31話 ローエンの戦い 牛魔のダンジョンにて
「なんだっていうんだ。このありさまは!!」
「ありえない。想定した戦力とは異なる。〝猛獣の闘争〟は遠征中と聞いていたし〝地の勇者〟同様〝炎〟と〝剣〟はスキルを使いこなせていないと。ムスタはなにを見聞きしていたんだ」
リザードマンは憤慨し、ダンジョンの岩壁へと拳を打ち付けた。黒い鱗に覆われた手甲が、こすれながら鈍い音をたてる。
となりでは、黒い魔術師のローブを着た人型の魔物――グリムリーパーが大鎌を脇に挟むように置き、イラつきを隠せないまま、せわしなく腕を組みかえている。
「勇者パーティーのひとりを殺したとムスタは自慢げに言うが、実際はどうだ。一番のザコがいなくても、勇者は元気に暴れている。予備の兵力を出す暇もなく、俺たちが現場に出て指揮することすらかなわない」
リザードマンが言うと、グリムリーパーが返事をする。互いに、怒りを爆発させていた。
「デルトは〝剣の勇者〟にまんまと殺された。一切の力を発揮することすら無く。……なにかの策略にのせられたとしか思えない」
「なにかって、なんだよ。ムスタに騙されたのか? バカをいえ。あいつにそんな器用さはねえ。ビクビク人間のふりをして、一番安全なところにいるか、ネブリオのダンジョンをさも攻略しているように案内することだけが仕事だった。あのマヌケが、ロクに調べもせずに、すべて知っている風な口で戦力を見誤ったことだけは許せねえがな」
「同感だ。ただ……このまま城に戻れるか?」
「もどれるわけねえだろ! 殺されちまう! ネブリオのやつに、キレて手足をバラバラにされて目の前で食われるに決まってる。いまからでも遅くねえ! 勇者のひとりでも殺さねえと」
「〝剣の勇者〟を狙えるか?」
魔術師のローブを揺らしながら、グリムリーパーがリザードマンに聞いた。
「ネブリオが食いたがってる女か。あいつを倒せればいいが……ヤバすぎる。正面から、やりあいたくはねえ」
リザードマンは〝剣の勇者〟がハイオーガを倒した様子を、遠くから見ていた。ゾッとするほど美しい所作で、残酷な死を与えられた。震えるリザードマンに、もうひとりの男が問いかける。
「俺たちで〝炎の勇者〟を狙いに行ったほうがいいだろうか」
「あいつはひとりだ。たしかスキルの無い仲間はムスタが殺した。氷のダンジョンで戦う姿を見たことがある。派手好きな格好つけ小僧だ。二対一であの派手な技の繰り返しなら、勝機はある。サイスと組むのは慣れてないにしても、影操作のスキルで捉えて、俺が剣術で仕留めるぐらいの連携はとれるだろう」
リザードマンは、グリムリーパーの肩を叩く。
「それしかあるまい。リーバル、お前の双剣で足止めしろ。ふいをついて串刺しにしてやる」
「こだわるな。どっちでも良い! 〝炎の勇者〟を倒せればいいんだ。じゃねえと、俺たちが死んじまう! ネブリオは、ほかの魔王に良い面を見せることしか考えてねえ! こんな、顔に泥を塗るような真似が許されるはずがねえよ。自分が起こした戦争で、グランガルドに触れすらできず負けたとか言えるわけがねえ!」
「媚びを売ることすら下手な王め。しわよせは全部こっちだよ。ほかの魔王から借りてきた軍勢も、ロクに役に立たなかった。吹き飛ばされて死んだだけだ。先代の魔王さまなら、こんなとき真っ先に帰っても大事にしてくれたのに」
リザードマンがグリムリーパーをなだめた。
「よせ。ネブリオが魔王になっても、俺たちは先代のために尽くすって決めたろう」
「……逆転できるだろうか?」
「失ったものはでかい。でも……ムリではない。ネブリオは戦闘の得意な魔王だ。いざとなれば魔王城で決戦すればいい。ネブリオは勇者を殺せる。そのために、ひとり勇者を連れて帰ればいい。餌を連れて勇者を脅そう」
「そう考えようじゃないか」
グリムリーパーの男は、リザードマンに頷くと大鎌を担いだ。
「勇者を見つけよう。残党狩りに出ているころだ。ムスタを使って、おびきだせる」
リザードマンは腰の双剣を撫でながら頷くと、長い舌を口から出し入れしながら、頭のなかで考えを巡らす。ダンジョンから外へと勇者を探しに出ようとしていた。
「お取込み中のところわるいけどよ。リーバルとサイスって、あんたらのことだよな。よっと」
突然あらわれた男の声。ダンジョンの最下層に、人間が襲来した。
リザードマンは腰から剣を抜き、十字に構えた。グリムリーパーは鎌を両手で持ち、半身の姿勢をとる。
「手間を省かせてやったぜ。勇者がこっちからきてやった。だから、教えてくんねーか? 魔王城につながる〝ポータル〟を持ってんのは、どっちだい」
ローエンは単身で牛魔の迷宮の最下層まで到着し〝暴食の魔王〟の主戦力である魔物を倒しにきていた。理由はひとつ〝暴食の魔王〟の拠点につながる鍵を手に入れるため。ダンジョンに自由に出入りでき、魔王の本拠地である城へと移動するためのマジックアイテムが存在する。それが〝ポータル〟と呼ばれるものだった。
牛魔の迷宮と氷のダンジョンから〝暴食の魔王〟の手下が出入りできることを知っていた勇者たちは、ローエンとアマネが分かれてダンジョン攻略に挑み、最下層でこれを討つ算段になっていた。
当たりをひいたのは、ローエンだった。
「アマネのやつ、いまごろ顔を真っ赤にしてもどってやがるだろうな」
ローエンはアマネが苦心する姿を思い浮かべるだけで、胸の内がすかっとした。
好機とみるのは、魔王側の二体の魔物もいっしょだった。狙おうと思っていた勇者が、自分たちのテリトリーに、わざわざ出向いてくれたのだ。
「これはこれは炎の勇者。すばやい行動に感動するよ。まだ我々の同胞を殺したりないのかね? 大量殺戮賞は、きみのものだろう」
リザードマンが大げさに手を叩いていた。
「あいにくと、腹はいっぱいだ。だが、まだ体が求めちまうんだよ。オレも〝暴食〟は得意でな」
「笑えないジョークだ。ところで、仲間の姿は見当たらないが。どこか悪いのか? 例えば、内臓が見えるようになっちまったとか。根性の無い人間では、剣を抜きそこなうばかりだったとか」
「おい。どういうこった? なんでお前らがそれを言う」
ローエンは凄みを効かせた。目には怒りの炎を浮かべながら。
「おーっとっと。すまない。怒るな、怒るな。しまったな、いらないことを言った。戦闘に集中してもらいたいのに、むずかしくしてしまった。謝るよ。弁解させてくれないか? それを知らないってことは、どうやら俺たちの仲間はよっぽどうまくやったらしい。かわいそうに。お前の仲間の男だがな、グランガルドのどこかの路地裏で、哀れにのたれ死んでいるよ」
「ハイドを刺したのは、お前らか」
「ああ、そうだ。ハイドというのか? いま、どこにいるんだ?」
リザードマンは舌を出し、瞼を降ろしながら目を細める。
「さあな。刺されたとき、となりに天使さまがいてよ。連れてっちまったよ」
「良いセンスだ。それはそれは、ご愁傷さまです。彼に会いたいなら、手伝ってやろうか?」
「ぜひとも手伝ってもらいたいところだが、もっと確実な方法があってよ。あんたらの王を俺に倒させてくれないか。そっちのほうが、はええんだよ」
勇者が交わした〝夜の魔王〟とのゲーム。魔王を倒してハイドを取り戻す。ハイドは必ず生きている。固い信頼を寄せた男を、ローエンは取り戻すために戦う。
「つまらん冗談だ。しらける」
リザードマンは短剣を片手にのせプラプラと振っていた。
ローエンはリザードマンの行動に怪しんだ。
――時間を稼がれている
相手はなぜか、ローエンと悠長に会話している。三人目の出現や相手のスキルによる攻撃に警戒をしていたが、気配すらなかった。時間が経てば、氷のダンジョンの最下層からアマネがこちらに向かってくる。時間の価値としては、長引かせることに利がうまれるせいで、ローエンは仕掛けるタイミングを計り損ねていた。
「つかまえた」
ローエンの真後ろからゾッとする声がした。
「なにっ!?」
振りほどこうとローエンはもがくも、漆黒の影が追従し体が重く歩けなかった。
「影だよ。影を操った。お前の影に手を加え、動きを制限している。気づかなかったか? 俺がとっくに影人形にいれ替わり、影へと逃れていたことを」
ローエンの後ろから急に現れたグリムリーパーは大鎌の柄でローエンを薙ぎ払った。
「ぐふっ」
胸を殴られ、吹き飛ぶローエン。体が地面をバウンドし、金属音を立てながら壁に激突する。ローエンは重い身体を起こそうとするも、影のなかから黒い手が伸びローエンの身体をしめつける。頭を押さえつけられたローエンは目をグリムリーパーに向けながら、口内から血の混じったツバを吐き出しながら、憎悪を込めて言う。
「きたねえぞ」
「若いきみには、そう映るかもしれない。でもこれが強さなんだよ。絡め手ともいうかな。長く生きると、こういうところばかり得意になる。きっと、正面きった力がない非力な戦いかたでも、がんばった結果なんだろうね。生きるためさ」
グリムリーパーは大鎌の鋭い刃をローエンの首にかけると、勝ち誇りながら問いかけた。
「このまま連れ出せそうだぞ」
「いや、安全に行こう」
リザードマンは短剣を下に向けると、大腿の位置で横に振った。脚にケガをさせて、動けなくしようとしている。
「影、影ね。オレもあんたに、教えたいことがひとつだけあるんだ」
「後生の頼みか? 聞いてやろう。どこの墓に入れれば良いか教えてくれれば、そのぐらいはしてやるぞ」
「ちょっといいやつ感をかもし出すのやめてくんねーか!?」
「だって、なあ。魔物だって生きていれば意思はあるし心がある。命を奪うことを快楽にしてるやつばかりじゃないんだぜ。お前は殺すけど」
「慈悲はねえ!?」
「勇者よ、悪いな。さっさと言ってくれ。サイスも俺も、これ以上の失態をさらしたくないんだ。サイスがやらなきゃ俺が足をぶったぎって連れていく」
「だってよ。悪いね、勇者くん」
掛けあいに呆れたリザードマンが水を差し、グリムリーパーが抑揚のない声で言った。
「教えてやるよ。自分のスキルについて、語りすぎだってな。炎は光なんだよッ」
ローエンの全身から炎をあふれ出す。あまりの熱気と光に、グリムリーパーはよろめいた。
「どりゃあッ」
影の縛りのなくなったローエンは炎をまとったまま、グリムリーパーに蹴りを入れる。倒れたグリムリーパーに、さらに襲いかかろうとした。
「焼けてるぞ、勇者」
リザードマンが間に入り、剣を振る。立ち止まり、剣を構えるローエンは、自らの炎で自分を傷つけていた。
「これでも抑えたつもりだがな。ただ、こうしなきゃ勝てねえなら、この状態を続けるだけさ」
ローエンの足元から明るい炎の渦が湧きたちのぼる。ローエンの感情を表し真っ赤に燃え盛っていた。
「いいなあ、お前。ひさしぶりだよ、血が滾るって感覚はよ」
リザードマンは短剣の柄を握りなおし、左手を前に突き出し、右手を肩にあてる。ローエンにとってはやりにくい、攻守一体の構えだった。
「悪いね、勇者よ。俺ら、若くないんだわ。もう二十年ほど若けりゃさ、言ってたよ『おい、サイス。手を出すな。こいつは俺がやる』ってよ。でもよ、いまじゃもう、明日が来るのすら億劫なんだよ。なんつーか、お前が熱すぎて体温がうまく調整できないんだわ。滾るどころか、表面が乾いちまう」
リザードマンの目は、なつかしむように細められる。
「なんのために生きてるのかわかんねえけどよ。そのうち自分の選択が間違いじゃなかったって思える日がくるって信じて、明日が欲しいわけよ。若い勇者ほど眩しい日々じゃなかったがよ、若い自分を認められる日がきて欲しいんだよな」
「オレが言ってやるよ。あんたは間違ってなかったってな、リザードマンの双剣使い。ただし、あんたがいま、ちゃんと強かったらの話だ。教えろよ、あんたのことをよ」
紅の刃が真っ赤に燃える。暗いダンジョンで、煌々と輝く炎の灯。決して消えぬ輝きは、意思を持つ者たちを魅了する。
「おい、サイス。やるぞ」
「そうしよう」
「魔王の幹部がよ、強敵とみなしてくれるの、うれしく思うぜ」
「〝暴食の魔王〟が名づけし四体のひとり、リザードマンのリーバルだ」
「同じく。グリムリーパーのサイス」
「はじめまして〝暴食の魔王〟のネームドモンスター。〝炎の勇者〟ローエン・マグナス。神が選んだ三人の勇者のうちがひとり。〝炎帝〟の名前を胸に刻め」
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