第七話 大事だったから
ギルバートはずっと、心が荒れ狂っていた。
無理もない。幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた幼なじみを喪ってしまったのだから。喪ったものに対する心の傷はあまりにも大きすぎた。
まだフィリップの死に顔も、あの冷たくなった体も、ギルバートからは消えてくれない。ただただ、付きまとってくる。
何も考えたくないのに、何かをしていなければずっと頭の中であのときのことが再生され続ける。
だからずっと働き続けていたのに、高校のときのクラスメイトであり、今は同じ戦闘部隊の仲間によって強制的に休まされている。
何も考えたくないのに、休んでいたら考えざるを得ない。
「ギルバート」
目を閉じ、うつむいてあの日のことを考えていたギルバートは、人が来ているのに気づかなかった。
ビクッと肩を揺らして顔をあげると、そこには高校のときに一番よくつるんでいたやつが立っていた。
「何だ、ラウル?」
鬱陶しそうにギルバートはそう訊いた。
ラウルはギルバートの隣に腰掛け、ギルバートの顔は見ずに話し出した。
「フィリップのことは本当に残念だったな。みんな結構ショック受けてるんだぜ?あいつ、わりと人を惹きつけるようなところあったからさ。俺も最初はビックリしたんだ。フィリップが死んだって聞いて……」
ギルバートは何も言わない。
今のギルバートの精神状態で黙って聞いているというのは、つまりはラウルがギルバートにとって本当に大切な親友であるということだろう。
だけど、ただ耐えているようにも見える。苦しそうに顔を歪めるているところなんかは特に。
「お前、ほとんど休んでないんだって?まぁ、気持ちはわからんでもないが、休めるときに休んどかないと、あとあとしんどいぞ。っていうか、ぶっ倒れるだけだからやめとけ」
「……るせーな」
やっとギルバートは声を発した。
「てめぇには関係ねぇだろ。俺のことなんかほっとけ」
吐き捨てるようにギルバートはそう言って、その場を立ち去った。
エミリーはこれからどうやってギルバートと接するべきか考えていた。
まず、どうやって声をかけるか。
そもそも、何と声をかけるか。
そこから決まらないから、全く考えが進まない。
仁王立ちで腕組みをしながら唸っていると、前からラウルがやって来た。
「おっ、エミリーじゃねぇか」
「ラウル……!久しぶりね。高校卒業以来かしら?」
「そうだな。俺ら、戦闘部隊が違うもんな。ギルバートとはたまに会ってたけど」
ラウルはエミリーたちとは戦闘部隊が違う。戦闘部隊は住んでる地域ごとで分けられているから、ラウルと同じ部隊にはならなかったのだ。
「フィリップのこと、聞いたよ。まさかこんなにはやくに逝っちまうとはな」
「あぁ……うん。本当にそうね」
何だか沈黙が流れてしまった。
「でも、仕方ないわよ。こんなにも大きな戦いになってしまったんだもの。他にも、大勢の人が亡くなって……」
エミリーは明るく言おうとしたが、とてもじゃないがそんな気分でもないし、何より不謹慎だ。
尻すぼみになって、少し目を伏せ、エミリーもほんの少し悲しみに浸る。
「あ、でも、私よりギルの方が堪えてて……目の前で死なれたんだもの、ショックよね」
けれど、すぐに顔を上げて、ギルバートの親友であるラウルには伝えなければと、ふと思ってエミリーは言った。
目の前で喪った悲しみ。それでも受け入れたくなくて、冷たくなった体を抱え続けた悲しみ。それをずっと背負っているのだと。
「ギルバートには、さっき会ってきたんだ。たしかに、すごいショック受けてたな。あんなギルバートははじめてだ。正直、ギルバートとフィリップがそこまで仲良さそうにも見えなかったんだが……」
「あれで結構大事に思ってたのよ。昔からああいう関係だったけど、でも、ギルがフィルのこと嫌ってたことは一度もないもの」
エミリーは言いながら、少し昔のことを思い出していた。
端から見れば良好な関係とは言えないが、ずっとそばで見てきたエミリーには、ギルバートとフィリップの関係性は良いものだと思えた。
もしかしたら、フィリップにはギルバートの想いが伝わってはいなかったかもしれないけど、でも、きっと伝わっていたとエミリーは信じたい。
だって、今までずっと三人で過ごしてきたから。
もし、誤解とかがあれば、どこかで三人は離れていたかもしれないから。
「そうか……でも、あのままだとヤバイな。ちゃんと見とかないと……」
「うん、わかってる。このままにはしたくないもの」
ラウルの言葉に、エミリーは強い意思を宿した目で答えた。
エミリーだって、これ以上大事なものを失いたくはない。残されたものだけは、何が何でも守りたい。
たとえ本人が無理をすることを望んでいたとしても、それをただ許すわけにはいかない。エミリーにだって譲れないものはある。
「ま、でも、こういうのは時間が解決してくれるってこともあるだろうから、気長にな」
確かに、ラウルの言うことも一理ある。
というよりも、できればそうであることを願いたいとエミリーは思った。