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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あなた達には二度と仕えません

作者: 水空 葵

「こんなお茶、苦くて飲めないわ! 今すぐ淹れ直しなさい!」


 そんな言葉と共に、アンナ様に出したばかりのお茶が頭からかけられる。

 アンナ様は私ティアナ・スノウが仕えているクラウディ伯爵家の長女で、この家で一番癇癪が激しいお方だ。


 旦那様と奥様も不都合があるとすぐに手を出すから、使用人達の入れ替わりはかなり激しい。

 出来ることなら逃げ出したかったけれど、私がお仕えする条件でスノウ男爵家の借金の肩代わりをしてもらっている立場だから、逃げ出すことは許されない。

 それは私と一緒に働いているケヴィンも同じ。彼はレイニー男爵家の借金の肩代わりの代わりに仕えている。


 もっとも、ケヴィンは体格が良く容姿も整っていて、アンナ様が癇癪を起しても手を出されたことは無いらしい。

 私はアンナ様よりも背が低いから、きっと反撃されないと高を括っているのだろう。

 反抗することも許されないから、私は深々と頭を下げてから彼女の私室を後にした。


「……またやられたのか」


「うん。ぬるくしておいて良かったわ」


 鏡を見ながら、かけられたお茶を拭っていく。

 私の髪は明るい金髪だから、お茶の緑が目立ってしまっていて、こういう時はケヴィンみたいな少し明るい茶髪が羨ましくなる。

 彼の瞳の色は私と同じ空色だから、こちらを羨むことは無いけれど。


「不幸中の幸いだったね。今回の理由は何だった?」


「苦くて飲めないだって」


「それなら水を出せばいい。緑色のティーカップ、これなら分からないよ」


「ケヴィンは天才ね!」


 ケヴィンから差し出されたティーカップに水を入れてみると、本当にお茶と見分けがつかなくて、つい笑みを浮かべてしまった。

 彼もまた笑みを浮かべていて、この後に起こることを楽しみにしている様子。


 もっとも、ケヴィンがアンナ様の前に姿を見せることは殆どない。

 アンナ様は彼のことを好いているみたいで、色仕掛けをされたことから旦那様に接触禁止を言い渡されている。

 それまでは私が暴力を振るわれそうになった時に庇ってくれていたけれど、今はそうすることも出来ない。

 私達が反撃することは許されていないから。


 もう一度行くのは嫌だけれど、覚悟を決めて再びアンナ様の部屋へと向かった。


「……これ、本当にお茶なの?」


「苦味の原因を無くしたお茶でございます」


 アンナ様は本当にお茶なのかと疑っている様子だけれど、私は何も嘘を言っていない。

 お茶から苦味の原因である茶葉を抜いただけなのは本当だから。ただの水とも言うけれど。


「そ、そう……」


「それでは、私は他の準備がありますので、失礼します」


 どうやら私の言葉を信じてくれたみたいで、納得した様子で水を飲み干すアンナ様。

 私は空になったティーカップを回収し、部屋を後にした。

 一応、アンナ様の専属侍女は私だけれど、あの部屋に長居したら身が持たないから、こうして距離を取るようにしている。


「ただいま」


「おかえり。どうだった?」


「何の疑いも無く飲んでいたわ。これからはお水を出した方が良さそうね」


 話をしながら、今日の夕食の準備を進めていく。

 ここの料理人さんは旦那様からの暴力が原因で寝たきりになっていて、以来専属の料理人が見つからず、料理が出来る私とケヴィンが担当になっている。


「やっぱり俺は天才だったか」


「はいはい、ケヴィン様は天才ですよー」


「今、馬鹿にしただろ?」


冗談っぽく言ってみると、ケヴィンは不満そうに口にした。

 アンナ様や奥様にこういった類の言葉は通じないけれど、彼には通じるから楽しいのよね。


「バレた?」


「バレバレだ。……そんな事より、例の件について調べ終わったよ

ティアナの家はまた借金を作ったみたいだ」


「一度様子を見に行った方が良さそうね」


「いや、奥様主催の茶会に招待されているようだから、そこで見れると思う。俺の両親も来るはずだから、そこで判断しよう」


「ええ、そうしましょう」


 私達がここに留まっているのは、家のことが心配だからだ。

 けれど、私の犠牲をなんとも思われていなかったら、その時は私にも考えがある。


 これはケヴィンも同じだけれど、彼とは一緒に居たいから、ここを出る時は一緒にでようと決めていた。




 その日の夕食後。

 旦那様の私室に呼び出された私は、かけられた言葉に耳を疑った。


「今、何とおっしゃいましたか?」


「その服を脱ぎなさい」


「ごめんなさい、もう一度おっしゃってください」


「これだけ分かりやすく言っているのに、聞こえないのか!

 服を全部脱げと言っているんだ!」


 部屋中に響き渡る怒声に、悲鳴を上げそうになってしまう。

 旦那様には奥様がいるというのに、一体何をしようというのか……。


 大方想像は出来てしまったけれど、自分の両親と同じ歳の人に素肌を晒すなんて事はしたくない。

 だから、わざと苛立たせて声が外に聞こえるようにした。


 旦那様は気付いていないけれど、この部屋の扉は少しだけ空いている。今の怒声は廊下にも響き渡っているに違いない。


「そんなこと、私には出来ません」


「そうか、反抗するのか」


 そう言われたと思ったら、私は突飛ばされ床に背中を打ち付けてしまった。

 受け身を取れたから痛みは無いけれど、そのまま旦那様の手で首を絞められる。


「騒いだら命は無いと思え」


 旦那様が拳を振りかざし、殴られると思って目を閉じた時だった。

 扉が勢い良く開かれる音に続けて、ゴンっという鈍い音が聞こえた。


「信じられませんわ! 貴方がこんなにも醜い男だったなんて!

 一体何をしようとしていたのか、説明しなさい!」


 旦那様が奥様に殴打された瞬間に拘束する力が緩み、一気に抜け出すことが出来た。

 奥様もすぐに手が出る性格で助かったけれど、あと一歩間違えたら私は顔に傷を負っていたと思う。


「……ティアナが反抗するから、教育をしようとしていたのだ!」


「正直に言いなさい! 本当はティアナを狙っていたのでしょう!

 いい年して盛るなんて、恥ずかしくて他所に顔向けできませんわ!」


 旦那様は本心が先に口に出る人だから、教育と称した暴力を振るおうとしていたのだと思う。

 私を見据える目に下心なんて無く、怒りだけが籠っていたから間違いない。


 一歩間違えれば私も料理人と同じ道を辿っていたと思うと、今更ながら悪寒がした。



   ◇




 あれから一週間。

 旦那様よりも強い奥様が常に監視するようになり、私は酷い暴力を振るわれる恐怖からは解放された。

 ケヴィンには今日も心配されているけれど、一応私は護身術を学んであるからひどい怪我をすることはないと思う。


 首の絞められた跡はまだ残っているけれど、これは使用人の制服の襟で隠せるから仕事に支障はなく、今日はこのパーティー会場に来る私の両親の姿を見ることが出来そうだ。

 今は既に招待されている方の半分くらいが会場入りしていて、徐々に賑わいを見せている。


「あの派手な四人が俺の家族なんだけど、やっぱり贅沢に走ったみたいだ」


「私の家族はまだ来ていないけれど……。

 今入ってきたわ」


 言っている途中で身の丈に合っていない豪華な衣装と装飾品を纏った五人が姿を見せ、私は落胆した。

 もう少し慎ましやかな装いをしていれば見切りは付けなかったけれど、会話の雰囲気からも私を気にする様子は一切ない。


 それどころか、私が会場内の説明を直接しても、見下すような視線を向けられた。


あの日「長女なんだから弟たちのために侍従になって欲しい」と懇願されたから、こんなにも辛い日々に耐えているというのに……。

 私の中で何かが切れた気がした。


「ケヴィン、私はここを出るわ」


「奇遇だね。俺も出ようと思っていたところだよ。

 今夜、出かけよう。外は危ないけど、俺が守るから安心して」


「ありがとう。頼りにしているわ」


 パーティーの喧騒に紛れて言葉を交わし、私達は各々の仕事に戻る。

 それからは大忙しで余計なことを考える暇なんて無かったけれど、無事にパーティーを終らせることが出来た。


 そして、クラウディ家の方々が眠りについた頃。

 私達は使用人用の出入り口から屋敷を後にした。


「誰にも気付かれなかったね」


「警備が甘いとは思っていたけど、ここまでとはね」


 今の時間は裏社会の人達が活動を始める頃だから、私達は目立たない格好をして移動していた。

 ケヴィンも私も夜になると髪が目立つから、黒い外套を羽織っている。


 護身用の短剣も懐に忍ばせているけれど、護衛が居ないから周囲の警戒は欠かせない。


「そうね。この後はどうするつもり?

 今までの給料を持ち歩くのは怖いわ」


「このリュックなら狙われないよ。旅人にしか見えないからね」


 そう口にするケヴィンの装いは、薄汚いシャツにズボン、それから土で汚れているリュックを背負っているだけ。普段から見ている彼は一言でいえばイケメンだったけれど、今は魅力が一割減っている。顔が整っていると見劣りしないのが羨ましい。

 私もほぼ同じ装いだけれど、正直自分でも見ていられないほど酷かった。


「しかし、美人は何を着ても美しいというのは本当だったんだね。

 ティアナ、仮面を着けたらどうだ?」


「そんなに私の顔は酷いかしら?」


「いや、可愛いから隠した方が良いという意味だよ」


「それを言ったらケヴィンだって仮面を着けなきゃ」


 言葉を交わしながら、私達は王都の出口に向けて歩き続けた。




 あれから一ヶ月。

 無事に隣国に渡った私達は、公爵家が営むレストランで働いている。


 ここはお給料が伯爵家に仕えていた時よりも何倍も多く、あと一年働けばケヴィンと一緒にお店を開くことも出来そうだ。


「相変わらず二人の連携は完璧だな」


「前も一緒に働いていましたから!」


 私が調理をしている横で洗い物をしているマイクさんに問いかけられ、そう返す。

 彼は私の両親と同じくらいの歳だけれど、最近ここに雇われた人だ。


「そうかそうか。幸せそうな二人をみていると、見ているこちらまで幸せな気持ちになれるよ」


「ありがとうございます!」


「で、ケヴィン君とティアナさんはいつ結婚するのかね?」


「えっ……?」


「いや、僕達まだ付き合ってもいないですよ」


「そうだったのか。かなり仲が良いから、付き合っているものだと思っていたよ。

 こんなことも見誤るとは、僕はオーナー失格だね」


「オーナーですか……?」


 聞き返しながら、あることに気付いてつい手を止めてしまう。

 ここのオーナーは公爵様以外に居ない。つまり、彼の言葉が本当なら……目の前のお方はこの国で一番権力を持っているサニー公爵家の当主様ということになる。


 サニー公爵家はかなり評判が良くて、使用人の入れ替わりが少ないからお仕えするのはかなり難しいという噂だ。


「信じられないという顔をしているね。

 二人さえ良ければ、店を閉めた後で証拠を見せよう」


「本当に良いのですか?」


「ぜひ、僕にも見せて下さい」


「もちろんだ。楽しみにして欲しい」


 マイクさんの言葉に頷く私達。

 それからは忙しい時間になったから、お話はせずに仕事に集中した。


「――入りたまえ」


 あの後、閉店の作業を終えた私達は、マイクさんの案内で立派なお屋敷の前に来ている。

 彼が公爵様というのは本当だったみたいで、護衛に怪しまれることもなく玄関の扉が開けられている。


「「失礼いたします」」


 男爵令嬢に過ぎない私が公爵邸に入ることは殆ど無かったから、今の挨拶を噛まなかったことが奇跡だと思う。

 男爵令嬢として貴族の礼儀作法を、侍女として使用人の礼儀作法も学んでいるけれど、しっかり出来ている気がしなかった。


「そう硬くならなくていい。君達も貴族なのだろう?」


「どうしてご存じなのですか?」


「所作を見れば分かる。元々は使用人をしていたと聞いていたが、その所作は生まれが貴族でないと出来ないはずだ」


 公爵様は一体何が狙いなのか分からないけれど、今のところ嫌な空気はない。

 近くで控えている公爵家の使用人達は明るい表情を浮かべているから、マイクさん……マイク様は優しい人に違いない。


「一体、何が狙いなのでしょうか?」


「君達さえ良ければ、我が家の侍従として働いてくれないだろうか? 

 もちろん無理にとは言わないが、受け入れてくれた暁には給料を四倍にしよう」


「申し訳ありませんが、今すぐに答えを出すことは出来ません。明日まで待って頂けないでしょうか?」


「分かった。だが、一つ忠告しておこう。

 君達が前に仕えていたクラウディ伯爵家だが、君達を血眼で探しているようだ。明日にも我が国に入る予定だから、人攫いには気を付けたまえ」


 どうやらクラウディ伯爵家は私達に怒りを覚えているみたいで、きっと見つかれば生きては帰れないと思う。

 きっとマイク様は私達を守ろうとしてくれている。だから断る理由は無いけれど、ケヴィンの考えが分からないから相談してから決めたかった。


「ご忠告ありがとうございます。

 ティアナと相談したいので今日はこれで失礼させて頂きますが、よろしかったでしょうか?」


「ああ、もちろんだ。

 ……君たちは付き合っていないと言っていたが、どう見ても恋人同士の仲にしか見えないな」


「わ、私も失礼します……!」


 マイク様は愉しそうな笑顔を浮かべている。

 全く自覚は無かったけれど、やっぱり私とケヴィンの関係って……。


 考えただけでも頬が熱くなった。


「ティアナ、俺はマイク様の提案を受け入れた方が良いと思う。クラウディ伯爵家なら、俺達を見つけ次第殺しに来ることも考えられる。

 それに、給料が四倍になればお店を開くお金も早く集まるし、公爵家なら俺達の家の情報も集めやすいと思う」


「私も同じ考えよ。クラウディ伯爵家をなんとかしないと安心してお店を開けないけれど、使用人になっていれば公爵家を後ろ盾にすることも出来ると思うの」


「もしかしたら、公爵家の支援を得られるかもしれないね。望みは薄いけど」


 お話をしながら数分あるくと、私達が住ませてもらっている寮に着いた。

 この寮は公爵邸の敷地内に建っていて、お屋敷とは柵を挟んでいるけれど貴族街の中だから強盗の心配はない。


 寮は玄関から見て左側が女性用、右側が男性用と分けられているから、ケヴィンとはここでお別れだ。

 少し寂しいけれど、また明日も会えると思えば辛くはなかった。




 翌朝。

 私はケヴィンと一緒に公爵邸の門の前に来ている。

 どうやら門番の方は私達の顔を覚えていたみたいで、すぐに門の中に入ることが出来た。


「玄関の場所は覚えていますか?」


「ええ、大丈夫です」


「承知しました。玄関からは別の者がご案内しますので、そのままお進みください」


 門番の問いかけに頷くと、そんな言葉が返ってくる。

 私達はこの国の貴族ではないから丁寧な案内が無いことには納得出来るけれど、敷地内で良からぬことをされないように監視を一人くらいは付けるのが普通だ。


 だから私達を見張る人がいないのが少し不思議なのよね。


「俺達は信用されているみたいだね」


「だから誰も来ないのね」


 軽いお話をしながら玄関に向かうと、途中で中からマイク様が姿を見せた。

 公爵様が出迎えてくれるとは思っていなかったから、戸惑ってしまう。


「よく来てくれた。結論は出たかな?」


「はい。僕はティアナと一緒にお店を開こうと約束しています。

 なので、将来は独立することを許して頂けるのなら、ここで働きたいです」


「私からもお願いします」


 ケヴィンの言葉に合わせて、私は頭を下げた。

 すると、マイク様から穏やかな口調でこう言われる。


「そんなに畏まらなくていい。もちろん、独立するのも問題ない。

 これからのケヴィンくんとティアナさんの働き次第だが、援助することも考えよう。

 この条件なら問題ないかな?」


「はい、問題ありません。

本当にありがとうございます」


「そうと決まれば、ケヴィン君とティアナさんの部屋を案内する。ついてきたまえ」


 私達が頷くとマイク様はそう口にして、階段に足を向けた。

 彼の後を追って階段を登って最上階の三階に着くと、豪華な玄関とは違って落ち着いた雰囲気の廊下が目に入る。

 そのまま進むと私に与えられる部屋に着いて、中に入るようにと促された。


「こんなに広い部屋で良いのでしょうか?」


「家族でも住めるようにと先代が作ったのだ。もっとも、結婚した使用人は家族で住む家を建てているから、ここでは暮らしていないが」


 それでも部屋はここと隣の合計二部屋しか空いていなかったというから、公爵家に仕える使用人さんの数が多いことが分かる。全員の名前を覚えきれるか不安だ。


「ケヴィン君の部屋は隣だが、中の造りはここと同じだ。

 分からないことがあれば自由に聞いて欲しい」


「分かりました。ありがとうございます」


「最初の一週間は研修だから、先輩について色々と教えてもらうように。

 ここからは侍従長に説明してもらう」


 それから私達は侍従長から仕事について説明を受け、細かいところは先輩方から教わりながら働いていくことになった。




 ◇




 あれから一ヶ月。

 私達はすっかり公爵家の仕事に慣れ、色々な事を任されるようになった。

 昨日のお休みの日はケヴィンとお出かけして楽しんだから、また今日から五日間頑張ろうと思う。

 まさかプロポーズされるとは思わなかったけれど、即受け入れてしまう私も大概なのよね。


 信頼を得たことで触れられる情報も増えていて、つい先日スノウ男爵家とレイニー男爵家が借金を理由に爵位剥奪されたことを知った。

 クラウディ伯爵家からの援助が打ち切られたことが理由らしいけれど、マイク様によれば贅沢を止めていれば立ち直れていたという。だから完全に自業自得だ。

 ちなみに私達はこの国に来た時には勘当されていたみたいで、多額の借金を肩代わりする必要もない。


 ちなみに、クラウディ伯爵家からは『給料を倍にするから戻ってきて欲しい』という手紙が来ていたけれど、『あなた達には二度と仕えません』と返しておいた。

 あの家から逃げたのはお金が理由ではないのだから、例えお給料が百倍になっても戻らない。

 ちなみに、私達の居場所が見つかった理由は社交界で顔を合わせてしまったから。これは織り込み済みでここに居るから、気にすることでは無いのよね。


 逆にクラウディ伯爵家の噂は私達の耳にも入っている。今あのお屋敷は使用人が殆どいなくなって、貴族とは思えない生活を送っているらしい。

 取り潰しになるのも時間の問題だから、二度と顔を合わせることも無いだろう。


「――そういえば、陛下が君達に礼をしたいとおっしゃっていた。

 一体何をしたのだ?」


「えっと、川に落ちた女の子を助けたことしか心当たりがありません」


「ああ、そういうことか。ティアナさん達が助けた女の子は王女殿下だろう。あのお方はとにかくお転婆だからな。

 命が危うい状況は今回が初めてだから、陛下はかなり肝を冷やしたのだろう」


 あの川は私でも足がつくほどの深さしかなかったけれど、王女殿下は流されていたのよね……。

 咄嗟に私達が飛びこんでいなかったら、きっと国中が大騒ぎになっていた。


 そもそもまだ幼い王女様が川に落ちる状況になっているのが理解できないのだけど、これは私達には関係の無いこと。余計なことを言えば無礼になるから、口には出さない。


「そうだったのですね」


「そうそう。ケヴィン君にお願いされていたクラウディ伯爵家の情報も集まった。

 あの家で料理を出来る人がいなくなり、伯爵は離婚したらしい。領地での不正も明らかになったから、取り潰しになるのも時間の問題だろう。傲慢な貴族が取り潰しになった後は碌な人生を歩まないから、今後は情報が一切入らなくなると思う」


「それはどういう意味でしょうか?」


「この世から消えるということだ。

 さて、そろそろ謁見に向かう時間だ。今日はケヴィンとティアナについてきてもらおう」


「私達ですか!?」


「ああ。二人とも優秀だから何の問題もない。

 今日に限っては多少の失礼も咎められないから、練習と思えば大丈夫だ」


「粗相のないよう頑張ります」


 そうして私達は初めて登城することになった。

 王城はお屋敷からでも見えていたけれど、近くで見るとすごく大きくて圧倒されてしまう。


「――満足するまで眺めていても良いぞ」


「大丈夫です! 行きましょう!」


 微笑みを向けられ、慌てて取り繕う私。

 ケヴィンは王城には見向きもしていなかったから、なんだか恥ずかしかった。


 それから私達は玉座の間に入り、陛下の前に跪く。

 マイク様は陛下の親友だから普段は仲良くお話をしていると噂だけれど、今回は正式な謁見ということで跪いている。


「面を上げよ」


 そんな声が聞こえて顔を上げると、陛下が私達を見ていることが分かった。


「此度は娘を救ってくれたこと、感謝する。

 この恩は言葉だけでは言い表せぬ。よって、最初に助けに川へと飛び込んだケヴィン殿には、子爵位を授ける。

 しかし、ケヴィン殿のことを娘は怖がっていた。ティアナ嬢の助けが無ければ、娘の笑顔を見ることは二度とかなわなかっただろう。よってティアナ嬢には聖金貨一万枚を授けよう」


「「ありがとうございます」」


 失礼になってしまうから、私達には陛下からの褒美をお断りするなんて出来ない。

 だから深々と頭を下げ、お礼の言葉を口にするだけに留めた。


 そうして私達は玉座の間を後にして、そのまま公爵邸に戻った。

 けれども、今度はマイク様からこう告げられてしまう。


「申し訳ないが、子爵殿を使用人にすることは出来ない」


「えっと、クビですか?」


「栄転だ。いきなり貴族になると分からないことも多いだろうから、我が公爵家は全面的に支援する」


「ティアナさんも、ケヴィンくんと一緒に事業を立ち上げるのだろう?

 二人で夢をかなえて欲しい。楽しみにしているよ」


 まさかのクビ宣言に、私達はしばらく動けなかった。

 ここ公爵邸でのお仕事は楽しいから、まだ辞めたくはないのよね。


 けれども、ケヴィンと一緒にここで働き続けることは出来ないから、私は首を縦に振った。




「――まさか子爵位を授かるなんて思わなかったよ」


「私も驚いたわ」


 あの後、私達はお屋敷のテラスに出て庭園を眺めながらお話をしている。

 貴族になるという事は、それなりに立派なお屋敷を構えないといけないから、これから色々な事で忙しくなる。

 謁見の時には語られなかったけれど、ケヴィンは領地も授かっているのよね。


 領地のことは代官を立てると言っていたから、お店を開くという約束は叶えられそうだ。


「最初はレストランが良いかな?」


「ええ、すごく良いと思うわ。

 カフェも楽しそうね!」


「いっそのこと、両方やってみる?」


「出来るかしら?」


「スイーツも紅茶もご飯も貴族に出していたんだから、大丈夫だよ。一緒に頑張ろう!」


「そうね。すごく楽しみだわ。

 そういえば、陛下から家名を考えるように言われていたけれど、もう思い付いた?」


「今思い付いたよ。スカイにしようと思う」


「綺麗な名前ね。気に入ったわ」


 そんな言葉を交わしながら、空に視線を向ける私。

 澄んだ青空を見ていると、これからも幸せな日々が待っている気がした。


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