02 婚約
社交界にまで噂が広がってしまえば、さすがに両親の耳にも届く。内密に結ばれた仮婚約は晴れて正式な婚約として発表されることとなった。婚約発表パーティーは盛大に。わたしの友人たちや生徒会役員なども参加していた。クリスティアンに呼ばれて前に出ると見知った者たちは驚きと喜びの表情を浮かべていた。とはいえ学園では伊達眼鏡をかけている。よく知った人でなければ学園の人は気づかない。尚、エミーリエは眼を真っ赤にして舐めるように視線をくれた。
「あいしてる」
アイシテル?アイ、シテル?愛、してる?
隣にいるクリスティアンがわたしにだけ聞こえるように囁いた。さすがに表情には出さなかったが心の中では目がひん剥くくらい驚いた。何故か好きを超えて愛されている。一体いつの間に。
チラリとクリスティアンをみる。全く変わらない表情に本当にこの人が愛を囁いたのか?と疑いの目を心の中で向ける。
しばらくしてクリスティアンにひっ付いて軍服を着た紳士や着飾った婦人たちに挨拶をする。
「おう!ボウズ!漸く婚約出来たんだな!おめでとう!」
「あぁ、ありがとう」
「アンタのことはよく聞かされてたぞ!ボウズのいうとおり可愛い子だな〜!恋愛相談にもよく乗ったもんだ」
「ま、まあ…そうですの」
「はずかしい」
「おお!そういえば誰にも言わない約束だったな!まあ相談内容は言ってないから許してくれ!」
このどこからどう見ても我が国の将軍に恋愛相談?未だに独身貴族を謳歌していて国王様から早く結婚するようにせっつかれているとは有名な話だ。なぜ一番疎そうな人にしてるのか。愛妻家と言われている国一の最強魔術師とか居たはずなのだ。
クリスティアンの肩をバンバンと叩いた将軍はもう一度祝いの言葉を述べると腕まくりをしてアルコールの方へ向かっていった。
「将軍さまにご相談を…?」
「ああ」
「具体的にどんなアドバイスを頂かれたのですか?」
「……そういえば、いつも剣を交えているだけだったな」
「ま、まあ…そうなんですか…」
それはアドバイスを受けていないということでは…?無表情で無口に脳筋はキャラが渋滞している。クリスティアンは将軍にやられた肩をさすりながらケーキを吟味している。大好物なのだ。渋滞気味のキャラに甘党まで追加されている。
クリスティアンは甘味を皿に盛るだけ盛ってもう一皿盛り始めた。
「クリスティア〜ン!」
ドタドタと走ってきた濃いピンクの塊がクリスティアンにぶつかろうとしてきた。避けようとするクリスティアンを引っ張って受け止めさせた。素敵な筋肉をお持ちのクリスティアンはぶつかられてもびくともしない。
転けて恥をかかせるわけにもいかない。苦肉の策だ。
「「「……」」」
誰も何も言わない。3人の間には無音の世界が流れている。会場内に居る音楽団の鳴り響かせるダンスメドレーが壁を隔てた向こう側で流れているのかと思うほど遠くに感じる。
ピンクドレスのエミーリエは無表情のクリスティアンをうるうると見つめている。一瞬こちらを凄く念のこもった目で見た。器用な女の世界である。
クリスティアンはケーキに視線を向けたまま、食べるタイミングを失って悲しそうである。
「ちょっとエミーリエ!走っていくなんてハシタナイっすよ」
「……周りの目が痛くて知り合いと思われたくない」
「もおっユルヤナもイリヤも静かにしてっ」
「エミーリエ、私たちは特別に生徒会として呼ばれているんですから、もっと淑女らしくいてください」
「淑女?ヴィルヘルムってばぁ、庶民に淑女らしさって難しいんだよぉ」
「じゃあ静かにしてくださいっす…!」
「……静かにしてるだけでいい」
「エミーリエは口を閉ざしていればちゃんと可愛いですから」
「えへへ可愛いって言ってくれたあ、うれしいっ」
目の前で騒ぎはじめた生徒会メンバー。エミーリエはチャラそうな庶務のユルヤナと大人しそうな書記のイリヤ、きっちりしてそうな会計のヴィルヘルムに向かっていった。クリスティアンはケーキを食べている。今5個目のケーキだ。わたしは此処から離脱したい。
「たべろ」
ショートケーキの頂点に立っている苺をフォークでブスリと刺し、わたしの口にフォークを近づけてきた。ショートケーキの要といってもいい赤くて甘酸っぱい果物をわたしにくれるというのだ。遠慮なく貰うとする。パクリと食べるとしっかりとした果肉を感じつつ口の中に広がる瑞々しさ。そして種のプチプチとした食感が楽しい。思わず笑みがこぼれる。
「ほんとに果物大好きだな」
本当は肉が大好きだ。果物も好きだけど、果物だけではお腹は満たせないので満たせる肉の方が好きだ。さっきも肉の入った軽食を取りに行こうかと考えていたがピンクのドレスの塊が見えたので諦めた。
しかし何故かクリスティアンは果物が一番好きだと勘違いしている。だからかよくケーキにのっている果物をくれるのだ。フルーツタルトの時はタルト生地オンリーで食べていた。申し訳ない気持ちもあるが、まあ美味しい果物が貰えるので訂正はしないでおこう。わたしは欲に忠実なのだ。
「こりゃホントに噂通りっすね」
「……らぶらぶ」
「どうやらエミーリエが入る隙はなさそうです」
「な、なんで私の前でイチャイチャするのぉっ!やだあ」
「…ププッ」
ムキーっと怒ったエミーリエはわたしに向かってくる。エミーリエに遠慮する義理もないが、ただ差し出されたから食べただけなのだ。心外だがバカにしたような笑い声がちょっと出た。我慢できなかった。
エミーリエがわたしの前に立ちはだかるとその間にクリスティアンが入り込んできた。
「やめてくれ」
「ひどぉい!今、私バカにされたよねぇっ!私はクリスティアンを諦めれないのぉ!」
「僕は貴族なんだ。平民とは一緒にならない」
「な、ななっ」
「…貴族は貴族の役割を全うするために存在しているから貴族同士で結婚することは義務だと言いたいんだと思います。彼は決して平民を見下しているわけではないです」
貴族同士で結婚することによって権力も安定するし人脈も増えるし色々といいことづくめなのだ。
貴族が平民と結婚するのは、貴族の家から勘当され平民になるか、貴族の愛人となるしかない。そしてそのどちらも情熱的に愛し合っていることが多い。
どうやらクリスティアンにはその情熱的な感情がエミーリエにはないように見えた。学園では2人ともよく一緒に居て付き合っていると噂もあったのだ。火の無いところに煙は立たないとはよく言ったものだが、嘘の噂というものも存在するようだ。
「よくわかってるな」
「何年一緒にいると思ってるんですか…」
「それもそうだな」
仮ではあったが、長いこと婚約者をやっている。少しでも喋っていれば一応の思考回路は予測できるのだ。好かれてるとは全く思いもしなかったけど。
「すぐイチャつくんすね…」
「そ、そんなの、私でもわかってるもん…平民だからって、差別しない、私はぁ、ずぅっと……そんなクリスティアンが好きだったのぉに…」
ポロポロと涙を流すエミーリエ。この人よく泣いてるなぁ。化粧が剥がれかけている。周りが面白いものを見るかのように注目しだしている。
サッとクリスティアンに目配せをすると軽く頷いた。伊達に長い付き合いでは無い。
「気分がわるいようだな。休憩室に案内しよう」
クリスティアンはメイドにエミーリエを任せて他の生徒会メンバーと話し始めた。
コッソリとクリスティアンから離れて軽食を取りに行く。ハムやローストビーフを皿に盛ってカモフラージュに葉っぱを2枚被せる。それを少ししか食べてない風を装いつつ食べまくる。
「サラダ食べなさいよ」
「むぐぐ?」
いつの間にか隣にいたジャネットが呆れ顔で勧めてきた。サラダは朝から刃物でギタギタにしてすり鉢でドロドロにしてまとめて飲んでいるから栄養素は足りていると思いたい…。離乳食ではなく、野菜スムージーである。
カモフラージュしているとはいえ、真隣に立たれたら流石に分かってしまう皿をチラリと見るジャネット。
「しかし器用ね。レタスの下は肉ばっかじゃない」
「まあねー」
「ドヤってんじゃないわよ。ほらもっと食べなさい」
レタスがこんもりと乗った皿を差し出された。渋々受け取ってレタスを食べるとその下にはここには並んでなかった肉たちがみえた。
「こ、これは最初あたりに出されてたミィィイト!」
「食べたいかなと思って取っておいたのよ。まさかミアと同じ盛り方するなんてねーもっと吃驚するかと思ったのに」
肩を竦めて残念そうにするジャネット。「思考回路が似てきたのかしら?悪い影響だわ。末代までの恥だわ」なんて早口で言っている。まさか類友だったとはね。うふふ。嬉しい。照れちゃう。
「ありがとう!だいすき!心の友!親友!一生友だちでいて!」
「はいはい」
ウンザリ顔のジャネットは天使だった。天使でなければなんなのだと問うほどに天使だ。…まあ人間だが。
そんな目つきの悪い天使と笑いつつお肉を食べる。お、おいしー。
このステーキ、肉汁がたくさん入ってて肉肉しくて美味しい。少し強めに味付けがされていてソースがかかってない部分も悪くない。しかしソースがかかっている方はソースがサッパリとしていて脂っこい肉と合う。酢のサッパリ加減で何枚でも食べれそうだ。
「このソース、お酢が入ってるのかな。素敵なステーキ」
「あら?なんだか寒くなってきたわね?」
ニコニコしているのに目が笑っていないジャネットに冷や汗をかきつつ笑顔を向ける。背が凍るようだ。本当仰る通り寒くなってきた。目が「面白くないギャグを言うのをやめなさい」と言っている。目が口のように語りかけてくるのだ。器用な女の世界である。
勝手に動くわたしの口が悪い。わたしのせいでは…いやこの脳みそも共犯か。とりあえず面白くもない言葉を吐き出す口を閉じる。
「にしても、生徒会長ずっとミアのこと見てるわね」
「え?……見てないじゃん」
からかうように言われてクリスティアンの方に視線を向けるが、そんなに積もる話もあるんだってくらい生徒会メンバーと話し込んでいる。口は動いてないし頭も縦横に少し動く程度だけど。
それを見てジャネットは不思議そうに首をひねった。
「ガン見…いえ、見てなかったわね」
「え、間違えることとかあるんだ…」
「失礼ね、こんなこと間違えるわけないでしょ」
「え?じゃあ見てたの?」
「いえ見てないわ」
「うーん?」
じゃあ間違ってたんじゃないか?と思ったがもう一度問うこともない。本人がそういうのならそうなのだ。自分を自分で納得させてウンウンと頷くわたしの耳には「この子には気づかれたくないのかしら…?」と小さく首を捻るジャネットの声は勿論届かなかったのだ。




