」

「ミアが辛い思いしてることに気づかなかった」

「それはわたしが隠してたから…」

「ミアと本当の婚約者になれて浮かれてた」


 真っ直ぐに見つめてくるクリスティアンは、優しい目をしていた。わたしはつけていた婚約指輪を無意識に触る。


「庇っているわけではないが、生徒会役員は成績優秀者の集まりだ。だから、こんなことが起きるなんて思わなかった」


 エミーリエのことだろう。平民の彼女も成績が良くて人当たりも良かったのだ。きっと恋が盲目にさせたのだろう。


「わたしは生きていますし…大丈夫ですよ」

「……僕が大丈夫じゃないんだ……婚約を破棄しよう」

「え」


 クリスティアンは覚悟を決めた様子で拳を強く握りしめていた。その手にはお揃いのブレスレットがついていた。わたしのはもう壊れてしまった。


「婚約破棄ですか?」

「ああ」


 クリスティアンはこんな時でも無表情だ。数ミリ単位で表情が違うかもしれない。よく見たいけど、目の前が涙で見えない。


「いや…いやです。婚約破棄したくないです…」

「ああ」


 涙も鼻水もでるわたしにクリスティアンはハンカチを差し出す。わたしはそれに構わずクリスティアンの手を握った。


「わたしのこと嫌いになりました?」

「全く」

「わたし、いやです。なんだかいやなんです」


 やだやだ駄々をこねる子どものように泣く。クリスティアンはハンカチで涙を拭いてくれた。

 何故嫌なのか。クリスティアンとの思い出が浮かぶ。愛してるって言われたこと。接吻したこと。デートしたこと。プレゼントを貰ったこと。どれも大切で愛おしい思い出だ。


「クリスティアン…」

「ん?」

「わたし好きかもしれないです」

「は?」


 驚いた表情のクリスティアンは、口をあんぐりと開けてて思ってもいない反応をしていた。クリスティアンが持っていたハンカチがポトっと落ちた。


「だ、だれが、」

「クリスティアンが」

「僕がすき?」

「はい」


 そう笑って言うとクリスティアンは顔が真っ赤になった。耳まで真っ赤である。そしてガバッと抱きしめられた。


「ほんとに?」

「はい、本当です」

「…もう婚約破棄とか言えない」


 わたしを抱きしめたまま、クリスティアンはため息をつく。わたしは久しぶりのクリスティアンの匂いに涙が出た。




 母親同士きゃっきゃきゃっきゃとワイン片手にはしゃいでる。今男の子ならカイン、女の子ならアリアと聞こえてきた。わ、わたしたちの子供の名前?まだ結婚したばっかりだ、気が早すぎる。

 父親たちは肩を組みあって歌ってる。お父様は涙が止まらないのか泣きながら歌ってる。鼻水も出てる。汚い。

 婚姻発表パーティーも盛大に。わたしの友人たちやエミーリエ以外の当時の生徒会役員なども参加していた。クリスティアンに呼ばれて前に出ると見知った者たちは喜びの表情を浮かべていた。

 

「あいしてる」


 隣にいるクリスティアンがわたしにだけ聞こえるように囁いた。


「わたしも愛してます」


 小声で返す。チラリとクリスティアンは無表情だったが、耳は赤かった。

 しばらくしてクリスティアンにひっ付いて軍服を着た紳士や着飾った婦人たちに挨拶をする。


「おう!ボウズ!結婚おめでとう!」

「あぁ、ありがとう」

 クリスティアンの肩をバンバンと叩いた将軍はもう一度祝いの言葉を述べると腕まくりをしてアルコールの方へ向かっていった。

 クリスティアンは将軍にやられた肩をさすりながらケーキを吟味している。大好物なのだ。クリスティアンは甘味を皿に盛るだけ盛ってもう一皿盛り始めた。


 ケーキに夢中になってるクリスティアンから離れて軽食を取りに行く。ハムやローストビーフを皿に盛ってカモフラージュに葉っぱを2枚被せる。それを少ししか食べてない風を装いつつ食べまくる。


「それまだしてたの?サラダ食べなさいよ」

「むぐぐ?」


 いつの間にか隣にいたジャネットが呆れ顔で勧めてきた。毎朝野菜スムージーを飲んでいるから栄養素は足りていると思いたい。

 カモフラージュしているとはいえ、真隣に立たれたら流石に分かってしまう皿をチラリと見るジャネット。


「いつみても器用ね。レタスの下は肉ばっかじゃない」

「まあねー」

「ドヤってんじゃないわよ。ほらもっと食べなさい」


 レタスがこんもりと乗った皿を差し出された。渋々受け取ってレタスを食べるとその下にはここには並んでなかった肉たちがみえた。


「こ、これは最初あたりに出されてたミィィイト!」

「食べたいかなと思って取っておいたのよ。まさかミアと同じ盛り方するなんてねー」


 肩を竦めて残念そうにするジャネット。「婚約発表パーティでもこんなことしたわね」なんて呆れたように言っている。


「ありがとう!だいすき!心の友!親友!一生友だちでいて!」

「はいはい」


 ウンザリ顔のジャネットは天使だった。そんな目つきの悪い天使と笑いつつお肉を食べる。お、おいしー。

 このステーキ、肉汁がたくさん入ってて肉肉しくて美味しい。少し強めに味付けがされていてソースがかかってない部分も悪くない。しかしソースがかかっている方はソースがサッパリとしていて脂っこい肉と合う。酢のサッパリ加減で何枚でも食べれそうだ。


「このソース、お酢が入ってるのかな。素敵なステーキ」

「あら?それ前も言ってたわね?」


 ニコニコしているのに目が笑っていないジャネットに冷や汗をかきつつ笑顔を向ける。背が凍るようだ。本当に寒くなってきた。目が「面白くないギャグを言うのをやめなさい」と言っている。目が口のように語りかけてくるのだ。器用な女の世界である。

 勝手に動くわたしの口が悪い。わたしのせいでは…いやこの脳みそも共犯か。とりあえず面白くもない言葉を吐き出す口を閉じる。


「いつになったらその癖も治るのかしら」

「本当に心配そうな顔しないで」

「あら、本気で心配してるのよ」

「なんの話してるの?」


 にょっと現れたのはマヌエル。学園の頃とは違って美顔を前面に出していた。マヌエルが現れただけで女性からの視線を熱く感じる。


「ミアって心配になるよねって話よ」

「ああ、分かる。心配だよね」


 マヌエルはさりげなくジャネットの腰に手を回す。そうこの2人付き合ってるのだ。わたしが気を失ってる間に急激に仲良くなったらしい。目を覚まして1回目の見舞いきた時はまだギリギリ友だちだったそうだ。


「や、やだなあ。大丈夫だよ」

「「それが1番信用できない」」


 2人に断言されてタジタジだ。わたしは逃げるように2人から離れた。遠くからみるとイチャイチャしてるのが見える。早めに離れといて良かった。いつだったか、3人で出かけた時にイチャイチャしだして、わたし1人浮いて通行人から可哀想な目で見られた。その時にカップルだったことを知った。


 大好物のお肉も食べ終わり、パーティの主人公らしからぬ行為をする。壁際はやはり全体がよく見えていい。クリスティアンは元生徒会役員と話しているようだった。

 ぼーっと眺めているとクリスティアンが目の前にいた。


「うわ!」

「疲れたか?」

「大丈夫です」

「寝室に行って休もう」


 心配そうに見てくるクリスティアンもまた、わたしの「大丈夫」を信じない1人だ。




 わたしたち夫婦の寝室で向かい合って座る。手元を見ると重ね付けした婚約指輪と結婚指輪がキラリと光った。キラキラと反射するのが面白くて手をゆらゆら動かす。


「気に入ったか?」

「ええ、とても素敵でわたしには勿体ないくらいです」

「よかった」


 指輪を眺めているのに気づかれていた。ちょっと恥ずかしい。同じように私の指輪をみるクリスティアンの口角が少しだけ上がっている。珍しく笑顔なので見惚れる。目が合うと真顔になった。え。わたしの顔ってそんなに一瞬で真顔になるほどの顔してるのかな。

 クリスティアンはいそいそとわたしの隣に移動してきてわたしの手をギュッと包み込むように握った。

 わたしの手をガン見しているクリスティアンの耳は赤くなっている気がする。やっぱりかわいい。

 クリスティアンはわたしの手を持ち上げ、口づけた。

クリスティアンから目が離せない。いつもの無感情な目とは違うその萌黄色は熱を帯びていて、目がずっと合う。


「すきだ」

「は、はい…」

「…ミアは?」


 こんな会話したなぁ。馬車の中でドキドキしたなぁ。懐かしいなぁ。あの頃のわたしは本当ひよっこで恋なんて知らなかった。


「好きです。初恋です」

「おれもだ」


 手を引っ張られてクリスティアンの胸の中に飛び込んだ。そのままぎゅっとされて、口づけを交わす。わたしは幸せでたまらなかった。

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