六話 さらば ごっつぁん
「なんぞこれ……マジでなんぞこれ……」
僕は放送室に入ってからずっとあることについて悩んでいる。
「ガーゴイルさん俺を見てどう思う?」
「キモい」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの」
「メガネはどの女子にもそうやって……」
この放送委員会は男子2人女子2人で構成されている。
女子は僕とガーゴイルさん。男子は……
「ガーゴイルさん俺のメガネ見てどう思う」
「キモい」
「凄いひどい」
「ねぇ!!ガーゴイルさん俺は俺は!!」
「もっとキモい」
「ゑ!!何でよッッ!?」
粕田と高橋三郎とかいう美少年。
何の因果か、この連中とは絶対に離れられない何かがありそうだ。
てか、どう考えても後藤の故意でこの面子が集められたんだろう。
「ねぇガーゴイルさん、放送委員会の担当の先生は誰なの?」
「ん?あ……ええとごっつぁんだけど」
またお前かごっつぁん
「最初の委員会の集まりに先生が遅れてるって……」
「まあそう展開を急ぐな文鎮。よく考えてみろ、ここには女子2人男子2人と役者が揃っている。
この時点で先生がなぜ来てないか、なんて容易に分かるはずだ。」
「メガネ、『文鎮』って誰だよ?」
「うるさい黙れ」
よりによって男子がこの2人だとは……。
今日の茶番劇を見たところあまり仲は良さそうには見えなかった。
先が思いやられる……
僕のため息は放送室の扉が開くと同時に出て、
その開いた音に驚き、一瞬むせそうになった。
「ちゃーす!!」
『ごっつぁん』だ。
委員会の面子を恣意的に決めときながら、その委員会には遅れ
挙げ句の果てには気の抜けた挨拶で悪びれる様子もなく入室。
これはアレだ。
やるしかないわコレ。
憤る僕が真っ先にごっつぁんを叩いてやるつもりだった。
しかし真っ先に不平を漏らしたのは甚だ意外な人物だった。
「先生……なんであたしがこの委員会に勝手に参加させられ、こんな変態たちと作業を共にしなければならないんですか?」
ガーゴイルさんは粕田とサブを指さして淡々とごっつぁんに問う。
静かな口調だがふつふつと沸き上がる憤りは表情から窺えた。
「ガーゴイルさん……俺はそんなことを言われても痛くも痒くもない……いやむしろ気持ち良いんだ」
最悪だよ粕田
「メガネは変態で正解だけど俺は違うよッッ!!……変態という名の……『紳士』だよ」
「先生見てよ……これはあまりにも酷い……絶望的だ……」
ガーゴイルさんは静かに俯き、小さく震えた。
しばらくの沈黙が流れ、僕はハッと気付く。
ガーゴイルさんの不満を訴えるくだりで僕はすっかり傍観側だ。
これはガーゴイルさんの引き継ぎ戦だ。
「先生、私も困ってます。自分で言うのもアレですが私の容姿は自他共に認めるマーベラスな『美』です。委員会に入ったことに―」
「先生な。しばらく学校は休む……次会うときは新聞の一面で、だ。」
ごっつぁんは心底嬉しそうな笑顔を見せ、
脱兎の如く放送室を出ていった。
「今俺は空も飛べるッッ!!空でも飛べるッッ!!風になるッッ!!イェーーーッッイ!!キィーーーッッン!!」
僕は茫然と硬直していたが理解に窮する
ごっつぁんの行動、言動に対して脳ミソはフル回転で動いていた。
「文鎮、気にするな。ごっつぁんは鉄板のネタがウケないと悟って退路を確保した、それだけだ。
全ての退路を絶っておかなかった俺のツメが甘かったんだ。」
「そうだよ。義経さんのせいじゃないよ。メガネが悪い」
「甘いもの食べる?」
不完全燃焼の僕は確かな憤りを感じていた。
何より彼らの言動が憐れんでいるように聞こえて余計に腹立たしい。
「とりあえずごっつぁんを追わないか?」
「よし追おう!!」
「そうだ追うぞ!!」
「今だね!!追わなきゃ!!」
「追ってどうするんだ猿」
「あ……れ……メガネが、『追おう』って……」
「だまらっしゃいッッ!!」ガーゴイルさんは大声で叫んだ。
この時点で僕は思考をぱったりと終わっていた。
「オジャマ」
ガーゴイルさんはそう良い僕の胸をまさぐるようにもみだした。
「ちょ、おま……オラァッッ!!」
僕の鋭いボディブローはガーゴイルさんのみぞおちに『入った』。
「ぐう゛ぉう゛ぇ!!」
恐ろしく低いうめき声と同時にグルンとガーゴイルさんの眼球は白目を向いた。
「あ、ごめん!!ガーゴイルさん!!」
「大丈夫か!!ガーゴイルさん」
「大丈夫だ!ガーゴイルさん」
「うへあ……今のは痛かったよ……一瞬意識がトんだからね……」
「なんで急にあんなことを……」
「落ち込んでたからきつけ代わり。でもホントのきつけを食らったのはあたしだったけどね☆」
お腹をさすりながらガーゴイルさんは言った。
そしてまた静寂は訪れた。僕は帰ろうとした直後、粕田が立ち上がった。
「どうしたし粕田」
「まだ……済んでいない。……『自己紹介』」
そう言えばごっつぁんが逃走しただけで放送委員会の進捗は皆無。
ましてや面識が無い人間がいる。ガーゴイルさんね。あまり乗り気でないが暫定的な挨拶でも済ませておこう。
あれ?でも粕田たちガーゴイルさん、って呼んでたなぁ……まあいいか
「じゃ、じゃあガーゴイルさんから……」
僕が自己紹介を促すとガーゴイルさんは意外にもすんなり粕田たちに向かって立ち上がった。
「吉田左府。ガーゴイルで良いよ。」
男子に対して露骨に冷たいが粕田は恍惚な表情を浮かべている。問題ない。
「みんな大好き粕田、で有名の粕田だ。因みに文鎮というのは吉良義経さんの愛称。つがいの相手にこそ呼んで良い名……つまり……そうだ……俺が彼氏だ」
「違うよッッ!!糞メガネ!!嘘付いてんじゃないよ!!」
僕は粕田が言うであろうと予想していたため
誰よりも早くこのデマを否定することに成功した。
「高橋三郎、通称は猿。文鎮さんは俺の嫁。異論は認めない。」
な……に……?
猿がノッてきただと……!?
「文鎮さん、甘いもの食べる?」
あれれれれれれ!?
ガーゴイルさんさっきの怒ってるコレ!?
みぞおちのアレ怒ってるコレ!?
だからニヤニヤしてるの?ガーゴイルさん!?
「文鎮、あの夜は熱かったな」
「メガネ割るぞこの野郎」
あっちは猿とメガネが一触即発の状況。先に限界を迎えたのは猿のようだ。
「なんなんだ……なんなんだ……」
「甘いもの食べる?」
一体何が起きてるんだ……
「ねぇねぇ甘いもの食べる?ねぇ?」
「いや、ちょ、甘いものは……別に……」
「あ、甘くて美味しいスナックが―」
「うるっせんだよォッッ!!甘いもの要らねぇんだよッッ!!」
「八ツ橋あるよ?」
「知ってるよッッ!!八ツ橋あるの知ってるよッッ!!」
「じゃあ―」
「ういろうも知ってるよッッ!!要らないんだよッッ!!」
「え、サーターアンダギーなんですけど(笑)」
「そっちかよッッ!!そんなのどうでもいいんだよッッ!!何ニヤニヤしてんだよ!!」
ガーゴイルさんはつい先刻までは気の利く女の子だと思っていたがとんでもない。
なんか当分甘いもの食べたくない……。
「だまらっしゃいッッ!!」
再びガーゴイルさんは叫んだ。粕田も猿も僕も黙った。
「何で先生いないのにあたしたち自己紹介してるの?」
素晴らしい着眼点だけど今に限っては指摘してほしくなかった。
「ガーゴイルさん。それは俺たちがこれから放送委員会の任を背負ってくわけだから、メンバー内に名前も知らない、面識も無い、なんていう人間がいたらおかしいだろ?」
あれ?粕田が正論?
「もっともらしいこと言ってるけど先生が委員会自体を放棄してあたしたちに何ができるっていうの」
あ、そうだ。
完全に忘れてた……。
「もしかしたらさもするとごっつぁんは本気で学校を休むんじゃないかな!?」
「うるさい黙れ」
「黙ってなさいよ」
「はいすいませんでした」
粕田とガーゴイルさんに即座に否定され俯いた後、小さく震える猿。
「とりあえず他の先生にごっつぁんがいなくなったんで委員会どうすれば良いですか、って意見を仰ごうよ」
ガーゴイルさんと粕田はしばらく黙考した後、重い口を開いた。
「そだな」
「そだね」
あれ?何を考えてたの?
僕たちは俯きながら、泣いている猿に気付かれないように、静かに放送室を出た。
職員室に着くと早速他の先生にごっつぁんの行方を聞いてみた。
「あぁ……ごっつぁんはしばらく休む、って休暇届出してたよ」
「え、マジすか!?」
あのアバウトなノリでこんなことサラッと言われても信じらんないっしょ……
「先生!僕たち私たちはごっつぁんを失い、委員会の始まり早々滞っております!!どうすればいいんですか!?」
「その件に関しては大丈V!!この私、田中先生が放送委員会の担当を担っているのだ!!」
「じゃあ田中先生何で私たちのいる放送室に来なかったんですか?」
「教員なめんなよ、田中先生でもどうでもいいことは忘れる。人間……だからね!!」
何だこの先生は……!?
下手したらごっつぁんより酷いんじゃないか……?
「ま、冗談はさておき。今日はお前ら帰って良いよ」
「何故だ田中」
急に粕田は言った
「教員の名前呼び捨てか……先生そういうの……『好き』じゃないな」
田中先生は粕田をたしなめるように言った。
「いや、田中……俺は呼び捨てで呼ばれるの……好きだよ……」
「えっ、いやお前何を言って―」
「いやむしろ!!……罵られたい……ッッ!!」
「お前……そんなに……」
僕とガーゴイルさんは完全に蚊帳の外だった。
「文鎮ちゃん帰ろう」
「うん」
こうして僕たちはやっと帰路につくこととなった。
「―つまりは『罵られる』ってことに快感があるのではなく絶世の美女に
存在を否定させられている、貶されている、に性的快感があるんだ。
そう例えば罵る女の子が不細工だったらどうだ?
そうすると彼女が吐く暴言はただの暴力であり、その現場はイジメ、に変わる。
それに彼女が不細工の時点でこちらには罵られるメリットが存在しないし、
罵られる側が罵る側と存在意義が対等であったらこれは『オイ待てや』となるわけだ。ここから踏まえて―」
「凄い……凄いぞ粕田……田中先生いつになったら帰れるんだ?えぇ!?ハハッ!!……外は真っ暗だハハッ!!」
一方、猿は
「ふがッッ……ん?……あれ?寝てた……暗いなぁ……えっ!!あれ!!ちょっと!!ちょっと暗いよ!!皆!?
…………あ……れ……?
あわわわわわわ……真っ暗……ここここ怖いィィーッッ!!アレェーーッッ!!アレェーーッッ!!
何で皆いないのカナァーーッッ!!どうしよッッ!!見えない!!ちょ、扉開かないッッ!
!あっ、ちくしょう!!モウダメダ!!アッーーー!!」