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第4話 夢追い塚

 その本が書かれたのは500年以上前。同名の著者によって記された、タイトルのない幾つかの見聞録は羊皮紙の文明において唯一木簡で作られ、その希少性のみを理由に一部の国で保管された。

 古い書物にも関わらず、その内容に注目が集まったのはほんの20年前。とある冒険家の手記によって、それが創作ではなく事実である可能性について語られたからだ。


 その冒険家は手記の中でこう述べる。


『3つ目の見聞録に記されたエピソードごとの地形描写と、それに一致する地域を洗い出すことで、容易に騎士の進行ルートを特定できた。見聞録に騎士の終着点が描かれていなかったのは残念ではあるが、その代わりに私は物語の出発点である彼らの居城の所在地を導き出すことに成功した。


 その所在地に関しては、特定した進行ルートと共に後述するが、場所が絞られたことで見聞録には記されなかった城の名前が判明した。


 トゥカルーのこの著書よりも古い歴史書に記された名は太陽砦(たいようとりで)

 小規模な砦にも関わらず、段々と各所より人と富が集まり、周辺には集落ができていった。それにより、城としての機能も生まれ、名前に恥じない威光を近隣諸国に示すようになった。そう残されている。



 にも関わらず、【トゥカルーの見聞録】が書かれた時代以降の歴史書には一切その砦は登場しない。

「ある日突然、消えて無くなった」

 そんな文言と共に記された眉唾物の伝記以外には記述されなくなってしまった。』


 そして、手記の最後はこう締め括られている。


『私のこの手記を読んだ諸氏はどう思う?

 トゥカルーの記した見聞録の1から3の全てにおいて、以降の歴史から消失した場所が描かれている。これは偶然なのだろうか。そして、地名や場所・民族などの固有名詞を一切出さず、描写のみでしか現地を特定できないように記した目的は一体何だろうか。


 私は学者ではなく根っからの冒険家だ。故に、妄想とも呼べるようなロマンを感じる推測をこの手記の最後に残そうと思う。

 トゥカルーという人物は、3つの地を何らかの方法で隠したのではないだろうか。そして、それを特定の誰かに見つけて欲しかったのではないだろうか。

 木簡で記したことで保管され、維持された。

 意義もなく退屈な見聞録であったことで、その内容は見向きもされなかった。

 もし、計算されたものであるならば、現地にも何かを残しているに違いない。媒体と本の内容同様に、普通の方法では着目されない形で隠した何か。

 それが私には消失した場所の入り口しか思いつかない。その地にはきっと特別な何かが隠されている。』



 ******


 グレイは血溜まりから一冊の本を拾い上げた。山麓にある深い森。彼の住処である掘立て小屋から、しばらく奥に進むとぶち当たる大きな断崖の上でグレイは荷車を止めている。


「このトゥカルーの見聞録は数年前に出た写本かな……?」


 その血溜まりは彼の荷車が作っていた。積まれているのは十数の死体で、頭上に広がる夕焼け空よりも、ドス黒い赤がポタポタと荷台から滴り落ちている。

 グレイは血など気にも止めずに手にした本を懐に入れると、荷台から一つの死体を引き摺り下ろした。


 彼はその亡骸から鎧を脱がし、アクセサリーを外し、目につく所持品を全て冷たくなった身体から分けていく。そうして、血だらけの衣服だけを残して、その死体を崖から落とす。


 グレイはただ落ちていくだけのそれを目で追った。冷たく、つまらなさそうに視線が動く。


「そのうち、砦ができ上がるかもな」


 崖下には無数の遺骨が山のように積み重なっていた。その上に数十のまだ肉の残った身体が横たわっている。 

 それを少し眺めた後に、彼は作業を再開した。荷台から死体を下ろし、物を剥ぎ、不要な身体を捨てていく。

 淡々と黙々と、グレイは仕事をこなしていた。時間が進むほどに荷台は軽くなっていき、地面に置かれた物品が分別されて増えていく。


 そんな中でふと、彼は荷台の前で立ち止まった。荷車に残る死体はあと3つ。それを見てグレイはため息を一つ吐くと、それらを順に地面に寝かし始めた。金髪の男1人と女2人。昨晩共に食事をしたトレジャーハンターを、彼は今日死体として運んだのだ。


 そうして、寝かせ終えると彼は振り返り、轍の向こうに広がる森に向かって叫ぶ。


「いつまでそこに隠れてるんだ!? こうして、仲間に手を付けずに待ってるんだぞ!!」


 そんな彼の言葉に呼応して、数十m先の木影から姿を現したのは金髪の優男だ。艶のあった髪は汗と泥に塗れ、若く白い肌には幾つもの傷が残っている。


死体漁り(スカベンジャー)!!!」


 そう叫ぶ男の目は血走っていた。既に剣は鞘から抜かれ、血管の浮き出た右手がそれを握っている。

 反対にグレイの瞳は冷たく暗い。赤黒く汚れた両手を挙げて、男に話しかける。


「怒りをぶつけるのは違うだろうよ。礼を言われるならわかるが、恨まれる筋合いなんてない」


 それを聞いた男は剣先をグレイに向ける。そうして、空いた左手で自身の懐を弄ると、取り出した巻紙を地面に叩きつけた。


 また優男は叫ぶ。


「ふざけるな!! あの山で俺達は待ち伏せにあったんだ!! 知ってたんだろ!? 山賊が俺たちトレジャーハンターを狩ってるって!!」


 巻紙は叩きつけられた衝撃で展開されていた。それは詳細な山の地形図で、幾つもの印が付けられている。そのほとんどが昨晩グレイが教えた情報だ。


 グレイは冷たい目を向けたまま答える。


「山賊じゃない。お前達の先輩だよ。長期の滞在は金が掛かる。それを賄うために、ビギナー狩りをするグループが幾つかあるんだ」


 その言葉を受けた優男の肩は小さく震えていた。その振動は右腕を経て、微かに夕陽を反射した剣に伝わっている。


「だから、何故それを教えなかった!!!」


「教えるかバカ。どうして、ここで人が死ぬのか。それをお前は不思議に思わなかったのか? どうして、俺が死体漁り(スカベンジャー)として生きれて、どうしてあの町が賑わっているのかを考えもしなかったのか? なら、潔く死んでいけよ。バカはこの世界で、誰かに踏み潰されて死んでいくんだよ」


 グレイの灰色の瞳には男が映っている。雄叫びを上げ、剣を構え、猛獣のように迫ってくる。

 数十mの距離を彼が走り抜ける間に、グレイは周囲に目を配る。死体から剥いだ武器の山。死んだ男の仲間が装備する片手剣。

 だが、そのどれにもグレイは駆け寄ることをしなかった。


 彼と優男の間には隔てる物は何もない。


 グレイはゆっくりと蓋をするように目を瞑る。

 両腕を後ろに組んで、耳を澄ます。

 

 男の足音。残り数m。

 あと数秒で刃がグレイに届く。


 そうして、小さな叫び声が響くのだ。


 グレイは目をゆっくりと開く。そして、すぐに項垂れて、しゃがみ込む。

 彼の灰色の瞳は暗く、その視界の端には下半身が地面に埋まり悶え苦しむ優男の姿があった。

 男はグレイの作った落とし穴に落ちたのだ。毒の塗られた無数の刃が、その罠の底に敷き詰められている。


 グレイはゆっくりと、抑揚のない声で言葉を投げた。


「この崖下を、俺は()()()()と呼んでいるんだ。夢のことしか見ていない人間と、現実から逃げてきた奴が落ちていく結末の地。案外、悪い場所じゃないだろ?」


 男の顔はみるみる内に青白くなっていく。身体は震え、剣が手からするりと落ちる。そんな優男は弱々しく言葉をこぼす。


「クソ野郎……!」


「ああ、俺はクソ野郎だよ。そんなことはわかってる……」


 グレイはそう言ったかと思えば丸くなり、両腕で頭を抱えて言葉を続ける。


「でも、お前達は自覚すらしていない……。何がトレジャーハンターだよ、ふざけるな……。結局は人の物を奪う、ただの略奪者じゃないか。もう俺は誰にも何も奪わせない……最後に残った思い出と、心の故郷だけは奪わせない……」


 優男は既に呼吸をしなくなっていた。指先一つも動いていない。


「この世界はクソだ……。互いが互いを喰いあって、もうクソしか残ってない……。もう十分だ、俺から何かを奪うなら命から先に奪ってくれ……」

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