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きらきらを忘れた月へ

作者: 星渡リン
掲載日:2026/01/12

 冬の夜は、空気がすきとおっていて、光がよく見えます。

 街灯の下では、雪がふわふわ舞って、星くずみたいにきらきら。

 窓ガラスの霜は、銀のレース。

 息をはくと、白い息の中に、ちいさな金の粒がまじる気がします。


 ハルは、夜になると窓辺に立って、月を見るのが日課でした。

 まあるい月があると、胸の中が「だいじょうぶ」になるからです。


 けれど、ある夜――。


「……あれ?」


 月が、うすい。

 形はまんまるなのに、光が弱い。

 いつもの月は、道をやさしく照らして、屋根の上に銀色のふちをつけてくれるのに。

 今夜の月は、遠くでうっかり忘れものをしたみたいでした。


 ハルは心配になりました。

 月がきらきらを落としてしまったのかもしれない。

 どこかで「きらり」をなくして、さがしているのかもしれない。


 ハルは机に向かい、ノートを開きました。

 えんぴつで、ゆっくり書きます。


「つきさんへ。

 だいじょうぶ?

 きらきら、どこかにおとした?」


 書き終えて、紙を折ると、角がちいさく光りました。

 ぱちっ。

 冬の静電気の音。

 でもハルには、それが「手紙が空に届く合図」に思えました。


 その夜。

 部屋の電気を消して、布団にもぐりこんだころ。


 ――ちりん。


 どこかで、鈴の音がしました。

 ちりん。ちりん。


 ハルは起き上がって、窓を見ました。

 窓の外、霜のレースの向こうに、ちいさな影がひとつ。


 窓を開けると、冷たい空気がふわっと入ってきて、頬がきゅっとなります。

 その冷たさの中で、影がにこっと笑いました。


 星くずの帽子。

 星の粉がこぼれそうなかばん。

 靴の先が、まるで夜空を踏んだみたいに、ちらちら光っている。


「こんばんは。ほしの郵便屋です」


 声は小さいのに、はっきり耳に届きました。

 星の音みたいに、すん、と澄んだ声。


「……郵便屋さん?」


「はい。きみの手紙、受け取りました。月へ届けたいのですが――月は今、少し困っているのです」


 郵便屋はかばんを軽くたたきました。

 すると、かばんの口から、きらきらがふわっとあふれて、部屋の影が金色にゆれました。

 壁のすみが、やさしい星明かりみたいに明るくなります。


「月はね、毎晩、夜道を照らしていました。

 みんなのために、きらきらを配りつづけたのです。

 ――配りすぎて、自分の分を残せなくなりました」


 ハルの胸が、きゅっとなりました。


「月が……つかれちゃったの?」


「ええ。きらきらを忘れたのではなく、思い出せなくなったのです。

 だから、きみの“きらきら”を少し分けてほしい」


「ぼくの、きらきら?」


 ハルは自分の手を見ました。

 手のひらは、ただの手のひら。

 でも郵便屋は、うなずきました。


「冬のきらきらは、そこらじゅうにあります。

 さあ、集めに行きましょう。月が思い出せるように」


 郵便屋は、かばんを開きました。

 中は暗いのに、底のほうがぽうっと明るい。

 星が眠る場所みたいでした。


    ◆


 外へ出ると、雪がさらさら降っていました。

 街灯の光を受けて、雪は一つ一つ、きらり、きらり。

 地面には、白い点の星座ができているみたいです。


「まずは、霜の結晶」


 郵便屋が言いました。

 ハルは家の窓の端を、そっと指でなぞりました。


 しゃりん。


 霜が、ちいさく鳴った気がしました。

 銀のレースが、ひとひらだけ外れて、指先に乗ります。

 それは冷たいのに、光っていました。

 ハルがかばんに入れると――


 ふわっ。


 中で小さな光玉になって、ぽん、と明るくなりました。


「次は、雪のきらめき」


 ふたりは街灯の下へ行きました。

 雪が舞うたび、金の粉がちらちら。

 ハルがそっと手を出すと、雪の中から、特別に光る粒がひとつ、ちょこん、と手袋に乗りました。


「……見つけた!」


 かばんに入れると、光玉がまたひとつ。

 ふわり。

 ぽわり。

 光が増えるたび、ハルの心も少しずつ明るくなりました。


「次は、鏡の光」


 凍った池へ行くと、水はガラスみたいに固まっていました。

 その上に、うすい月が映っています。

 空の月と、池の月。

 ふたつの月が、同じようにうすく光って、ふるふる震えていました。


 ハルはしゃがんで、池に向かって小さく言いました。


「月さん、ここにもいるよ」


 その瞬間、池の月が、きらり、とひとつ瞬きました。

 その“瞬き”が、きらきらのしずくみたいに跳ねて、かばんの中へすうっと入っていきました。


「次は、あったかい匂い」


 郵便屋が笑って言いました。

 ハルは家に戻り、台所からみかんをひとつ持ってきました。

 皮をむくと、ぱっと甘い匂いが広がります。

 その匂いは、見えないのに、光っているみたいでした。


 みかんの皮の匂いを、かばんの口にふわっと入れると、光玉がぷくっとふくらみました。

 まるで、あったかい息を吸いこんだみたいに。


「最後は――笑い声のきらきら」


 ふたりは町の道を歩きました。

 すると、雪かきをしているおじさんがいました。

 ひとりで黙って、息を白くしながら。


 ハルは近づいて言いました。


「手、冷たくないですか?」


 おじさんは驚いて、顔を上げました。

 それから、ふっと笑いました。


「冷たいよ。でも、ありがとな」


 その笑い声が、ふわっと夜に広がりました。

 すると、空気の中に、見えないきらきらが生まれて、かばんの中へすうっと入っていった気がしました。


 かばんの底が、さっきより明るい。

 光玉が、まるで小さな月みたいに集まっています。


 ――けれど。


 空の端から、灰色の雲が、ゆっくり近づいてきました。

 もやもや。

 もやもや。

 雲が来ると、風が冷たくなり、光玉が少ししぼみました。


「雲だ……月を隠しちゃう」


 ハルが言うと、郵便屋は首をふりました。


「雲は、悪者ではありません」


「え?」


「雲はね、月の前に立って、疲れた顔を隠してくれているのです。

 光れない月が、恥ずかしくならないように。

 雲は――やさしい毛布」


 ハルは雲を見上げました。

 もやもやして、冷たそうなのに、たしかに毛布みたいに空を覆っています。


 ハルは小さく言いました。


「雲さん、ありがとう」


 すると、雲がすうっと薄くなった気がしました。

 雲のふちが、銀色にきらり。

 やさしい毛布のふちどり。


 光玉も、もう一度、ふくらみました。


    ◆


 郵便屋は、ハルの手紙を取り出しました。


「さあ、届けましょう。きらきらを忘れた月へ」


 ふたりは、屋根の上へ――というより、気がついたら、屋根より高い、ふしぎな丘に立っていました。

 足元の雪は雲みたいにふわふわ。

 空は近くて、月がすぐそこに見えます。


 月は、うすいまま、じっとしていました。

 光るのを忘れてしまった子みたいに。


 ハルはかばんを開けました。

 霜の銀。雪の金。鏡の瞬き。みかんの匂い。笑い声。

 それが一緒になって、やわらかい光のスープみたいに、ふわっと広がりました。


 月のまわりに、きらきらが舞います。

 きらり。

 きらり。

 ゆっくり。

 やさしく。


 月は最初、びくっとしたみたいに震えました。

 そして、ちいさく――


 ぽっ。


 灯りをつけるみたいに、ひとつ光りました。


 次に、ふわっ。


 光が広がって、月のふちが銀色になりました。

 強い光ではありません。目にやさしい、あったかい光。

 「がんばった光」じゃなくて、「休みながら光る光」。


 月が、ハルに言いました。

 声はありません。けれど、胸の中に届く言葉。


『きらきらは、なくなったんじゃなかった。

 思い出せなかっただけだった』


 ハルはうなずきました。


『ありがとう。……今夜は、少しだけ光る』


 月の前に、雲がふわっと来ました。

 でも、雲はもうこわくありません。

 雲のふちは銀色に光って、月の光をやさしく広げました。

 毛布のように。

 守るように。


    ◆


 気がつくと、ハルは自分の部屋の窓辺に立っていました。

 外には、いつもの町。いつもの雪。

 でも、空の月は、さっきよりやさしく光っていました。


 明るい夜もある。

 うすい夜もある。

 どちらも月。


 ハルは窓ガラスの霜を見ました。

 銀のレースが、きらり。

 雪も、街灯の下で、きらり。

 ハルの白い息も、ふわっと光って見えました。


「月がうすい夜は、月が休んでいる夜」


 ハルは、小さく言いました。


「きらきらは、がんばるためじゃなくて――やさしくなるための光」


 月は、ゆっくり、やさしく、きらり、と瞬きました。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。


月が明るい夜も、暗い夜もある。

暗い夜は「だめ」なんじゃなくて、休んでいる夜かもしれない。

そんなふうに思えたら、冬の夜が少しやさしくなる気がして、このお話を書きました。


物語の中の「きらきら」は、特別な宝石ではなく、

霜の銀、雪の金、凍った池の鏡、みかんの香り、そして笑い声――

身近なものばかりです。

きらきらは“がんばるため”じゃなく、誰かにやさしくなるための光。

その光を、読んだ方の胸の中にも、ほんの少し残せたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
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