4話 魔王とのゲーム
魔王が玉座にすわり、まわりを四人が固める。
赤い絨毯のうえに、メイドがラグを敷き、その上に拘束されている勇者と暗殺者が膝をついた。
「ハイドォ、オレら、どうなんのかなあ!?」
ビビった勇者が相棒に話しかける。
「ローエン、いままで楽しかった。ありがとう」
暗殺者は至極あっさりしている。
「やめろよ!? オレはまだ聖女ちゃんに好きだと伝えてないぜ」
暗殺者はやさしい目で勇者に言う。
「つぎの聖女ちゃん集会で伝えられるといいな」
「オレ、ガチなんだけど!?」
冷静すぎる仲間に、勇者が思わず叫んでいた。
「にしても、この状況になって未練が死ぬほど湧いてくるのは、なんでなんだろうな。グランガルドのコロッケ食べたくなってきた」
「未練があって、いいことだ」
男たちの緊張が収まると、魔王が頷いてから口を開く。
「はじめまして。勇者とそのお仲間さん。わたしは七席の魔王のひとり、夜の魔王リースメア。ここは夜の国ノクスフィリスの魔王城。あなたたちのお名前は?」
ゆっくりとした口調で、聡明な魔王は口にする。言葉にせずとも、会話に応じるという姿勢が伝わってくる話しかただった。
「俺たちは、イリアスール王国……いまはもう無いプラタリア村の出身、ローエンとハイド。炎の勇者パーティーだ」
「……プラタリア。そう、〝魔王の行軍〟で無くなった村のリストで名前を見たことがある。わたしは当事者ではないけれど、同族として申し訳なさはあるわ。ごめんなさいね」
眉を寄せる魔王の姿に、勇者と暗殺者は驚いた。
教会が言う魔王と、目の前の魔王の姿は、かけ離れすぎていた。
「よしてくれ」
勇者が首を振りながら言うと、魔王は頷いた。
「それで、わたしの城を襲った理由は?」
本題に入り、勇者は口ごもらせた。
「まず、俺たちが魔王城を攻めるのは初めてで……えーっと、見つけた魔王城に潜入してみよう。ただ、それだけだ」
魔王はにこやかな顔で固まった。
「たまたま見つけたのが、この城だったってこと? 人里からは離れて、自然の結界を張ってるこの城を、わざわざとは考えにくいのだけれど」
暗殺者が口を開いた。
「自然の結界だが。天候がいくつも一定時間でループし、エリアごとに周期的に変わる仕組みを見つけたときは、足が離れた。しかし、それだけして隠したいものがあると思うと、なかを確かめずにいられなかった。毒沼・マグマの海・嵐の大海・雪山・砂漠・雷の雨。このなかで、ふたつだけ選んで通ってきた。重装備をかついで、一日二十キロほど走り、二時間しか寝ずに強行した。五日ほどで踏破できた」
ドン引きしたのは魔王とその仲間たちだった。
口をそろえて正気の沙汰ではないと訴えてくる。
「そ、そう。正直、あれを超えられる人間はいないと思ってたから……なんて言えばいいのかしら。もう、驚きが一回りして尊敬してるわ、あなたたちの勇気に。差し支えなければ、どのエリアを選んだか教えてもらえる?」
「雪山と砂漠。雪山で水を取り、砂漠を進む。雪山は休憩、砂漠は進むようなイメージだ。途中、計算していた周期を読み違えて毒沼に足を突っ込んだ。となりのエリアはマグマの海だった。エリアの間に見つけた溶岩石の上でひたすら耐えた。もう一度やれと言われると、次は死ぬだろうな」
「正直、気がくるってたよな」
あっけらかんと勇者が言った。暗殺者が言い返す。
「お前が『間違いない。あの中に魔王城がある』と言って聞かんからだろう」
「あったじゃねえか、魔王城。オレは満足だぜ」
「俺たちが負けて命の瀬戸際にいるの、わかってるか……?」
緊張感を死の淵まで持ち合わせない蛮勇ぶりに、暗殺者はあきれていた。
「もしよ、どちらかだけ生かしてやろうって言われたらどうするよ?」
「あばよ」
暗殺者は即答だった。もしもの質問のなかで、勇者は一瞬で見捨てられていた。
「少しも考えてくれねえのか!?」
「ローエンの代わりに死ぬぐらいなら、グランガルドの酒場で酔いつぶれて死ぬほうがマシだろう」
「もっとマシな死にかたあんだろう。あっ、掴まって死ぬとしたらよ、死にかたは選ばせてほしいよな」
「一応、聞いておいてやろう。どんな死にかたが、ご所望だ?」
「……女を抱いたベッドのなかで」
「童貞と勇者の名を捨ててから死ね」
「うるせえ!! あるいはよ。こう、愛した女を守るために単身で魔王軍に挑んで、とか」
「愛した女は、どこにいる?」
「記憶のなかの聖女ちゃん……オレはまだ死ぬわけにはいかないんだ。うおおおお、生きてええーーーっ!!」
急に必死に生きようとする勇者の姿に、魔王城の一行から笑い声が漏れ「負けて気がおかしくなった勇者たち」「案外いつもこんな感じかも?」と、好き勝手に言われていた。
ローエンと戦った狼の少女が、軽やかな足取りで暗殺者に近づき、鼻を寄せる。暗殺者は表情を変えず、されるがままにしていた。
「すんすん。すんすん……はぁあ~~~っ」
狼の少女は、敵を目の前にしていた表情とはすっかり変わり、年頃の乙女の顔でハイドに熱いまなざしを向けていた。
「ガジ、ガジガジ」
ハイドが抑えられている光の輪に、狼が噛みついた。
バキンッと音を立てて壊れ、拘束が解ける。
「んん~~~っ」
それがうれしいらしく、狼の少女は尻尾をぶんぶん振りながら、頭をぐりぐりとハイドに押し付ける。
拘束は解けたが、ひとりで逃げるわけにもいかないハイドだった。ハイドは、場の状況に適応する能力に長けていた。膝に少女を乗せて頭を撫ではじめた。
「つ、続けるわね。あなたたちの処遇について」
重要な話題にはいった。しかし、空気は穏やかで和んだものが流れている。
いまも尻尾を振り続ける、天真爛漫な狼少女のおかげで。
しかし、いつだって平和を恐怖に変えるのは、魔王のしわざだった。
「死刑」
女魔王が言うと、一瞬で空気が凍り付いた。
勇者は口を開き空を仰ぐ。
となりで、ハイドは眉間を手で押さえた。
狼は尻尾を揺らしている。
「あらあら。冗談よ」
「冗談に聞こえねーんだよ!? いま死んだじいちゃんに『そっちへ行くぜ』って言っちまったぞ!?」
「あら、じゃあ……死んでおく? 聖女ちゃんはいいの?」
「きみが好きだーーっ!! 生きたいッッ!!」
渾身の力で勇者は叫んでいた。
「でしょう? そうね。わたしも悪魔ではないから、温情は与えてあげる。二度と攻めてこないようなら。あら…‥なにかしら」
メイドが静かに魔王に近寄り、一枚の上質な白い紙を渡した。
紙越しに見える魔王の眉が力強くしかめられた。
「……ええ、そうだったわね」
勇者はリラックスした姿勢で、魔王に目を向けていた。すこしのやり取りで、魔王に勇者を殺すような動機はないと見抜いていた。すこしの期間だけ捕まるぐらいで、そのうち生きて帰れるだろうと考えていた。
実際、魔王もそう考えていた。つい、さっきまでは。
「炎の勇者、ローエン」
改まって、魔王が勇者の名を呼ぶと、これ以上ない美しい笑顔で言う。
「あなただけ死刑」
「……ゴッ!?」
口から言葉にならない声とツバを出したローエンは、パニックになる。
大きく口をひらき、鼻の穴を膨らませ、これ以上ないひどい顔をし、無言でハイドを見つめていた。
「……いや、俺を見られても」
「あははーっ」
目が合うと狼の少女は高らかに笑う。
様子を見ていた全員は、静かに笑っていた。
「なんでっ、俺だけっ!? なあハイド、ウソだと言ってくれよ」
「ウソだ」
「お前の言葉はウソだらけだっ!! なんで俺だけーーーっ」
「いや、お前が言えって言ったのに……。なにかしでかした覚えはないのか」
「きっぱり言おう。無いぜ。オレは魔王城で常に誠実だった」
「だそうだが、魔王さん、答えは変わらないか?」
「残念ながら変わらないわね。イタズラは好きだけど、イタズラじゃ済まされない。あと、これでも怒ってるの」
話のわかる魔王が、一気に凄みをきかせる。
――ローエンは一体、なにをした……?
「ヒントはねー、ゆらゆらーっ。おにーさん、お腹さわってーっ。えへへー」
「ヒントがまったく頭に入ってこねえーっ!」
ローエンが頭を振り回しているときだった。
魔王の横にいるメイドが、魔王に見えない位置で人差し指を示す場所があった。
指先には、割れたステンドグラス。非常に美しく均整の取れた立体的な柄が、欠けていた。
ハイドが突入するために、ローエンが開けた穴だった。ハイドは連帯責任を負おうとして、口を開こうとする。
「ステンドグラス、割ったでしょう。それにシャンデリアに金の燭台、わざわざ剣で焼き切った扉。いったい、ここにくるまでに、どれだけの物を壊したの。あと、シャンデリアのなにが気にくわなくて、これだけ壊したの。それと、ポケットに入れて持ち帰ろうとした純金を返しなさい」
メイドが近寄り、ローエンのベルトを探るとポーションの瓶に入れられた金属が光っていた。
「……ローエン」
「そんな目で見るな、ハイド。誤解なんだ。あまりに骸骨どもがしつこくて、シャンデリアごと爆破するしかなかった。扉は押しても開かなかったんだッ」
「……引けば開くのに」
メイドが悲しそうに言った。
「誤解なんだ」
汗を垂らしながら、勇者は弁明していた。
「ローエン、一緒に謝ろう。あの美しいステンドグラスを壊したのは俺のせいでもある」
「誠に申し訳ございませんでした。ところ構わず爆破させました。多くはシャンデリアを吹き飛ばしました。あと、あまりにすごい魔王城に目がくらんで燭台を溶かして持ち帰ろうとしました。すみませんでしたッ!!」
深々と頭を下げる、勇者とその仲間。
魔王はため息をひとつ漏らした。
「いいでしょう。こちらの被害総額が一千万ソルタほどなのは、言っておくわ」
「いいーーっ!?」
「……一千万、ソルタ」
どこの国でも豪邸が建てられるような金額に、気が遠くなっていた。
「示しはつけなきゃいけないわね」
魔王は口をすぼませてから、唇をつんと尖らせる。子供っぽい仕草をしてから、魅惑的に笑った。
「魔王らしく遊戯をしましょう。それも、とびきりの」
ローエンは真剣に魔王を見つめる。
魔王は、イタズラのときに浮かべる意地の悪い笑みで勇者と暗殺者、そして暗殺者になつく狼の少女と侍女を見る。
思慮深そうな魔王は、すこし悩んでから遊戯を持ちかけた。
勇者は心臓がバクバクとなり響き、落ち着いていられなかった。
暗殺者は、いくつかの要求を想定している。金銭的な補償は戦いに負けた以上避けられず、加えてそれ以上の条件を出された場合の折り合いと懐を探っていた。
「ハイドを預けなさい」
魔王に言われて、一番に噛みついたのは勇者。
「なっ、そんなのあんまりだぜ。もし捕虜になるならオレがッ」
「それでいい。そうしてくれ」
ローエンの言葉を遮って、ハイドが言った。
「待てよ、ハイド。なんでオレのせいで、お前が」
「パーティーだからだろう。それに、考えられるなかで良い選択肢がある。ローエン」
冷静なハイドは勇者に言った。
「新しい仲間を探せ。それで解決できる。俺はそろそろ、スキルと魔力的について行けなくなるだろう」
勇者に対し、仲間を追放しろと告げる。ローエンとこの先の戦いを見据えてのことだ。
「お前それ、マジで言ってんのかよ、ハイドッ」
仲間を見捨てる勇者なんてありえないと、怒りを込めて叫んだ。
「さっさと聖女ちゃんに好きだと伝えに行け」
ハイドが笑っていう。
ローエンはすべてを悟る。
バカな自分では交渉を変えられないと気づき、自らの無力さを攻め、自分に対する怒りを胸の奥底へ秘めた。
痛いほどに握りしめられた拳を胸にあてて、ローエンはがなり立てた。
「魔王、ハイドは、どうやったら解放してもらえる」
魔王は挑戦的な目でローエンを見つめた。
「魔王を倒しなさい」
「なんだと?」
「魔王は、わたし以外に六人いる。だれかを倒せたら、ハイドを返してあげる」
ローエンはこぶしを握り締めて、大きく手をあげると魔王に突き出した。
「わかった。すぐに迎えにくるぞ」
「ええ、楽しみにしているわ」
「オレの最高の仲間に手を出すんじゃねえぞ」
「お客さまとして、丁重に扱うことにしましょう」
勇者は新たな決意を胸に灯した。
「ハイドッ!」
「なんだ」
「絶対迎えにくるからよ。またなーーーっ」
少年のときと変わらない笑顔で、ローエンは笑う。
「バカが。……またな」
憎まれ口からは、うれしさが漏れていた。
「勇者のお帰りよ。彼をグランガルドへ」
「……はい」
魔王が言うと、メイドがローエンの体に触れ、一瞬で飛んだ。
ローエンには、いまのやりとりがすべて幻想のようにも思えた。夢を終えて、目が覚めたときのように、現実感が失われている。
街に連れられ、喧騒のなかに置いて行かれたローエン。人の往来のはげしい街中で、ローエンは孤独と戦っていた。
黄色い岩肌の地面に足をつけると、拘束の解けたローエンが叫んだ。
「魔王城までついてきてくれる仲間が、ほかに見つかるかよ、バカ野郎ーーッ」
周囲の人々を大声で振り返らせながらも、勇者は振り返らない。
勇者は、新たなる一歩を踏み出した。
「待ってろ、ハイド。絶対に助けるからよ。お前に謝るまで、オレは生きるぞ」
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