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05 恋は盲目

 いじめは2ヶ月も続いていた。濡れたり破れたり毎日忙しなかった。そして学園卒業まで2ヶ月を切った。

 毎日こっそりマヌエルと会っている。どこに隠れていても見つけ出されるのだ。そして濡れてたら乾かしたり、破れてたら修復してくれたり…魔法で解決できることは手伝ってくれる。彼は魔法が精密に扱える人間だった。

 わたしなんて水を容器いっぱいに入れて、そこに火球をぶち込んでお湯を作るくらいしか出来ない。


「毎日ごめんね…」

「気にしないで。ごめんじゃなくて、ありがとうって言ってくれたら嬉しいよ」

「…ありがとうございます」

「うん」


 今日は頭から水被ったし、本も制服も破れてる。それに階段から突き落とされた。しかし護身用のネックレスと治癒力アップのブレスレットのおかげで、傷ひとつもなく無敵状態である。


「本当に生徒会長に言わないつもり?」

「それ毎日聞いてくるね。言わないよ」


 本を元通りにしてもらいながら、我儘を言う。わたしは自分が思ったより頑固だったようだ。なんのプライドなのか、本当に言いたくない。クリスティアンに知られたくないのだ。


「今日階段から突き落とされてたよね?偶々怪我してないだけだよ。次は怪我するかもしれない…心配だよ」

「大丈夫大丈夫」


 わたしはヘラヘラ笑う。心配そうにしているマヌエルにお礼を言って手をヒラヒラと振る。荷物は隠されてしまうから常に持っている。不本意ながら教室に荷物を取りに行く手間が省けるのだ。さっさと帰ろう。長くいるとまた見つかって何かされるかもしれない。


「待って」


 マヌエルの声が背後から聞こえたかと思ったら、ぎゅっと抱きしめられた。男の人に抱きしめられるなんてお父様以外に経験がなかった。男の子らしい骨格、筋肉のつき方を感じる。


「ち、ちょっと?!」

「俺にしない?」


 マヌエルが呟く。いつもより低いその声は、懇願しているようでもあった。わたしはマヌエルって結構いい匂いするんだなと思った。最近のお父様は加齢臭に片足突っ込んでいた。


「な、なにをするの?」

「けっこん…」

「結婚はね、お互い好き同士でね」

「俺は好きだよ」

「スッ!!!」


 びっくりしてると、くるっと回されて向かい合う形にされた。マヌエルはわたしの両腕を掴んで離さない。眼鏡の奥の瞳と目が合う。まさに真剣そのものだ。


「俺のこと意識してないのも分かってる。でも俺が大事にしたい…だめ?」


 なんて破壊力だろうか。眼鏡がずり落ちて、眼鏡越しに見つめていた瞳がはっきりと見えた。あらこの人かなりの美形だわ。


「ごめんなさい…」

「なんで」


 マヌエルはわたしから離れて、落ちかかってる眼鏡をとる。顔を片手で覆い前髪をクシャクシャとかき上げた。

 い、イケメンすぎるっ!クリスティアンが可愛い系の美形だとしたら、マヌエルはカッコイイ系の美形だ。なんだこれ?なんでこの人眼鏡と長めの前髪で顔隠してんの?


「俺の顔見てもだめ?」

「それはもう、とてもお美しいです」

「じゃあいいってこと?」

「だ、だめです…」


 マヌエルは顔で落とそうとしてきた。婚約者が居なかったら、頷いてたかもしれない。マヌエルは悲しそうにしててそれも本当カッコイイ。ズルじゃん。


「気持ちはありがとう。本当に嬉しい。けど結婚は…ごめんなさい」


 ガバッと頭を下げる。今までこの人の好意に助けられてたのだ。同じ気持ちを返せないのが申し訳ない。


「うん、分かった…これからも友だちで居てくれる?」

「マヌエルがそれでいいなら…わたし達って友だち、だったんだね…?」

「はっ、友だちとも思われてなかったとはね。あー、言うの早すぎたか…ちょっとは意識してくれてると思ったんだけどなあ」


 友だちとしてよろしく、と言いながら手を握られた。頷いたが手を離してくれない。眼鏡を外したマヌエルが名残惜しそうにしている。ガッチリと5分くらい握られて解放された。

 前髪も眼鏡も元通りに戻したマヌエルと別れて帰路に着く。


 


「やっと来たか」


 馬車の前にはクリスティアンが待ち構えていた。先程マヌエルに抱きしめられていたのを思い出して、罪悪感を感じた。


「ど、どうも」


 目が合わせられない。クリスティアンの足元しか見れない。気持ちが限界を迎えそうだ。帰らなきゃ。馬車に乗り込むと、当たり前のようにクリスティアンが乗ってきた。


「どうかされました?」

「ミアこそどうした?」


 クリスティアンはいつも通り無表情だろう。いじめられてるとか他の人に告白されたとか、今日はもう情報がいっぱいなのだ。情緒もいっぱいいっぱいなのだ。


「あー…今日、階段から落ちて…あ、でもこのネックレスのおかげで、怪我しなかっt」


 ぎゅっと抱きしめられた。クリスティアンの匂いに包まれて、涙がとまらなくなった。

 涙も出るが鼻水も出る。ハンカチを取り出して拭きたい。が、抱きしめられててハンカチを握ったものの、顔まで持ってこれない。クリスティアンの肩がどんどん濡れていく。

 トントンと優しく背中を叩かれる。それはわたしが落ち着くまで行われた。


「なんで泣いたんだ?」


 もう何度目だろうか。クリスティアンはしつこく聞いてくる。大丈夫です、気にしないでください、など言っても諦めない。


「告白されて…」

「いつもの匂いと違うのは、そいつに抱きしめられたのか?」


 今日はやけに喋るじゃないか…いつもの惰性的なお喋りはやめたのか。いじめの話するよりかはましと思って話してみたが、眉が不機嫌そうだ。


「ちょっと流れで…」

「流れで」

「少しの間…」

「少し?」


 なんだこの人怖い。言葉を復唱されるのって、こんな怖かったっけ?

 洗いざらい告白された話をして、クリスティアンは黙ってしまった。表情は無。


「そろそろ着きそうですね」

「ああ」


 馬車はクリスティアンの家に向かっていた。クリスティアンを下ろして、帰る予定だ。

 クリスティアンはスイッチが切れたかのように「ああ」「そうだな」しか言わなくなった。通常運転である。

 わたしはクリスティアンをみる。見慣れた顔だが、いつだって綺麗だ。わたしの美的感覚はこの人のせいで、狂わされている。美しいと皆に絶賛されているものが、必ず美しいとは感じない。ん?なんだか、ちょっと…


「怒ってます?」

「ああ」


 無表情にみえたが、眉間が数ミリだけ寄っている。口角も数ミリ下がっている。よーく聞くと声もちょっと怒ってる。


「気にするな、ミアは悪くない」

「え、でも」


 クリスティアンは怒ったまま帰って行った。




 卒業まであと1ヶ月を切った今日。エミーリエとその取り巻きたちは、わたしを生徒会役員しか入れない屋上に呼びつけた。正しくは生徒会が屋上の鍵を所有しているだけである。


「いい加減にしなさい!みっともないと思わないの?!」

「あなたがそんなだから、こうなるのよ!」


 と言われジリジリと屋上の端に追い詰められた。背後には小さく中庭が見えた。この高さ、落ちたら確実に死ぬ。

 エミーリエはいつもの如く、ぐすんぐすん泣きながら「みんなぁっ」と言っている。いじめが始まったあの時から涙は出ていなかった。嘘泣きである。


「だいたい、なんであなた階段から落ちても平気なの?!おかしいわよ!」


 傷つける意図あるじゃん。立派な犯罪だ。

 ギリギリのところで動けないでいると、まだジリジリと寄ってくる取り巻き。これ以上脅す方法がなく、沈黙が起きた。


「そうだぁ!いいこと思いついたぁ!」


 消えちゃえばいいんだよぉっ!とエミーリエの声が聞こえた瞬間、ドンっと押されて地面がなくなった。

 

 空が曇ってる。ひゅぅううと落ちているのがわかる。これは護身用のネックレスでも対処できないのでは?生きてるといいな、と思いながら目をつぶる。

 キャーッという声が遠くから聞こえる。エミーリエの取り巻きたちの声だ。放課後だし、人はまばらにしかいない。


 バンッと音がして、全身に激痛が走った。わたしはそのまま気を失った。


 


 わたしが目を覚ましたのは、それから1ヶ月経った頃だった。学園の卒業パーティはとっくに終わっていた。わたしは無事に卒業できたらしい。

 見舞いにはジャネットもマヌエルもその他友人たちも来てくれた。ジャネットは見たことないくらい泣いてて、こんなにわたしのことが好きなんだと不謹慎にも嬉しくなった。

 護身用のネックレスがなければ即死だったとのことだ。エミーリエたちは殺人未遂で捕まり、修道院に送られたらしい。

 

 クリスティアンとは目を覚ましてから1度も会ってない。もしかしたら婚約破棄もあり得るのだろう。

 ボロボロになった護身用のネックレスを眺める。全治3ヶ月の身体はまだ動かせない。

 肉を食べて栄養を摂らねばと躍起になっていたら、お医者様に消化にいいものから食べるように言われた。お肉は当分お預けのようだ。

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