七話 それぞれの覚悟
『歩荷』
歩荷
とは山道などの険しい
場所で荷物を担いで
目的地に届ける職業
あまりにも過酷なため
どんな力持ちの大男も
足腰をやってしまうため
継続的にはできない
肉体の鍛練、小遣い稼ぎに
重宝されたらしい。
「ただいマルフォイ」
僕はガーゴイルさんと共に帰路に付き、ちゃんと辞去の旨を告げてから別れた。
んでもって今、
自宅のドアを開けたのだ。
「兄ちゃ……じゃなくて姉ちゃん!」
「いや合ってるよ。訂正しないでよ」
帰ってきた僕に駆け寄って来る妹は神妙な面持ちだった。
「んなことどうでもいいよ!!コレ見て!!」
「どうでもっておま……」
不平を漏らしながらも妹の手に握られたメモ用紙を手に取る。
「あ〜あ〜。ちょっとお前コレ汗でふやけちゃってるよコレ。もう字とかボヤけちゃってるよコレ」
「いいから読め!」
ぐずぐずしてる僕をせかすように妹は睨む。
僕は紙に書いてある文章を読んでみた
「えーと……『すまん。義経の件で金消えた。ちっと出稼ぎに行ってくる。1ヶ月に二万送る。 by母』……。」
ん?
「姉ちゃん……お母さんが出稼ぎのために家を出たんだよ!!どうしよう!!」
「エッ?……嘘ッ!?」
突然すぎるのもあるけどびっくりした。
僕の入学の一件はあらゆる根回しと買収があったわけだ。
手紙の信憑性は高い。
でもシリアスがダシでネタに引っかける、というやり口は常套手段なんだよなぁ。
「姉ちゃんどうしよ?」
「とりあえず母の携帯電話に直接電話して聞いてみよ」
僕は受話器をおもむろに取り、あらゆる雑感を纏いながらボタンを律動的かつ敏捷に押した。
呼び出し音が三回程度で母に繋がった。
「あっ、母さん?」
「義経か?どしたよ?」
口調はかなり緩い。
やはり置き手紙はネタだったのだろうか。
「母さん今何してんの?」
「手紙読んだでしょ?出稼ぎよ出稼ぎ。今、歩荷の最中だから切るわね」
ブツッ
ツーツー
『歩荷』
聞き慣れない単語が出た後、電話の向こうで
男とおぼしき声が聞こえた気がする。
「姉ちゃんどうなの?」
「歩荷してるって……」
「歩荷?ナニソレ?」
途方にくれた面持ちでリビングに向かう。
1ヶ月二万って家賃も払えんがな……。
そんな不安があってとりあえず何かに座りたかった。
「姉ちゃん?」
妹を無視してリビングのテーブルにドカッと座る。
「あ゛〜」
なんか凄く疲弊した。
女の子って大変……群がる男子とか、だらしない格好ができないとか
生理とか母のこととかetc...
嘆息に混じって出た不平は胸中で沈殿していく。
「ん?」
テーブルに手紙が一枚置いてあった。
しかも宛名は僕だ。
見た感じ母の筆記ではないが丸みをおびた字体からして女子じゃね。
「母さんから?」
めざとく、妹が手紙を持った僕を見ている。
「こっち見んな」
そう言って手紙を開ける。
妹は早くもそばに来て文面を読み出す。
「えーなになに?『父の仕事の都合で、またそっちに戻ることになりました。来週には着くと思います。楽しみ……に』……ってコレはッッ!!ガールフ―」
「そぉれッッ!!」
「んがぁあ゛!!」
紡ぐ言葉を遮るように妹の両目に指が炸裂。
「いだぁぁあいー!!」
妹は両目を手で押さえ、膝がガクッと屈した。
妹より手紙だよ手紙。
先刻の内容でも僕はまだ差出人を特定できてない。
文末に書いてある名前に目線を向かわせる。
「朝比奈……ジキル?」
あっ!
「アッーー!!」
「ア゛ッーー!!お姉ちゃん足踏んでる足踏んでる!!いだい!!いだい!!いだぁい!!」
「帰ってくる……」
朝比奈ジキルさんは
僕の片思いの相手である。
一年前に彼女の父の仕事の移動で北海道に行っていたのだ。
連絡が一切無かったから完全に忘れていた。
やったぜ!
僕のドタバタSFラブコメディがもう、すぐそこに近付いてる。
ハデスとか母とかどうでもいいよ。
「いっつ……喜んでるところわりぃんすけどちっと忘れてやせんか?だんなは今、ナオンですぜ?」
妹の一言で時が止まる。
そして時は動き出す。
「あぁああぁぁっ!!」
そうだ僕は女の子。
ジキルさんにどう会えば良いのだろう。
「お姉ちゃん……泣いてるの?」
「でもジキルさんがノンケとは限らないよね。百合フラグ立てまくればジキルさんが『そっち』に染まる可能性もある。」
「てかお姉ちゃん、ジキルさんとやらはガールフ―」
「そぉらッッ!!」
「んがぁあ゛ぁあ!!」
「問題はここからだ」
僕の近況を教えた時点でジキルさんは僕の事を
中身は男、体は女、ってなるでしょ?
するとジキルさん的に僕が女の服を着てるのも
僕が女の子の口調なのも
『キモい』にならないかな?
つか男子に戻る可能性を視野に入れて正体は黙っておいた方が良いよね。
それに女の子の僕ならジキルさんとイチャコラしても
手首に手錠がかかることもないし。
うん、それがいい。
そうしよう。
「ねぇ、『あたし』可愛い?」
「ごめんなさい目が痛くてまぶた開かないんですごめんなさい。分かんないっす」
妹は目から大量にこぼす涙を腕で拭く。
「もうお前はいつも体液で床を汚すよね」
「申し訳ないっす」
来週まであまり時間が無いな。計画的に動かなければ。
〈一方、ハデスは〉
「吉良さんのお母さん、もう一度言いますけどこの道は危ないですよ」
「歩荷レースは速さを競うもの……一位にならなければ賞金はもらえない」
「ですけど正規の歩荷道を歩かなければ遭難だってするかもしれないんです」
「当日まで日数は少ない……近道を探すのだ……」
「ふぅ……」
俺としたことがやってしまった……。
吉良さんのお母さんの力になれると下心丸出しで
こんな山奥まできてしまうとは……。
何も考えずに歩荷レースの相方にされているとは……。
まあ満更でもないですけどね!
「吉良さんのお母さん!歩荷レースで正規の道を使わないと失格になったりしませんか?」
「そんなモン無いわ。早く荷物を頂に届ける……それだけが決まっているルール……つまり汚い手や殺し合いも『有り』ってことよ」
「ハハッ……そんな大げさなぁ〜……」
吉良さんのお母さんの表情は常に厳つく鋭い。
言ってることの真偽など容易に理解できたがこれはジョークだと思いたかった。
「ごっつぁん……死ぬなよな?」
そう言い吉良さんのお母さんは歩み始める。
「ちょ、ちょっと吉良さんのお母さん!?」
「私たちで賞金を手にするのよ……必ずね……。」
俺たちの歩荷レースへの特訓は『今』始まった。
歩荷レースまで
残り3ヶ月