03 告白
パーティは無事終了した。わたしの両親は妹と先に帰ってしまったためクリスティアンが家まで送ってくれることになった。
お互い疲れてグッタリとなりながら向かい合って座る。手元を見ると婚約指輪がキラリと光った。馬車に取り付けてある魔道具のライトが反射したのだ。キラキラと反射するのが面白くて手をゆらゆら動かす。
「気に入ったか?」
「ええ、とても素敵でわたしには勿体ないくらいです」
「よかった」
指輪を眺めているのに気づかれていた。ちょっと恥ずかしい。同じように私の指輪をみるクリスティアンの口角が少しだけ上がっている。珍しく笑顔なので見惚れる。ずっとこの素敵な笑顔だと心臓もたないかもしれないな。目が合うと真顔になった。え。わたしの顔ってそんな一瞬で真顔になるほどの顔してるのかな。
クリスティアンはいそいそとわたしの隣に移動してきてわたしの手をギュッと包み込むように握った。
「…」
「…」
…それから、かれこれ10分ほどが経った。
なんも言わへんのかーいと心の中でツッコむ。じっと俯く、いやわたしの手をガン見しているクリスティアンの耳は赤くなっている気がする。え。かわいい。
先程この人に『あいしてる』といわれたのかと思うと、なんだかムズムズした。背筋のモゾモゾ感と闘っているとクリスティアンはわたしの手を持ち上げ、口づけた。
「なっなななんっ?!」
カァァアと顔に熱が集まるのを感じる。予想外の行動に脳の処理能力が落ちる。なんなななん、なん?ナン?ナン?カレー?ナン?カレーナン?カレーナン!オイシイネー!
聖女アスカの遺した料理本第9巻に載っていたカレーナンが頭をよぎるがクリスティアンから目が離せない。いつもの無感情な目とは違うその萌黄色は熱を帯びていて、目がずっと合う。その瞳の中に自分が写っているのをしっかり確認出来るほど目が合う。なんだか凄く恥ずかしい。脳みそがどっかに飛んでいきそうで身体はぐるぐる回りそうで足は前へ前へと走り出しそう。
なのに、クリスティアンから目が離せなかった。
「すきだ」
「は、はい…」
「…ミアは?」
こんなに想われてるなんて思いもしなかった。クリスティアンの皮を被った偽物なのではと考えれるほど、いつもとは違う。貴族に恋愛感情など必要ないと思っているわたしには好きという気持ちは大事ではない。好きよりも嫌いな方が問題だ。嫌いでもその気持ちを無視することを鍛えるべきだと思ってた。だから、貴族の令息様令嬢様たちと問題なく仲良く出来ていると思う。
結局は好き嫌いの感情だけが薄く自分でも気づけないほどになってしまった。特に支障はない。むしろ良好だと思っていたのだが…
しかし今、自分の事が好きか?とクリスティアンが問うた。それを訊くのって凄い勇気が必要だと思う。だからこそ正直に応えなければならない。
「好きでも嫌いでもありません」
「そうか」
ギュッと手を握る力が増す。クリスティアンは表情が消えてしまい、何か考えているのか黙ってしまった。沈黙がツラい。傷つけたのかもしれない。
「あー、えーと…その、恋愛感情を抱いている相手も居ない、です」
「初恋は?」
「まだですね。一度もないですね」
「あぁ」
なるほど、と納得した空気が漂ってくる。そんなに恋愛下手そうかな?少し柔らかくなったクリスティアンの美しい顔を見つつ好きという気持ちについて考える。
まったくわからない。
「初恋なんだとおもう」
「ん?」
「物心ついたときからすきなんだ」
「へぇ…」
「勝手に婚約を決めてすまない…でももう待てなくて……我慢できなかったんだ」
今日はよく喋る。そっと髪を一房掬う仕草がとても様になっていて、わたしはまた見惚れて、クリスティアンはとっても大事そうに髪にキスを落とした。なんだか凄くドキドキして周りの音が聞こえなくなった。クリスティアンの手が髪を優しく下ろしてわたしの頬に触れた。もうずっと目が離せない。
だんだんと近づいてくるクリスティアンの顔が好みで綺麗だなって思っているうちに、くちびるとくちびるがふれあった。
軽く触れただけのキス。それは今までにないくらい気持ち良くて、くらくらして、なんだか離れたくなくて、クリスティアンの袖を握りしめた。優しく触れてくれたクリスティアンの肩が少し揺れて、まただんだんと近づいてくる萌黄色の瞳にわたしだけが映っていて、この暖かい波に流されたいなんて思った、
ら、
バァアアンと馬車のドアが開いた。
「まったくー!いつまでも出てこないなんて一体何をしているんだ!」
いつの間にか邸宅に着いていたようだ。わたしは咄嗟にクリスティアンから距離をとった。
は、はずかしい…わたしったらなんてことを…
火照る顔が見て分かるほど赤くなってないよう祈りながら微笑む。
「お父様。ドアが壊れてしまいますよ。ただ別れの挨拶をしていただけです」
「そうか。クリスティアン、うちの娘を送ってくれてありがとう。気をつけて帰りなさい」
明らかにホッとした顔をしているお父様はさっさとクリスティアンを帰すようだ。
「はい、お義父様。ミア、改めて会いに来る」
「分かりました。お待ちしております」
「お、お義父様…?ま、まだお前の義父になった覚えはなーい!まてーーー!」
普通に義理の父を無視しながらクリスティアンは帰っていった。
「あれはなんだったの…?」
思い出すだけでも恥ずかしい。唇をそっと触りながら、あの感触は夢だったのではなかろうか…いや、柔らかかった、を何度も繰り返す。
キ、接吻…気持ちよかった…わたしってば、そんなにクリスティアンのこと好きだった?接吻が好きなだけ?相手は誰でもいいの?
そんなことを考えながら、ベットに入る。目を瞑ると、クリスティアンの顔が浮かんだ。
「…寝れない」
うあーーーっとぬいぐるみのウサギに向かって叫ぶ。今日の夜は長くなりそうだ。
***
「おはよう」
正式となった婚約者は朝から無表情で我が家に居た。お母様はにっこりしながらお茶を淹れていた。先程見かけたお父様は部屋の入り口でなにかに負けたような顔をして立っていた。
「おはようございます。今日はどうかされたのですか?」
こちとら誰かさんのせいで寝不足だ。本当はもっと寝ていたかったのに、叩き起こされた。今日は学園をズル休みをしようとした。寝不足も十分休める理由になるはずだ。
「迎えにきた」
無表情なクリスティアンは垂れ目でこちらをガン見していた。それは上下に動いていて、わたしの顔というより体を見ていた。
おっと、いけない。服装がラフすぎた。
いつも会う時は学園かお茶会か、もっときっちりした服装なのだ。こんな格好では初めて会う。叩き起こされすぐに連れて来られた。長い付き合いとはいえ、失礼な格好をしている。
「すぐ着替えてきます」
行く気はなかったがラフな格好を見られたことに動揺し、何故か時間がないことにも焦り、クリスティアンの誘いを拒否することを忘れたわたしは制服を着て鞄を持った時にようやく「1人で行きます」と言えばいいことに気がついたのだった。
馬車の中では無言だった。クリスティアンから話しかけられるのは稀だし、わたしは昨日のことが恥ずかしくて思い出さないようにするのに必死だった。
「着きました」
御者の言葉でホッとした。いつの間にか気まずくなった空気は扉を開ければ一掃された。
「あれ生徒会長よね?」
「昨日婚約発表したらしいね」
「じゃあ、あの人が婚約者?」
「副会長じゃなかったんだ」
こちらを見て話す生徒たち。大勢が話してる音をざわざわと表現するとは言い得て妙。婚約発表する前と後で世界が一変してる。こわい。
一歩が踏み出せずにいると、手を握られた。ハッと婚約者をみると、やはり無表情で、いつも通りのクリスティアンをみて落ち着くことができた。
手を握ったまま、校舎へと向かう。周りを囲んでいた人々はザァーっと分かれモーセの海割りのよう。
なにこれ!恥ずかしい!みんながき、きキ、接吻をしたと知ってるなんて!
最初は嘘の噂だったとは言え、昨日は確実にしたのだ。接吻する仲だと知られてるのが恥ずかしくてたまらなかった。
「でも地味だよね」
「副会長の方が可愛い」
「胸ないし、本当に女?」
結構な言われようである。これから虐められたりするのだろうか。わたしの格好は今までと変わらず伊達眼鏡をかけており、学園では珍しい三つ編みのおさげである。
ストレートの髪に切れ目なわたしは、髪の毛は下ろしてる方が絶対に良い。が、顔のパーツも相まって気が強く見えてしまう。そのせいで周りに人が寄って来なくなるのだ。
親しみやすく平和に学園生活を乗り切ろうと心に決めていたのだった。まあ婚約のおかげでそれも全てパァになったのだが。あと数ヶ月も平和に過ごせたらいいな。と光り輝く太陽に願った。
クリスティアンはご丁寧に教室までエスコートしてくれて、これ以上ないほど目立った。座ったのは良いのだが、クラスメイトとの距離を感じる。
「おはよう」
そんな中に来てくれた救世主!そう!ベストマイフレンド!
ベスマイフレンドは朝ということもあって、一段と鋭い目つきをしていた。
「おはよう親友!昨日はありがとう!本当に本当にありがとう」
おかげで美味しいお肉を食べれた。
くるくるの髪を触りながら歩くジャネットはかなり面倒そうな顔をして席に着いた。
「はあ、どうも。婚約おめでと」
「シィイイイ」
口に人差し指を当てて言う。あまり話題にしたくない内容だ。だが時すでに遅し。ジャネットの一言を皮切りにクラスはザワザワとした。
「なによ、もう過ぎたことなんだから腹括んなさい」
「むりだよ。今日だって、」
「一緒に登校したってね」
「そうなの!気づいたらそういう流れになってたの。こわいよ…」
気付かぬうちにクリスティアンの思い通りになっているんだろう。気を引き締めねば。わたしは学園生活を最後まで平和に過ごしたい。
「これからどんどん流されていくんじゃない?キスしたりアスカの丘でデートしたり、噂通りになるわよ」
「あーーーうん」
「なによその態度は」
「いやあ?なんでもないよお?」
「あら、キスしちゃった?」
「ウエッ!?し、ししし、してないよ!ピョロロロ〜」
誤魔化すために吹いた口笛だったけど、前よりも上手くなってる。この成長速度だと楽団に見つかったら即勧誘されちゃって、演奏会でソロパート貰えるかもしれない。
「才能が開花したか…」
「キスしたのね。よかったじゃない」
良くない。学園で目立つ存在とどこにでもいる地味な人間、レベルが違う。お似合いとは程遠い。そういうふう見えるように意識してきたのだ。親しみやすさと地味さ、一石二鳥の姿なのだ。
「一緒に登校したことで困ったことになったよ」
「それにしても一夜にして有名になったわね」
ふと廊下を見ると有名人を一目見ようかと押し寄せる人だかり。そんなに期待してもらっちゃ困るよ。折角こんな地味な格好してるのに。
「ほらあの地味中の地味みたいな格好してる子よ」
なんてコソコソ話してる。みんなが食い入るように見てくるせいで、まだ授業も始まってないのに疲れてきた。やっぱり休んどくべきだった。後悔した。




