三つ葉のクローバー
三つ葉のクローバー。
たくさんあって、誰も求めない。
…俺みたい。
幼馴染の智輝は間違いなく四つ葉のクローバー。
みんなが探して欲しがって、見つけたら喜ぶ。
“四つ葉”の智輝はキッズモデルをやっていたのもあり、小さい頃から人気者だった。
俺にも智輝が眩しく見えた。
“三つ葉”の俺といつも一緒にいてくれた智輝は、もうモデルはやっていないけれど、誰もが振り返るほどかっこいい。
影でなんて言われていたかなんて知ってる。
俺は智輝の引き立て役だって。
でもその度に智輝は本気で怒って、親が呼び出される騒ぎになるくらいの喧嘩をするまで俺を守ってくれた。
もうそんな事しなくていいって言っても智輝はずっと俺を守り続けてくれた。
ばかな智輝。
「由佐!」
ばかな智輝はいつも俺を優しく呼んでくれる。
好きなんだ、そんな智輝が。
身の程知らずだってわかってる。
でも智輝が好きだ。
智輝が俺を呼ぶ度に心臓がおかしくなるし、顔は熱くなる。
大好きなんだ…。
◇◆◇
「由佐、どうした?」
「え?」
「考え事?」
智輝が俺の顔を覗き込む…近い。
ちょっと身体を引くと笑われた。
「…いや、なんでもない」
「そう?」
「うん」
「なんかあったら言ってね?」
「ありがと」
“なんか”はある。
智輝が好きだって事。
でも、“三つ葉”が“四つ葉”に小さい頃からずっと恋をしてるなんて口が裂けても言えない。
「あ」
「?」
智輝が急に俺の髪に触れる。
どくん。
心臓が急激におかしな動きを始める。
「ゴミついてた」
「え、あ、ああ…ありがと」
思わず胸を押さえる。
そんな俺を見て智輝が微笑む。
「由佐って可愛いよね」
「!?」
「ね、俺のものにならない?」
「!?!?」
「…なんて、ね」
俺の頬を指でなぞって吊革を掴む智輝。
心臓爆発しそう。
智輝はよく、こういう心臓に悪い冗談を言うから俺は本当に倒れそうになる。
これが本気で言ってくれてる事だったらどんなに嬉しいか。
でも、いつも必ず『なんてね』が最後にくっつく。
俺を振り回す、そういうずるさも好きだからどうしようもない。
…智輝は好きな人、いるのかな。
昔は俺が好きだっていつも言ってくれたけど、中学に上がったくらいからそういう話はしなくなった。
やっぱり好きな子、いるんだろうな。
高校生にもなって初恋を引きずっているのは俺だけだろう。
もしかしたらそれなりに色んな経験もあるのかもしれない。
だからいつも余裕で俺をからかう事ができるのかも…。
二月十四日、バレンタイン。
俺は毎年こっそり智輝の机にチョコを入れていた。
気付いてほしくて、気付かれたくなくて。
名前なんて書けないけど、精いっぱいの勇気で三つ葉のクローバーのシールを箱の隅に貼る。
でも智輝はその意味に気付いていない。
今年もそのつもりだったけど、チョコは結局手元に残ったままになった。
「俺、好きな子がいるから、その子以外からのチョコはもう受け取らない事にしたんだ」
智輝がそう言ってチョコを断ったと言う噂が聞こえてきたからだ。
わかっていてもショックだった。
チョコは家に帰ってひとりで食べた。
そしたら次の日、おでこにぽつんとひとつニキビができてしまった…最悪。
今までこんな事なかったのに。
バレンタインの翌朝、どういう顔をして智輝に会えばいいのかわからなかった。
間接的に振られたんだ。
会うのも辛い。
と思ったら智輝のほうがへこんでいて、この世の終わりのような顔をしていた。
どうしたのか聞こうかと思ったけど、俺が踏み込んでいい問題じゃないような気がしてなにも聞けなかった。
それからなんだか智輝は俺を避けているようだった。
よくわからないし、俺も苦しいから自分から智輝に近付く事をしなかった。
そうこうしているうちに春休みになってしまった。
ニキビはケアをしているにも関わらず一向によくならず、ぽつんとおでこに居座っている。
智輝は相変わらず顔を合わせると暗い顔をしている。
好きな子とうまくいってないのかもしれない。
俺にできる事なんてなにもないから、ただ応援するしかできない。
まだ苦しいけど、智輝が幸せになってくれるなら…。
「……散歩でも行こうかな」
天気もいいし、ずっと部屋にこもってると気分も滅入る。
外は暖かくて風が気持ちよくて散歩日和だった。
ふらふらとどこに行くでもなく近所を歩き回る。
昔は智輝とあちこち出かけたな、と思いながら公園に着いたので一休み。
ベンチに座ってふと見ると、三つ葉のクローバーが見える。
「……」
四つ葉のクローバーを見つけて智輝にプレゼントしたいな。
そうしたら智輝の好きな子ともうまくいくかもしれない。
そんな事を思って三つ葉の中から四つ葉探しを始める。
探しても探しても三つ葉。
俺が欲しいのは四つ葉のクローバーで、智輝。
でも俺は智輝が四つ葉だから欲しいんじゃない。
智輝が三つ葉のクローバーだったとしても俺は智輝が欲しい。
叶わなくたって、想うのは自由じゃないか。
視界が滲み始める。
「…っう…」
好きなんだよ、智輝…。
ずっとずっと好きだった。
でもここで四つ葉を見つけたら、もう諦めて忘れよう。
初恋は実らないって言うし、こういうものだって思おう。
…四つ葉は見つかりっこないから、俺は諦めるつもりはないんだろうな。
ぽつり、と手の甲に雫が落ちる。
「雨…?」
そんな予報出てなかった。
でも今はやめたくない。
そのまま続けて四つ葉を探す。
見つけ出したいのか見つけたくないのかわからないけど探したい。
そこには智輝の幸せが詰まっているような気がしたから。
四つ葉を手にしたら、智輝がまた笑ってくれるような気がするから。
見つかりっこないけど、どこかには必ずある。
それを信じたかった。
雨はそんなにひどくはないけどそれなりに濡れてしまっている。
でも俺は手を止めずに三つ葉の中から四つ葉を探す。
智輝の幸せを探す。
「由佐!?」
「…?」
呼ばれて顔を上げると智輝がこちらに走ってきている。
相変わらずかっこいい。
今日は落ち込んだ顔をしていない。
慌てた顔をしている。
「なにしてるの!?」
「四つ葉のクローバー探してる」
「こんな雨の中で!?」
「うん。さっきは晴れてたし」
「風邪ひくよ! 帰ろう?」
智輝が傘を差しかけるけれど俺はまだしゃがみ込んで四つ葉を探す。
「やだ」
智輝の幸せを見つける。
それで俺は智輝を諦める。
「由佐、言う事聞いて」
「やだ」
「どうして?」
「だって…智輝が…」
「俺が?」
「……」
言えない。
唇を噛むと智輝も傘を置いて三つ葉に手を伸ばす。
「智輝?」
「俺も一緒に探す」
「なんで?」
「ふたりで探せばもっと早く見つかるから」
「ここにはないかもしれないよ」
「由佐が探してるんだから絶対ある」
「……」
智輝もしゃがみ込んで四つ葉探しを始める。
雨が智輝の頬を伝い落ちていって、それがすごく綺麗で思わず見惚れてしまった。
俺も続けて四つ葉を探す。
雨は徐々に弱くなっていくけれど止みはしない。
さらさらと落ちる雨粒の中で高校生がふたりで四つ葉探しって怪しいと思う。
でも俺も智輝も手を止めなかった。
「…由佐、」
「なに?」
そういえば智輝の声を聞くのって久しぶりかも。
最近は顔を合わせても智輝がひどく落ち込んでいて声を聞いていなかった。
ちょっとどきどきする。
「なんで今年はチョコくれなかったの?」
「え?」
「バレンタイン」
智輝は手元を見たまま俺に聞く。
俺は一旦上げた視線をまた手元に戻して答える。
「…智輝、好きな子からしかもらわない事にしたって聞いたから」
あれ?
智輝はなんで『今年は』って言ったんだろう。
今までのチョコだっていつも机に入れていて、名前を書いていなかったから誰からかわからないはずなのに。
「俺、由佐からのチョコしかもらわないつもりだったのに」
「えっ!?」
え?
どういう事?
「ねえ、由佐」
「なに?」
「俺の気持ち、一欠片も気付いてない?」
「智輝の気持ち…?」
なにそれ。
智輝が顔を上げて俺をじっと見る。
すごく熱っぽい視線。
「『俺のものにならない?』ってよく言ってるよね?」
「え、でもそのあと『なんてね』って……冗談でしょ?」
「冗談なんかじゃないよ」
また智輝は視線を手元に移す。
俺は視線を動かせない。
智輝の綺麗な黒髪を滑ってぽたりと雨粒が落ちる。
「俺はずっと由佐が好きだった」
「…え?」
「でもチョコもらえなくてへこんだ。由佐に振られたから」
「ふ…!?」
振ってなんかいない。
振るわけがない。
「俺、由佐が好きだよ。由佐が俺をそんなに好きじゃなくても」
「え?」
「由佐、俺が近付くといつも身体引くから、近付かれたくないんだろうなってわかってるけど俺は由佐に近付きたい」
「え??」
「俺は由佐を抱き締めたい」
「……」
「義理チョコだっていいから由佐のチョコ欲しかった。少しだけでも好きでいてくれてるって毎年確認できて嬉しかったのに」
「……」
義理チョコ……少しだけでも…。
なんか勘違いされてる?
っていうか誤解がある…?
どくんどくん脈が速くなる。
「……だって俺、智輝が近付くと心臓おかしくなるから」
「由佐?」
「俺だって智輝が好きだけど、俺なんかがそんな事言っちゃいけないって、ずっと…っ」
涙がぼろぼろ落ちてきてしまった。
雨と涙が混じって頬を伝い落ちていく。
智輝が慌てて拭おうとするけど、手が泥だらけなので慌てて手を引いてシャツの袖で拭いてくれる。
「……俺の事好きって言ってくれなくなったくせに…」
「言ったら由佐は困るでしょ」
「……」
「小学校の高学年くらいから好きって言うと少し困った顔するようになったから、あんまり言うのはよくないのかなって思って中学上がってからは心の中で言うようにしてたんだよ」
そういう事はきちんと宣言してからにしてくれないとわからない。
困った顔をしたつもりはなかったんだけど、そんな顔してたのかな。
智輝はみんなの前でも堂々と好き好き言うから恥ずかしかっただけじゃないのか。
それはたぶん恥ずかしかっただけで智輝の気持ちが嫌だったわけじゃない。
そう言うと智輝は『なんだ、早く言ってよ』とほっとした顔を見せた。
「………なんで俺のチョコ、わかるの…?」
「だって由佐からのチョコはいつも三つ葉のクローバーのシールが貼ってあるから」
「……気付いてくれてたんだ」
「当たり前だよ。由佐は昔から自分を三つ葉だって言ってたでしょ。でもね、」
智輝がこつんと俺の額に額を当てる。
「俺には由佐が唯一の四つ葉のクローバーなんだよ」
「違うし」
「ここは否定するところじゃない」
「……」
恥ずかしい言葉をさらりと言われて顔が熱い。
イケメンは言う事が違う。
って感心してる場合じゃない。
俺も素直にならないと。
「……俺、智輝が好き…。少しだけじゃなくてすごく好き。チョコだっていつも本命だったよ」
「俺も由佐が好き。ずっとずっと大好き」
ゆっくり智輝の顔が近付いてきて慌ててよける。
これはマズイ。
「なんでよけるの? やっぱり俺が近付くの嫌?」
「違う。忘れてたけど、俺、今おでこにニキビできてて近くで見られるのやだ」
「キスの時は目を瞑るから見えないよ」
「あ、そっか」
と答えてから“キス”という単語に顔が猛烈に熱くなる。
顔から火が出るかも。
あとちょっとでキスするところだったのかと思うと恥ずかし過ぎてやっぱり逃げ出したい。
「男子のおでこのニキビは“思われニキビ”だから、俺の“好き”のせいかもね」
「なにそれ。じゃあこの治らないニキビは智輝のせいなの!?」
「しつこいでしょ」
「バレンタインの翌日にできてからずっとケアしてるのに全然よくならないよ!」
俺が嘆くと智輝が微笑む。
「俺の“好き”を受け取ったから明日には綺麗に治るよ」
智輝の唇がゆっくり重なる。
俺は目を瞑る余裕もなかった。
ていうかいつ目を瞑っていいのかもわからなかった。
超至近距離で見た智輝はピンボケしているにも関わらずかっこいい。
翌日、智輝の言った通りにニキビは跡形もなく治っていた。
次の晴れた日に公園でまた智輝と四つ葉のクローバー探しをしたけれど、四つ葉は見つからなかった。
でも智輝は三つ葉を手にして幸せそうに笑っている。
三つ葉のクローバーでも幸せになれると、智輝が教えてくれた。
そして三つ葉のクローバーみたいな俺の、四つ葉のクローバーの智輝への恋が叶って幸せになれる事も、智輝が教えてくれた。
「由佐、なに考えてるの?」
「智輝の事」
「それならキスしていい?」
「!?」
掠めるように唇が触れる。
「もうしちゃった」
悪戯っ子のような笑みを見せる智輝と真っ赤な俺。
三つ葉のクローバーがそんな俺達を見守るように風に揺れている。
END