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22話 猛獣の闘争

 冒険者は、魔物との戦いかたをよく知っている。

 ひとりでは倒せない魔物でも、仲間となら倒せることを知っている。

 だれかの背中を、自分が補う強さを知っている。

 孤独に始めた冒険も、道中でかけがえのない仲間ができることを知っている。

 高いランクに昇りつめた冒険者は、仲間と共に戦い、より多くの人間とダンジョンに挑んだ経験を持っている。


――集団での強さを知っているからだろうか


 冒険者は常に仲間を求め続けている。

 当然、戦うための集団を形成するようになる。

 いくつものパーティーを有し、目的のために集まった冒険者の集団を〝旅団〟と呼んだ。ダンジョン攻略という長い旅をする仲間たちであり、戦闘において組織的に動くことのできる単位でもあった。

 数多の冒険者がいるグランガルドで、トップを駆ける旅団がふたつ。

 盗賊あがりの青年が仕切り、薬草あつめから街の下水路の清掃まで、なんでもこなす実力派集団〝猛獣の闘争〟

 騎士あがりのベテランが仕切り貴族の護衛任務や要人の警護・同行を得意とする〝黒の騎士団〟

 性格の異なる、ふたつの旅団が存在していた。

 傭兵としての冒険者としての顔。あるいは、便利屋としての冒険者顔か違いがはっきりとしている。

 トップ旅団〝猛獣の闘争〟が本拠地として利用する二階建ての屋敷。もともとは冒険者用の宿屋として使っていた建物を買い取ったもので、一階は広いロビーと食堂、二階には多くの扉が並んでいる。団員同士が好きに利用し、飲み食いし、宿の無い者は泊っていく。実態は、旅団員たちのたまり場であった。建物の扉には、ここらの地域ではめずらしいストームドアが張ってあった。

 ホームでくつろぐ冒険者たちは、気軽に言葉を交わす。となりにいるのは、仲間であり戦友でもある。たしかな絆で結ばれていた。


「おいおい。なんでうちのボスはそわそわしてんだ?」


「あーっ、なんでも客人がくるんだとよ。ボスの恩人らしい。ただな、ボスが恩人の顔を忘れちまったとかで、どいつが恩人だかわからねえんだとよ」


「うちのボスは、とんでもねえ恩知らずだな」


「ガハハッ、ちがいねえ」


「うっせーぞ! お前ら今日は孤児院で炊き出しだろ、さっさと行けえ!」


 大柄な冒険者風の男ふたりに、小柄な青年が叫んでいた。


「了解、ボス」


「いってくるぜ、ボス」


「おう。笑顔を忘れんなよ。お前ら、ひでえ顔してんだからよ」


「ひでえのはボスのほうだい」


「かははっ。わりい」


 まだ顔に幼さを残した青年は、大人を相手に落ち着きはらっていた。


「たのんだぞ!」


 仲間を見送ると、青年は樽のうえに座り、建物の前を通る通行人たちに目をこらしていた。その人相があまりに悪く、誤解ばかりが広がる。


「っげ、ボス。なにしてるんですか?」


「やべえ、ボスが怒って誰かを殺そうとしてるってウワサ、マジかよ。ミーナ姉さん呼んでこねえと」


「やめとけ。姉さん、気合入ってどこかへ飛んでいったよ。ボスが怒ってるのって、やっぱ盗まれたアレの件だよな」


「それしか心あたりねーよ」


「やかましい! いま真剣なんだよッ!」


 樽のうえに座り、あぐらをかきながら目を血走らせる少年は、男を待っていた。


「ライアッ、きたよ! ヤバイ、ヤバイ。ほんものだって」


 空から女の子が降ってきた。こんがりと焼けた肌に、明るい金色の髪をゆらしながら〝猛獣の闘争〟のボスの元へと駆け寄ってくる。


「ミーナ! よくやってくれた。あーっ、マジで緊張してきた」


「ウチもだって。いつぶり? ねえっ、ウチらちゃんと冒険者やれてる!?」


「わっかんねえよ。それもわかんねえ! 下手すりゃファランクスに戻されるかもな」


「ヤバッ、逃げたほういいかな?」


「……逃げるか?」


「ヤダ。死んだほうマシじゃん。ううん、ファランクスのほう安全じゃん」


 ライアとミーナは、もうすぐ来るだろう男から逃げる怖さをよく知っていた。

 かつて盗賊だったころ、ライアとミーナは男を敵に回したことがある。二十四時間、どこにいても追われ続けた。疲れ果て、少しでも目を瞑れば背後から男が現れ、飛び道具で攻撃してくる。

 正面から戦えば決して負けない相手だったが、影のように付きまとわれ、永遠に追ってくる追跡者と化した猟犬には敵わなかった。気が狂う寸前に泣いて謝りながら命乞いし、罪を償うために監獄に入れられた。

 一度入ったら出られないと名高い地獄の監獄〝ファランクス〟にぶちこまれたライアとミーナは、犯した罪を認め反省したころ、監獄にぶちこんだ張本人が現れた。〝ファランクス〟が建てられて初となる脱獄事件。その脱獄には、いまだ誰も気がついていない。ライアとミーナ、そしてハイドとローエンの四人だけが共有する秘密だった。

 それ以来、ライアとミーナは改心し、行動を改める。下水道の清掃も、街道の整備も率先して行う冒険者となった。盗賊のときに発揮した腕っぷしの強さも、冒険者であれば使える場面が多く、ふたりにとって天職であった。実力、人望ともに冒険者のトップである〝S級〟に到達したふたりは多くの仲間を抱えて、自分たちにできることを探して街を歩く。

 自分たちの本拠地のまえで、姿勢を正し直立する〝猛獣の闘争〟のリーダーであるライアと、旅団のエースであるミーナ。

 ふたりの前に現れたのは、ごくごくふつうの一般男性だった。

 とくに特徴という特徴のない顔で、一度見たら忘れてしまいそうな印象の男。影の薄いといってしまえば、そこまでの男に、ライアは植え付けられた恐怖を思い出し、深々と頭を下げた。


「アニキ、おつかれさまですッ」


「やっほー! おにい、ひさしぶりじゃんっ」


「バカッ、ミーナ! 口には気をつけろ」


「ヤバっ、ごめーっ」


「気にしない。好きにしてくれ」


 旅団のメンバーは驚いた。


「ボスって敬語、使えたんだ」


「ミーナ姉さんのおにい呼び、うらやましくね?」


「それな。なに者だ、ありゃ。……影が歩いてるようだ」


 ハイドはギャラリーに向かって目礼を送ると、ライアとミーナの後ろを歩き二階の応接室へと移動した。明るい部屋には革張りのソファがあり、ハイドはそこに腰を降ろした。


「急に来てすまない。ふたりの活躍は俺の耳にも聞き及んでいる。聖剣を奪いにきたときとは大違いだ」


「あああッ、自分の人生で最大の失敗ッ」


「ウチら、あのときはイケイケ、ドンドンッって感じだったじゃんーっ」


 頭をふりかぶるライアと、ミーナの様子をみてハイドは安心する。


「くくっ、監獄に連れ戻さなくてよさそうだ」


「ヤー。よかった。ウチ、おにいに連れ戻されるかと」


「なんだ。なにか悪いことでもしたか?」


「シテナイヨ」


 ミーナは額に汗を浮かべ、横を向く。ライアは口を大開きにして叫んだ。



「マジ!? ウソだろ!? なにしたんだよ!?」



「ヤー。炊き出し手伝ってるときに、おなか減ってつまみぐいしちゃったあ」


 目に涙を浮かべながら言うミーナを、ハイドは脅す気にはなれなかった。


「ちょうどいい。仲間からパイを差し入れに預かっている。食べないか?」


 ハイドは腰のポーチから、ポーチよりも大きな木製バスケットを取りだした。甘い香りがのぼり立つ。バスケットの蓋をあけると、ひと切れずつカットされたりんごとハチミツのパイが大量に敷き詰められている。つくってくれた者の心意気か、バスケットのなかには、鮮やかな花びらが散らしてあった。


「やばーっ。なにこれ、飾りたい。ミーナの部屋に飾っていい?」


「おいしいうちに食べなさい。わーお、貴族のお菓子よりもスゲエ。いただいて、いいんですか?」


「ああ。俺が友人に会いに行くと言ったら、早起きしてまで持たせてくれた」


「ミーナわかるよ。これね、おにいの女だよ。しかもね、器用なのと不器用なのふたりいる」


「もらったパイに形が悪いのあるって言うのやめなさい」


 ライアがミーナにツッコミをいれる。

 アップルパイは、ニンファとシルフィアが作ってくれたものだった。

 ハイドは形の悪いものを選び、ひとつ取り出すと口に入れる。バターの風味とリンゴの甘味を感じられ、噛みしめるうちにハチミツの味わいが深くなる。


「うまいな」


「おいしーーーっ。ヤバうまじゃん!」


「ヤバうまだな、これは」


 喜ぶ三人の前に、不可解な現象が起こる。

 触ると熱いティーカップ、ベルガモットの香りが強いアールグレイのたっぷり入ったティーポット、クッキーとベリーのジャム、スコーンにクロテッドクリーム、ひとくちの焼き菓子たちが、なにもないところから湧き出て、テーブルを埋め尽くす。

 唖然とするふたりに、ハイドは頭を悩ませる。


「……非常に説明しにくいんだが、俺の仲間が紅茶の差し入れまでくれた。リラックスして話そう」


「おにい、パないって!? どんな生活してるの!? ミーナ、おにいと行くーっ」


 ミーナはお菓子と紅茶に手を伸ばして、幸せを嚙みしめる。


「あっ、ずるいぞ! 自分もアニキと行く」


「旅団はどうなる」


「ぶっちゃけ、ほかのメンバーも強いから抜けても問題ない感じー」


「正直、自分がいなくてもなんとかなるッス」


「いい団をもったな」


「任せてくださいよ、アニキ。自分、うれしいんす。だれかに頼られるって、最高にやりがいがあるんすよ。それを忘れなけりゃ、下水道を掃除すんのも、ダンジョンを攻略すんのも一緒なんだって気づけるっす」


「ウチは下水道掃除、いやだけどね」


「冒険者精神磨けよ、ミーナァ!」


「ヤー。ライアがミーナのぶんまでやるから、ヨシッ」


「よろしくないって!」


 ミーナは白い羽飾りのついたブーツを揺らしていた。

 カップの紅茶がなくなり、小腹が満たされるまでハイドは談笑を楽しんでいた。すっかり打ち解け、お互いの友情を確認した後にハイドは改まり、背筋を伸ばした。


「悪い話があるんだ」


「オスッ」


「ヤー。聞くよ。ファランクスに戻されるより悪いことなんて、ないじゃんね?」


 すっかり冒険者の顔つきになったふたり。悪い話に、目を輝かせている。


「力を貸してほしい」


「アニキ、それだけで十分だ」


「ウチら、おにいだけは裏切れないじゃん」


 無条件の信頼を、なんと呼べばいいのだろうか。それから目を背け続けてきたハイド。彼の胸の内側から、温かいものが湧いてくる。

 ハイドは胸の温かさを大事に握りしめた。一度は捨てようとした小さな灯――種火がハイドの胸に生まれる。

 なんの能力ももたない。なんのスキルもない。ただ、暗殺者というクラスが割り当てられただけの男は、だれとも深く関わることがない人生には、ちょうどいいと思っていた。そんな扉をこじあけたのはローエンで、リースメアが土台をつくり、ルイとシルフィアが育み続けた芽が、ようやく芽吹いた。


「ありがとよ」


「おにい、笑ったーーーっ。いいじゃん、いいじゃん。照れんなよう」


「よせ」


「ヤダ、笑おう? 笑うとそれだけで楽しくなっちゃうじゃん? バキューンッ」


 ミーナが指をピストルにして、ハイドを撃つ。

 ハイドの口から、吐息が漏れた。


「イエーッ」


「ミーナが強引で、すみません!」


「いや、いい。いいんだ」


 ハイドは胸の奥底にとどまっていた空気を入れ替えるように、大きく深呼吸をした。

 ライアとミーナは、胸を張り、笑って頷いていた。


「〝魔王の進軍(スタンピード)〟を一緒に戦ってくれ。魔王をひとり、倒しにいくつもりだ。今回のスタンピードに関しては、発生時刻も規模も戦術もすべて情報を公開できる。作戦もある。戦術兵器も用意した。俺では、グランガルドを守れない。人類に犠牲がでないために、協力してくれ」


 ライアとミーナはハイドの提案を前に絶句した。


「……どうしたんだよ、その情報。どうやって手に入れたかは聞かねえ。真偽も問わねえ。それでも、信じる。信じるよ」


「おにい、ごめんね。ウチに、なにができるか教えて? どうしたら、おにいに恩返しできる? 教えて欲しいの」


「いま、詳しい話をしてもいいだろうか」


「オスッ」


「ヤー!」


 ハイドはグランガルドの地図を広げ、真剣なまなざしをふたりに向けた。




「頭が一杯いっぱいだ」


「ウチは飛んでればいいって! 楽ちんじゃん」


「自分がスキルを使うと、預かったアレ、どうなるんすか?」


「ここが丸ごと吹き飛ぶ。中央広場近くまで被害が出るんじゃないか?」


 ハイドが置いていった置き土産に、ライアとミーナは固まった。


「いいか、ミーナ。二日後に使うまで、絶対ここに誰もいれないでおくぞ」


「ウチ、夜までも覚えておけないから、ムリって感じ」


「ミイイイナアア!!」


「ヤー! 静まれーっ」


 ミーナが指を横に振ると、ライアの声は聞こえなくなる。にも関わらずライアは大口をあけて叫び続けていた。


「便利なスキルだな」


「ウチ、乱戦も得意だよ。おにい、目を話しちゃだめだかんね。バキューンッ」


 決めポーズをするミーナの肩を押し出しながら、ミーナよりもハイドに近寄るライア。


「自分、これからほかの旅団と、知り合いのパーティーに声をかけてくるっす。二日後に〝天の迷宮〟へ遠征するから人数を集めろってね。名目はそれで、戦いに備えるっす」


「頼んだ。ライア、ミーナ」


「オッス!」


「ヤー!」


 ハイドへとビシッと姿勢を正して応えるふたり。

 まだやることのあるハイドは〝猛獣の闘争〟のホームを後にしようとする。


「ボス!! 魔剣が盗まれたって、本当か!? ……あっ」


 来客を知らない女団員が、部屋に入ってきてライアに叫んだ。


「忙しいときに、すまなかったな」


「……すみません。自分の管理不足で、魔剣がどっかいったみたいなんすよね。鍵のかかる部屋に入れたつもりだったんすけど」


 ライアは恥ずかしそうに言っていた。


「ウチ、あれキライ」


「自分も、扱えなかったっす」


 ライアは、団員を一度下げさせると、ハイドに対して経緯を説明する。話すついでに、となりにある厳重な扉の前に立った。


「ここ、自分らの宝物庫というほどのものはないんすけど、高いものとか宝石とか入れておくところっす。ただ、この中に入れたはずの魔剣が、なくなっちまったんすよね」


 ハイドは一室の前に膝をつき、鍵穴を注意深く観察した。


「鍵は比較的単純なものだな」


「自分も元盗賊っすから、扉破りぐらいはできるっす。簡単には、破れなかったんでいいかなと」


「魔剣は、どんなものだったんだ?」


 ハイドが聞くと、ライアが苦い顔をしながら頭の後ろを手で撫でていた。


「銘は〝不死殺し〟」


「やな感じ。マジ、やな感じな短剣」


「ミーナがこう言うのもわかる。扱う分にはふつうの短剣なんす。……ただ、一度魔物を刺したんすよ。そしたら、魔物が地面を転がって絶叫するぐらい痛がって……なんつーか、かわいそうなぐらい痛がる。でも、剣は抜けないんすよ。抜こうとすると、気味の悪い炎が噴き出してきて邪魔してくるんす。あふれ出てくる炎で、刺されてる魔物も焼けるし、抜こうとするやつも焼ける。それが不死の殺し方だっていうんなら、そうかもしれないんすけど……。正直、持て余したんす。けど、だれかに使われたくはなかったんで、保管することにしたんすよ。数人しか知らなかったのに……自分が最後に置いたんで、自分が壊したか置き忘れたんすよ。かははっ」


 かわいた笑いが響くなか、ハイドは冷たい言葉でライアを刺した。


「ロックピッキングされた痕跡がある」


「……マジすか?」


「ああ」


 ライアはハイドが気づいた鍵穴の内側を見る。

 ため息をつくと、歯を噛みしめるライア。元盗賊である彼は、物を盗まれることにプライドを傷つけられていた。


「これ割と良い鍵なんすけど、アニキなら開けれます?」


「開けていいのか? ……ほらよ」


 ハイドは携帯しているロックピックを差し込み、手元も見ずに扉破りをしてみせた。


「盗賊だったことに、自信なくなってくるっす。やっぱ鍵って、信用ならねえーっ」


「次は、魔法鍵でも買うんだな。もっとも、俺の仲間には魔法鍵破りもできるやつがいる」


「大事なものは身に着けるようにしておくっす」


 ライアが真剣に言うので、ハイドは肩を叩いた。張り詰めた少年の肩から力が抜けていた。


「おにいの大事なものはどこにあるの?」


「さあな。自分から一番離れた場所だろうよ」


 ミーナは口を開きかけるも、首を横に振り唇を結ぶ。代わりに、白い歯を見せて笑って見せた。


「じゃあ、おにいの一番遠いところ、ウチが守りに行っちゃうもんねーっ」


「よろしく頼む」


「バキューン! しちゃうかんねっ」


 ミーナが構えた指先を優しい目つきで見つめたハイドは、後ろに手を振った。

 いつまでも見送るふたりを置いて、ハイドはひとり街へと溶け込んでいく。 

 二日後の戦争への備えと、明日の勇者たちの集いのために。

 暗殺者はひとり、裏で引く糸の本数を増やしていく。

 誰よりも現実を見る男は、誰よりも戦いへの備えを怠らない。

 すべては、ひとつの夢のため。

 自分の目の届く人たちが、平和でありますように。



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