第六話 まるで暗闇を藻掻くように
ギルバートを空き教室に残し、遺体安置所へと向かうエミリーは、とにかく早くフィリップのところにいかなければという想いで早足になっていた。
心の中は何とも言えない気持ちでいっぱいで、様々な感情が複雑に絡み合っている。
遺体安置所にたどり着くと、辺りを見回してフィリップを見つけた。
それこそ、駆け寄るような勢いでエミリーはフィリップのそばに行った。
「フィル……」
フィリップのそばに膝をつき、横たわっているフィリップの頬に手を当てる。
すごく冷たくなっていた。
その冷たさがフィリップが死んだのだと、現実を突きつけてきた。
もう、エミリーは我慢しきれなかった。涙が頬を伝う。
「フィル、フィル……!ごめんね……そばにいたら、助けられたかもしれないのに……っ」
エミリーの涙がフィリップの顔にも落ちる。
体は血塗れだけど、顔はすごく穏やかで今にも目を覚ましそうだ。
だけど、目を覚ますことは一生ない。もう言葉を交わすこともできない。
その悲しみに、エミリーの涙はボロボロと落ちる一方だった。
一週間経った頃。
闇組織、ルーインはこの国から手を退いたらしく、徐々に撤退していった。
だから、追悼式を行った次の日から戦闘部隊や救助隊などによる行方不明者の捜索や整備作業が始まった。
ギルバートやエミリーも戦闘部隊としてそれに参加していた。
ギルバートはフィリップの死をかなり引きずっており、四六時中仕事をして考えないようにしているようだった。
エミリーもかなり心に深い傷を負っているが、ギルバートがあまりにも無理をしすぎているから、自分まで落ち込んでばかりはいられないと気を張っている。
「エミリー」
「はい?」
休憩時間に同じ戦闘部隊の上司にエミリーは声をかけられた。
「お前は大丈夫か?その、フィリップのこと……」
お前は、というのはギルバートと比べているのだとすぐに察した。
「あ、はい。ギルに比べれば私は全然大丈夫です。しょうがないですよ。ギルはフィルが死ぬまで……いえ、死んでもそばにいたんですから。ショックなのは間違いありません」
エミリーは目を伏せて答えた。
「そう、だな。だけど、あれじゃあ体を壊しちまう。悪いが、お前からもちょっと休むように言ってやってくれないか?全然休んでくれないから……今だって」
エミリーは困ったように笑って、わかりました、と答えた。
今日の仕事は夜の七時頃に終わったのだが、ギルバートはまだ仕事をする気らしい。
聞くところによれば、初日からこんな調子で結局ずっと働いているらしい。そりゃあ、上司も心配するというもの。
エミリーは少しでもギルバートに休んでもらうため、ギルバートを探しに行った。
そうして見つけたギルバートは殺気立っていて。それでいて、どこか脆い印象を受ける。
そんなギルバートに声をかけたのは、エミリーではなかった。エミリーは一足遅かった。
「おい、ギルバート」
「あぁ!?」
「休め」
そう言ってギルバートの肩を叩いたのは、高校の頃の同級生だ。正直、ギルバートとそこまで親しかったわけでもない。
そんな彼が止めるほどに、ギルバートは無理をしている。
「休む必要なんかねぇ!俺はまだまだ働けるんだよ!」
「無理するな。そうやってずっと働き続けてるだろう?いいから休んでろ」
ギルバートの叫びなんてまるで響いていないような様子で、彼は冷静に告げる。もう引く気もないのだ。
それがわかったのか、ギルバートは舌打ちをしてその場を離れた。
「ギル……」
その様子を見ていたエミリーが、ギルバートが横を通るときに声をかけたが、ギルバートは何も答えずに行ってしまった。
エミリーはそれを何とも言えない表情で見ていることしかできなかった。
たとえ、ギルバートがさっきエミリーの声に立ち止まってくれたとしても、エミリーは何と声をかけたらいいかわからない。どうしたらいいかもわからない。
ギルバートがあんなに傷ついているのを初めて見たから。どうしたらいいかなんて、エミリーにはわからなかった。
それに、エミリーにもわかる。ギルバートの気持ちが。
仕事をして何も考えないようにしたいということを。
そして、忘れてはいけないけど、忘れてしまいたいと思ってしまうことも。