空へ
「 空へ。
君のことを愛していました。心の底から、愛していました。それならどうして、ときっとあなたは思うでしょう。だから、この手紙を書くことにしました。
あなたを置いていく僕のことを、君が過去に置き去りにできるように。
僕は、この手紙を君に残すことにしました。
空。
君の作る玉子焼きは、砂糖が入りすぎています。あれでは、玉子焼きではなく、カステラです。もしも、君に子供ができてお弁当に甘い玉子焼きを入れるときは、砂糖の量を十分の一以下に、してみてください。
空。
掃除の手を抜きすぎです。掃除機をかけてもドアと壁の隙間を掃除しなければ、埃はどんどん部屋の隙間で山を作っていくことでしょう。君が将来、猫でも飼おうものならば、毛玉と埃でアレルギー反応を起こすかもしれません。ドアを開け閉めして、掃除機をかける一手間の時間を作ってみてください。
空。
実は君は、自分が思っているほど歌が上手ではありません。オハコと言いながら自慢げに歌うアリアナグランデは、僕にとっては可愛いだけだけれど。カラオケに初めていく友達の前では、日本昔ばなしの『人間っていいな』くらいに留めておくことをお勧めします。
空。
ここまで言えば、君は少しくらいは僕のことを嫌いになってくれたでしょうか?
そうならいいなと思います。
そうであってくれと、思います。
空。
ここまで言えばわかるかと思いますが。僕は、結構小さなことを気にする男でした。そんな僕を、君の大雑把な性格がオブラードという優しい膜に包んでくれたから、僕はこの世界で息をすることができました。
空。
君の甘すぎるカステラみたいな玉子焼きも、ドアの隙間の埃だまりも、下手くそなアリアナグランデも、きっと、僕が『いく』と決めた瞬間に、どうしようもなく恋しくなるのだと、思います。
空。
この手紙をきみが読んでいる時、きっと、僕は海の底でしょう。
君の青い瞳を見るたびに、僕の胸は沈む思いでした。君の深い瞳に吸い込まれるほどに、空を駆け、海を渡り、そして深い深い奈落へ沈むような、押しつぶされるような愛が身体の中を締め付けるからです。
君への愛は僕には壮大すぎて。
小さいことを気にする僕には手に余る代物でした。
空。
最後に、どうしても伝えないといけないことを書いて。
この手紙を終わろうと思います。
アパートの玄関横の鉢植えに予備の鍵を置いておくの。
やめた方がいいと思います。
これからは僕がいないのだから、用心に越したことはないので。
空。
いままで、ありがとう。
遠い海の底に沈みながら、きっと僕は君のことを思うでしょう。
空。
愛して、います。」
追伸、
スキューバーダイビングのお土産は、ハワイの星の砂でいいですか?
あれ、星の砂って沖縄だっけ?