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メタルとメガネと。  作者: ノコノコ
8/8

八話 W,O音読

「義経さんおはよ〜」


「あい、おはよう」




入学当初と比べて、最近の僕の登校は落ち着きを取り戻した。


以前は男子の猛烈なアプローチのおかげで登校は熾烈を極めていた。



往時、僕が『直接的に告白されるのは苦手で……』


と、言った結果


眼前の僕の下駄箱が恋文で一杯になったのだ。



「ハン……性欲丸出しの猿共の手紙なんぞ読むのも億劫……アヒャ……ヒャッヒャッヒャッ!!」



「義経さん……最近変だね……」





一通り笑い終わり廊下を一人で歩いてると

突然背後から声をかけられる。



「おい文鎮」


「変態ですね分かります。」


粕田がいつのまにか背後に立っている。

怖い、臭い、気持ち悪い。



「へへ……そう邪険にするな。今日は面白い話を用意してきたのだ」



こういう時こそ彼は怪しいのだが興味が無いわけではなかった。



「どんなの?」



「実はこの学校の生徒なんだが三年生で究極の美男美女カップルがいるんだ」



美女だ……と……?



「美女なんてのは僕だけで十分だ。その女は僕より絶対にブス……」


「その彼氏がかなり話術に長けた面白い男なんだそうだ」


「ふん、無視か……それは肯定、ってやつだ。やはり僕よりブスな―」



「試しに見に行ってみないか。きっと笑う。みんな幸せ。」



「……まあ良いだろう。どんなもんか見てやる」



「そんながっつくんじゃない、盛った犬じゃあるまいし、アハアハハハーッ!!」


久々に見る粕田の高笑い。これは面白いことになるぞ。



「お前らッッ!!教室ッッ!!教室ッッ!!……入れ。出席取るから」



昨日、放送委員会の担当になった田中先生だ。

僕らの担任であるごっつぁんが当分休むため、担任はこいつに代替か。



「文鎮、詳しい話は放課後だ。」


「あ、うん」





「うぃ〜〜じゃあ出席取るぞーい。安部ェ!!」




「はいっ」



「安藤ォォ!!」



「はいっ」



「石川ァァァ!!」



「はいっ」



「う……か、も?……あ〜、先生この漢字読めない。次ね。大塚ァァァ!!」



「はいっ」



「え〜次は……」



「え……俺……飛ばされ……」



『うかも?』とかいう名前の男子が茫然としている。あんな存外な扱いされれば涙だって浮かべてしまう。

かわいそすぎる。



「ちょ……先生、俺」



「佐野ォォ!!」



「はいっ」



うかもは諦めずに先生に指摘するつもりみたいだ。




「加藤ォォ!!」


「はいっ」


「ちょっと先生!」




おっ!

これは先生気付いたはず。頑張れ!うかも!!



「……。」


「先生……俺……俺!!」



「菊池ィィィ!!」


「はいっ」


「なっ……!?」



これは完全に故意だな……うかもー……



「先生ェェーーッッ!!」


「北村ァァァ!!」


「はいぃぃいーーッッ!!」




ざわ……ざわ……



先生とうかもーの剣幕。

熱い……っ!




「先生ェェーーーーッッ!!」


「うるせェェェーーッッ!!何だよ!!出席取ってんだろがァァーーッッ!!」



「俺の名字は……『うかも』って読むんですよ……!!先生合ってたんですよ……」



「そっか……ごめんな。先生な、『鴨』は読めたんだ……『鵜』はニワトリ以外にどう読むっけ?……みたいな曖昧な感じで自信無かった……」


「へへっ、この漢字難しいですもんねっ」



よくやったうかもー!


教室中になんとも言いがたい清涼感が満ちた。

まばらながらも拍手があがる。





「歳かな……先生ウルっときちゃった……ところで……サブはいないのか?」


先生は出席簿を改めて見直してから頓狂な声を上げた。


そういえば毎朝、僕に真っ先に無様な顔を見せに来るはずの彼がいない。



「高橋君は具合が悪くてお休みだそうです」



後方で椅子の脚が床と擦れ合う、なんとも言えぬ音と同時に鷲賀(わしが)さんという女子が立ってそう、言った。



「何だ?わっしーはサブのご近所さんか?」


「あ、はい……残念ながらそういう感じです」




僕とわっしーは懇意の仲であるため彼女の近況や

悩み事などもけっこう知っている。

彼女が言う『残念ながら』は日々の悩みが如実あらわれた字義通りの言葉だ。



「……よし、じゃあ……次はホームルームだな」



先生はサブには触れず、そのまま朝のホームルームに入ろうとした。

わっしーは静かに着席したと同時に近くの複数の生徒から『付き合ってるのか』等の煽りが密かに始まった。


「あ゛ん?」


どすのきいた低く唸るような声色で教室を一瞬で静寂に変えた。

その声の主は言わずもがな、わっしーだった。



「……えぇとわっしー、その目先生好きじゃないな」


急に先生はかしこまってわっしーを注意する。

僕も気になり後ろを向くがわっしーは普段と変わりないつぶらな瞳でこちらに視線を送っていて、微笑みかけた。



「えぇっと、先生さっきの目がトラウマだからあまりわっしーの顔は見たくないね……」


「以後気を付けます。」



僕は彼女の『目』を見れてなかった。

好奇心が膨らんだままホームルームの時間になった。



「えー昨日は先生大変でした。なかなか話を切り上げずに居座る生徒がいまして、説得し、ようやく帰ったと思えば教頭先生からありがたい説教を受けて大量の始末書でした。でも先生めげずに昨日の内に始末書やり終えたから感無量です。」


「その生徒ってどこのクラス?」




お調子者の男子がいきなりありがちな質問をした。

何かをやらかした生徒の話をすると大抵は誰だ、どこのクラスだ、とテンションが上がり一時的に模索する。

しかし先生から出されるその答えは毎度特定の名前は出さない、が一般的。

どう考えてもそれが定石だし個々の生徒の体裁にも影響されない。



「いやこのクラスの粕田」


即答だった



「ちょ、先生っ!俺ハズカシィ!!」



とたんに粕田は顔を両手で覆うフリをして照れてみせた。



「クッ!……」


先生は心底悔しそうな表情を浮かべ粕田を睥睨する。

先生のくまを見る限り昨日の件がよっぽど熾烈だったか窺える。


「えー次は……」



こうしてちょいとした先生の復讐劇はほんの刹那で幕を閉じ、次に進む。


粕田が泡を食らった顔をすれば先生の復讐劇は良い形で終わったはずだが相手があの粕田だ。御愁傷様としか言いようがない。



「あと昨日、ある生徒が放送室で寝てて夜の警備員さんに捕まりややこしいことになった。」



「それ誰すか?」


お調子者の男子がすかさず釣れる。



「うちのクラスのサブ」



「ハッ!」


(そういえば……)



「どうした吉良?」


「あ、いえ。」



僕は粕田を見る。



「うひひ……やっちゃったなッッ!」



「…………」



(放送委員会の後、寝てたサブを放置してた……あのまま……)




「てか問題児多すぎじゃね」


お調子者の男子が痛いところを突く。



それに次いでどっとクラス中が笑いで包まれる。



「じゃあ終わり!!授業頑張れ!」


そう言い先生は退室する。


「え?……粕田何だって?」


「サブが休んだのは恐らく俺達のせいじゃね?」



思わず聞き返した内容をを鸚鵡返しで伝えられる。

聞こえていたがあまりにもどうでもいい話の展開だから

流す事を促したが粕田の内心はそうは思ってないらしい。


「粕田、正気か?僕達は胡乱の影、又はスタンドによって

サブの存在を一時的に忘却されていただけでそれに負い目を感じるのは

ちょっと違うって。」


「いや、甘いぞ。他者によってサブという存在を忘却されたなら

便宜上、その胡乱なる者は必ず俺達の前に姿を現すはずだ。

……まぁ冗談はさておきサブが休んだ辺り昨日の一件が

なかなかに応えてる、お前が見舞いという名目で行ってやれば

サブが俺を含める仲間達に対する顰蹙(ひんしゅく)と言うものは解消される。」



「要するにサブのお前に対する憤りを『私』でなんとかしようってことだろ?」



「察しがいいな義経。そういうことだ。」


「これ断ってもいいの?」


「おいおい、これができるのは君だけだ。俺にできるならやってやりたいが─」


「…………」



僕一人(美少女)が、健全な男子の家に行って

どうなるかなんて色々と勘繰ってしまう。


かと言って、粕田やがーごいるさんを連れて行くのは

事態の悪化を意味する。



「分かったよぅ……行くよぅ……」


「よく言ったぞ!義経!」




キンコンカーンコーン



授業の始まりを教える予鈴にとり教室は喧騒に包まれ、

大方の生徒が席に着くと教室には静寂が訪れた。


その静寂を破ったのは先生の入室による音だった。


「はい、おはようございます。朝から眠いでしょうが頑張りましょう。72ページの『Werthers Original』の音読です。今日は……吉良さん、読んでください」



現代文の先生はよく当てる事で有名だ。

恰幅の良い男性で温厚な性格らしいが怒ると非常に怖い。



「え〜〜っと『私のお爺さんがくれた初めてのキャンディー、

それはヴェルタースオリジナルで、私は四歳でした。

その味は甘くてクリーミーで、こんな素晴らしいキャンディーをもらえる私は

きっと特別な存在なのだと感じました。今では私がお爺さん、

孫にあげるのはもちろんヴェルタースオリジナル、何故なら彼もまた、特別な存在だからです。』」



「はいっ。上手に読んでくれましたね。次は……鵜鴨くん」



「はい。『私のお爺さんがくれた初めての─』」



お見舞いって放課後、つまり今日学校終わったら

行かなければならないんだろうか……。

と、すると例の『美女』とやらを拝めなくなる。


どっちを優先させるかと言ったら、

できるだけ美女とやらの方を見に行きたい。


おっと、語弊があるな。


僕は飽くまで美女と誇張された噂の女を見て

改めてその呼称を善処してやりたいのだ。


この審美眼を通して、初めてその女の

美女か否かが問われる。


見に行く、よりも見てやる、の方が適切だ。



「吉良さん」



まぁ、サブには悪いけどお見舞いはナシだね。

てか、僕が負い目感じる必要は無いし、

素直に深謝すればどうにでもなるんじゃね?



「吉良さんっ!」


「はいっ!」



思わず反射的に飛び上がる。



「ちゃんと聞いていましたか?」


「えー……っと、すいません。聞いてませんでした……。」


「仕方ないですね、では73ページの『千年ケフィア』を読んでください」


「はい……えっと、『ロシアの人達は赤ちゃんの時から食べていました。

体に優しいから毎日続けられる。それはヨーグルト。いいえ、ケフィアです。

乳酸菌と酵母の共生発酵。やずやの千年ケフィア。』」



「しっかり噛まずに上手に読めましたね。ですが、読む前の「えっと」を無くしましょう」


「は、はい」



「義経どんまい!」


と、粕田がにやついている。



「はい、鵜鴨くんも読んでください」


「えっ!?何で俺なんですか!?」




いやっ!違う!!

放課後以内に『美女』とやらを見に行けば良いじゃないか。

そうすればサブの件も綺麗に片付く。


この授業の終わり、その時

発生する休み時間を使うんだ!



計画的に動かなければ……


W,Oはヴェルタースオリジナルの

ことです!!

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