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11話 暗殺者とエルフ

 ある人物のレセプションルームの前で、ハイドは唾を飲んだ。

 一体どんな部屋で、どんな拒絶を受けるのだろうか。

 狼のルイは、太陽の眩しい穏やかな草原だった。

 ヴァンパイアのコルトは、薄暗い研究室だった。

 エルフのニンファは、どのような部屋で一日を過ごしているのだろうか。


――コンコン


 扉をノックする。

 しばらくしても、返事はない。

 ハイドは扉の近くに人の気配がないことを確かめると、音を立てずに扉を開ける。

 踏み込んだ先は、庭園だった。

 高い樹木やベリーやりんごの果樹で区画が整理された庭。

 緑豊かな自然のなか、ログハウスが見えた。美しい花と、立ち並ぶアーチ状の木々が道を教えてくれる。

 ニンファのレセプションルームは、自然と共存するエルフの花園だった。

 美しい庭園を歩くと、身体の内から穏やかになれるような気分がする。

 城のなかの一室で、そんな気分になれるのはありがたかった。

 ハイドの耳は、ひとの息遣いを聞く。


「……しまったな」


 ぼやきながら、注意を払ってログハウスの裏へ回り込む。

 そこに、ニンファはいた。


「すう、すう」


 規則正しい息遣いで、目を閉じている。

 吊りあがってない目元、おだやかな表情。

 ふだん着ている自然の色をしているスカートと上着は、洗ったばかりなのか、干してある。いま、ニンファは薄いインナー姿で横になっていた。

 寝ているニンファは、いままで一番、美しかった。

 エルフのなかでも発育の良いニンファ。無防備な姿を見るのは二回目でも、見慣れることはない。

 昨晩、裸のニンファを寝室まで運んだのはハイドであった。

 そしていま、またニンファはハイドの目の前で寝ている。


『ニンファならば、菜園を持っておるし、食べものもあろう。魔王城で生きるためには、協力が必要ではないかのう? われのためにも、食料を確保しておけ、助手よ』


 コルトに言われ、魔王城での食糧事情を相談にきたハイドだったが、タイミングが悪かった。

 ハイドはすべて、無かったことにしようとした。

 足音を消しながら、来た道を戻っていく。


「……? だれか、いるのかしら」


 声がした。寝起きの声で、ニンファは呼びかける。


「風の精霊? うん、うん。……へえ」


 ハイドは自分の存在がバレたことに気がつくと、その場に立ちすくむ。

 どうか、平和的な話し合いで解決できますように。と、祈りながら。


「また、あなたですの?」


 キツい目つきでにらむエルフ。人間のなかでも、ハイドはとくに嫌われているらしい。


「こんにちは、お嬢さん」


「ごきげんよう、ニンゲンさん。ところでここへは、なんのご用でしょうか」


「用件はふたつ。いや、みっつに増えた」


「おっしゃってくださいな」


「まず、服を着ろ」


 豊かに実った果実を大胆に見せてくるニンファに、ハイドは直接気づかせた。


「へっ、はっ、きゃああああああああ」


 エルフが叫ぶと、木々が揺れる。まるで、この世界の中心がニンファにあるようだった。


「やれやれ、なんでこんな間が悪い。呪われてるのか?」


 逃げたエルフの背中を送りながら、ハイドはログハウスの壁に背中をもたれてエルフを待った。


「こほん。用件を聞きましょう」


 エルフとハイドは背中を向け合う。

 お互いに距離を置いており、エルフがハイドに背中を向けたままリンゴの木に背中を預けていた。

 緑色の髪を風に揺らしながら、エルフは横顔を見せる。

 強気な目と、長い耳が特徴的だった。


「そうだな。まず、昨日の夜の話をしよう。すまなかった。ひとつだけ誤解があれば、正そうと思う。あれは、俺の意思ではない」


「……知っていますわ。いいえ、気づきましたの。魔王様のイタズラだったんでしょう」


「ああ、そうだ」


「そう、それで?」


 エルフは手で髪を流しながら、ハイドに冷たく言っていた。


「すまなかった。それだけだ」


「なぜ、あなたが謝りますの」


「恥ずかしい思いをさせただろう。俺のほうは役得だった」


「なっ、なななっ」


 耳の先まで赤くなるというのは、あまりにもわかりやすい。横顔でここまで感情が見えるのは、はじめてだった。


「事故ということにしておきます」


「そうか」


「ひとつ、確認です。昨晩、わたくしに、みっ、みだらなことはしてないでしょうねッ!?」


「魔王に誓ってもいい。していない」


 絶対服従のハイドにとって、魔王は神にも近しい存在であった。


「……ウソではない、か」


 エルフの耳が動いている。ハイドにはわからない精霊の声を聞いているのかもしれない。


「それで、ほかの用件はなんですの? 手早くお願いします」


 ニンファが冷たく言う。ハイドは少し悩むと、出口へ向かって歩きだした。


「いや、それだけだ。それだけでいい。あまり構うなという約束だったろう」


「……それは、そうですが」


 予想を外したエルフは、心配そうにハイドを見つめる。

 ハイドは立ち去るべく、歩みを進めていた。その背中に、ニンファは声をかける。


「か、風のうわさで聞いたのですが、そ、その、困ってらっしゃるのではなくて? い、いまなら、リンゴでよければ収穫できるものが、たくさんありましてよ。よければ、もってかれます? た、たまたまですわ」


 見た目で年齢がわからないエルフ族にしては、ニンファは若いのかもしれない。

 そうハイドが思うぐらいには、ウソが下手だった。


「それは、ちょうどいいな」


 対照的に、ハイドはウソが得意だった。


「で、でしょう? なので、収穫さえしてもらえるなら、いくつ採ってもよろしくてよ」


「事情があってな。助かる。ありがとう」


「ど、どういたしましてですわ」


 エルフは胸のしたで腕を組むと、つんと尖ったあごを外に向けて、一度だけ目をハイドと合わせるとすぐに背けた。


「あなた、ニンゲンですの?」


「そうだな。そう言われるぐらいには、変わっている自覚がある。少々、長く生きた経験がある。しかし、人間の枠内だ」


「ニンゲンは、己の欲を制御できない生き物だと、知っています。自然からすれば人間は奪うもの。我々は、奪われるもの。相容れない存在です」


「だろうな。俺もそう思う」


 リンゴの木から手ごろなリンゴを手に取ったハイドは、その場でかぶりつく。


「いただきます。うまい」


 甘く瑞々しい自然の恵みは、渇いたハイドの身体を潤した。

 リンゴを芯だけにする間、エルフはハイドを監視していた。

 エルフは緊張の糸をほどき、精霊の訴えに耳を傾ける。


「……そうですか。それでは、仕方ありませんね」


 エルフはハイドを試していた。

 精霊の力を取り込んだリンゴの果実。そのなかでも特別な木の果実を、ハイドは食べた。

 エルフが見ていたのは、精霊がハイドにどのような反応をするか。

 好奇心が強く、純粋なものに惹かれる精霊は、善悪の分別に優れている。

 ハイドは、精霊に好かれていた。精霊の見えないハイドであったが、自然の恵みへの感謝を受けた精霊たちは喜んでいた。

 ニンファは、肩に入っていた余計な力を抜く。胸の内には、もしかしたらという期待があった。


「ひとつ、頼まれてくれませんか?」


「俺にできることならな」


 ニンファからの頼みごとに、意外さを感じながらもハイドは了承する気でいた。


「こちらを、身に着けていてほしいのです」


 植物の皮でつくられた首紐に、ぼんやり光る種のようなものがシェードに覆われているペンダント。


「贈りものとは、思えんが」


「ええ。あなたには、なんの意味もない物です。ですが、わたくしにとっては〝希望の種〟となるもの。それを芽吹かせることが、わたくしの願いですの」


「……重い」


 ハイドは植物の種子を手のうえで転がしながら言った。


「なっ。乙女に向かって重いとは聞き捨てなりませんわ。デリカシーの無いニンゲンッ」


「なにを勘違いしている。そんなものを俺に預けていいのか、という意味だ」


「……そ、そうでしたか。構いません。種自体はいくつかあります。ですが、芽吹かないのです。環境を変えてみようとお願いしたまで。これっぽっちも期待をしていませんわ」


「俺にできるとは思えんが、身に着けていよう」


 ハイドは首にかけると、シャツの内側に種をしまいこむ。


「これに変化があったら、教えればいいのか?」


「ええ、お願いします……こほん」


 ニンファはわざとらしく咳をして、ちらちらとハイドを横目に見ながら言う。耳の先は、赤くなっていた。


「あ、あー。そういえばー。畑に、なにを植えようか迷っていますの。種はあちらの倉庫に保管しておりますし、迷いますわ。ニンゲンに与えた種を、見せに来るのであれば、しかたなーく、しかたなーく使わせてあげてもよいかなという気分ですの。きっと、疲れ切った今だけですわ」


 ハイドは、ニンファというエルフがすこしだけわかった気がした。

 とんでもないお人好しで、おせっかいだ。

 一度気を許した相手には、トゲトゲしい態度がウソのように世話をやく。この美しく隅々まで手入れされている秘密の花園のように愛でるのだろう。


「ちょうど、おせっかいなエルフにどうしてもお願いしたことがあってな、いいだろうか」


「ええ、なんですの?」


 聞き捨てならない言葉は、耳を動かしてグッと堪えたニンファだった。


「畑を貸してほしい。この城に、俺の食えるものがないんだ。自分で食うものぐらいは、自分でつくれないだろうか」


「しょうがない。ほんとうに、しょうがないニンゲンですこと」


 ニンファはそう言うと、赤くなった顔に手で風を送りながら、小さく舌を出してくる。


「べーっ。あなたに手を貸すのは、今回だけですわよ」


「ああ、これから世話になる」


 かみ合ってない会話が、うまく回りはじめた。


「ほら、まずこれをかぶりなさいな。あと、クワを持ってきてくださいますか」


 ハイドは麦わら帽子を受け取ると、頭の上にのせ首ひもをしめる。小屋に立てかけられているクワを両手で拾い、ニンファの後を追いかけた。

 ハイドは思い知ることになる。

 ニンファの恐ろしさを。


「だからっ、タネイモの切り口には、草木灰を軽くまぶしてくださいっ。ああっ、軽くでいいですわっ」


「こうか?」


「違います。もっと優しくですわ」


「こうか?」


「違いますわ!」


 なんどもニンファに確認をしながら芋を植えるハイドだったが、ちっとも作業が進まない。ひたすらにやり直しをくらったハイドは、ついに我慢の限界を迎えた。


「こんのっ、指示厨がーーーッ」


「あなたの手際がよろしくないのですわーーっ」


 めずらしく感情を表に出すハイドとニンファ。

 ふたりの怒声は、花園に響く。

 風が笑うように吹きぬけた。


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