第八話 意外
エミリーとラウルはその後も少し話をしていた。
「お前も大変だな。自分だって辛いだろうに」
「まぁ、ギルがあの様子じゃね。逆に冷静になっちゃう」
「俺も、時間が空いたらギルバートの様子を見に来るよ」
「ありがとう。ラウルならギルもちょっとは気を許せると思うから」
実は、ラウルは唯一ギルバートと対等の関係を築いてきた人物。エミリーにとって、そしてフィリップにとってもそれは衝撃的なものだった。
たまにハラハラもしたけど。
中学校では一度も同じクラスにならなかったが、高校一年のときに久しぶりにエミリー、フィリップ、ギルバートの三人が同じクラスとなった。
入学して一、二週間が経った頃だっただろうか。
帰り際にフィリップに声をかけられた。
「エ、エミィ。あのさ、あれ、いいのかな?」
「へ?あれって?」
フィリップがおずおずと指さしたさきには、ギルバートとラウルがいた。
ラウルは高校からのクラスメイトで、印象としては人は良いのだが、成績の面で見るとあまり頭はよくないという感じだ。
そんなラウルが、ギルバートの肩を組んで帰っていっていた。
「えぇー……いや、まぁ、ギルが攻撃してないんなら、とりあえずいいんじゃない?」
エミリーはその様子を見て、困惑気味に答えた。
というのも、ギルバートは中学までいわゆる一匹狼と呼ばれる部類の人間で、あんなふうに誰かに肩を組まれたりするような人間ではなかった。
友達と呼べるような人もおらず、取り巻きみたいなものはいたが、そうなるとギルバートはいつも上の立場だ。
それもそのはず、ギルバートは攻撃的な性格でもあるから、対等に接する人間はいなかったのだ。
たぶん、今まで対等に接してきたのはエミリーくらいだろう。
でも、エミリーも度々ギルバートの顔色をうかがいながら接している節もあった。
そういうことを考えると、さっきのギルバートとラウルの様子は、エミリーとフィリップにとって衝撃というか、若干恐怖でもあった。
「肩組んでたから、今回は下僕ではないんだろうね」
「げ、下僕って……」
帰り道、エミリーとフィリップはさっきのことで頭がいっぱいだった。
エミリーの言葉に、フィリップは苦笑する。
「えぇ……?でも、ギルがそのうち何かしないか怖いんだけど」
「そ、そうだね」
「ちょっとしばらく様子見よう、フィル。仲良くなってるならそれでいいし」
いろいろと失礼ではないかと思われる発言だが、おそらくギルバートのことを知る人間ならば、誰もが同じことを思うだろう。
とはいえ、見守ろうという発想ができるのは、幼馴染ならではかもしれないが。
そういうわけでエミリーとフィリップは、ギルバートとラウルの関係をしばらく見ていることにした。
見ること一ヶ月。
ラウルはギルバートの友達であると、エミリーとフィリップは確信した。それ以外ありえないと。
「あのギルに友達ができるなんて……!」
「……エミィ?何かその言い方酷くない?」
「だって信じられる!?この一ヶ月の間、ギルだったら絶対に攻撃してただろうってこといっぱいあったのに、じゃれてる感じのしかなかったんだよ?見てるこっちがハラハラしてさ、向こうはそんなこと知らずに……ってそんなことはどうでもよくて──────……」
エミリーは発狂しそうな勢いでフィリップに詰め寄って叫ぶ。
「ま、まぁ、そうだよね……」
エミリーに圧倒されながら、フィリップは苦笑いを浮かべている。酷いことを言っていると言いつつも、フィリップもほぼほぼ同意見の様子だ。
エミリーはまだ頭がついていっていないようで、ぶつぶつと何かを呟き続けていたが、急に机をバンと叩いて立ち上がった。
「ラウルに直接訊こう!」
「……え?」
エミリーが何を言っているのかわからず、フィリップは目を点にしてポカンとエミリーを見上げていた。
「ギルとどうやってあんなに親しくなったの?ギルって今まで、友達なんか作ったことなかったんだけど」
「え、そうなのか?うーん……どうやってって難しいなぁ。自然に?」
「自然に!?」
言葉通り、エミリーはラウルが一人になったところを突撃しにいった。
フィリップはエミリーに無理やり連れられて、何だか縮こまっている。
「まぁ、ギルバートが俺のこと友達って思ってるかは知らねぇけどな!」
「……いや、思ってると思うよ?っていうか、なんかすごいね、ラウルって」
ギルバートとラウルの意外な関係性。
エミリーとフィリップはこのときの衝撃を忘れることはなかった。