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第3話 赤と黒

 太陽は少し傾いて、深い森の中には鋭角に光が差し込んでいる。

 グレイは自身の住む掘立小屋の影で、鍋に火をかけていた。そこには、大きく切り分けたいくつかの根菜と葉物野菜、塩漬けの豚肉が入っており、半透明なスープがグツグツと音を立てて煮えている。


「すみません。突然お訪ねしたにも関わらず、夕食までご一緒させていただいて」


 そう言ってグレイに話しかけたのは金髪の青年であった。彼の顔は白く、表情も穏やかな優男のようではあるが身につけた剣と鎧が溶け込むほどにその肉体は逞しい。

 そんな彼と並んで、同じく武装した金髪の男1人と女2人がグレイと共に鍋を囲んでいた。


 グレイは鍋をかき混ぜながら、4人に視線を向けると口を開く。


「お気になさらず。日頃、死体ばかりを相手にしているので、誰かとこうして食事ができることは貴重なんです」


 灰色の瞳が一瞬揺らめくのを見た4人の男女は顔を見合わせる。そして、1人の女がゆっくりとグレイに話しかけた。


「誰かと共にする食事はかけがえのないものですよね。お一人で暮らしているのなら尚更かと。いつから、ここでお仕事を?」


 グレイは鍋を少し高い位置に上げて火から遠ざけると、少量のスープを木製の深皿に掬う。


「もう5年になります。余所者として生きるには11歳の自分はあまりにも臆病で、卑しいと言われようとも死体を漁ることで生計を立てる事を選びました。当時の私は生者と関わるよりも、死者の近くにいる方が心地良かった」


 そうして、グレイは深皿に口をつけるとスープをほんの少し口に運ぶ。

 舌で転がし喉に送り、そっと飲み込む。

 最後に小さく頷くと、彼は脇に置かれたカゴから大きな黒パンを取り出すと、それにナイフを入れて切り分け始めた。


 4人の客人の視線はグレイの右腕に集まっている。それは彼が右手でナイフを持っているからではない。

 その視線に気づいたグレイは苦笑すると、ナイフを左手に持ち替えて右腕を前に出した。


「わかりやすいですよね。右腕だけを腕甲で隠しているなんて。それに5年前と言われたら、誰だって察しがつく」


「そうでしたか……あの占領軍の奴隷でしたか……」


 グレイはそれに頷き、また右手でナイフを持つと、パンを切り分けながら口を開く。


「奴隷として過ごした2年間は、この5年よりも長く感じました。腕に刻まれた奴隷印が目に入ると、今でもあの日々を思い出してしまう。だからこうして、腕甲をつけて見えないようにしているんです」


 グレイはそう言うと、積まれた四枚の深皿にゴロゴロとした具材のスープを入れていき、客人達に手渡した。そして、切り分けた黒パンが入ったカゴを彼らの前に出すと静かに微笑む。


「どうぞ、お代わりもありますので遠慮なく」


 そんな小さな号令と共に、彼らは相応の謝辞を述べると立ち込める香りと湯気と共にスープを口にする。


「美味しい……」


 そんな言葉と共に小さな息が漏れる。客人達は微笑みを隠せず、スプーンを次から次へと口に運んでいた。


「お口にあったようで、良かったです。食べながらで結構ですので、そろそろお聞かせ願えますか?」 


 夕陽が西の空を赤く染めていた。来たる夜に押し出され、闇に呑まれる哀愁を残して沈み行く。

 グレイが住む森の奥には標高2000mにも満たない深緑の山が聳え、まるで夕陽はその山に隠れるように暮れて行く。


 故に、あの山は太陽砦(たいようとりで)と呼ばれている。

 あの、夜から身を隠す籠城の地がグレイが死体を漁る領域だ。


死体漁り(スカベンジャー)さん。貴方以上にあの山に詳しい人はいません。全てを教えてください。あの山の全部を。私達はどうしても、()()()を見つけたい」


 金髪の青年は一冊の本を懐から取り出した。その皮表紙は古く、小さな傷がいくつもついてタイトルも削れてしまっている。

 にもかかわらず、グレイにはそれが何なのかを知っている。


【トゥカルーの見聞録その3】

 それはグレイが愛した本だった。病弱な母と語り合い、勇敢な父の姿を想像できる大切な思い出だった。



「私達4人は人生を変えに来たんです! 小さい頃からずっと英雄になりたかった。この4人で伝説を作りたかった。家を売って、土地を売って、人生の全てをこの夢に費やしてきた……。だからどうしても、この手に栄光を掴みたいんです!!」


 そんな想いに、グレイの灰色の瞳は沈み行く。目の前の真っ赤な炎に隠れ、ひっそりと瞳の奥が暗くなる。


「その熱意に負けたよ、トレジャーハンター。さぁ、地図を出して。何が聞きたい?」


 もう、彼の目に客人は映っていない。その灰色の瞳はじっと、かつての愛読書を見据えていた。

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