第五十五話 消えた意思
今にして思えば、フィリップは二度目の生を受けてからも人を殺すことは少なかった。その理由は、一緒に行動するのが戦闘狂いの鬼婦人だからだと思っていたのだが。
どうやら違ったらしいと明確に思ったのはついさっき。別の意思の声が聞こえたとき。
今までずっと、鬼婦人の存在に甘えて、選んで人を殺していた。それから、エミリーの多能力さえ手に入れればいいのだから、ルーインの任務に応じる必要はないと、カルロスの存在にも甘えていたかもしれない。
そうして、問題があるのは自分自身だと考えはしなかった。目を向けてはいけないような気がしていた。
でも、目を向けてみれば意外と答えははっきりと、すっきりとしていて、知らず知らずのうちに葛藤していたことを馬鹿らしく思う。
何をしたって、今のフィリップは変わらない。変えられない。その気持ちがはっきりとしたのだから。
「もっと早く、こうしてたらよかったな」
フィリップは目の前の血だまりを見て、そう呟く。
「……お前は、耐えられないだろう?」
血まみれの手。
きっと、いや、絶対に、生前のフィリップならしなかったこと。
これだけぐちゃぐちゃに壊せば、もう前には出てこられないだろう。その証拠に、今のフィリップの頭はずっとすっきりしている。
もう、何も迷うことはない。きっと、エミリーに接触したところで、何の影響も受けない。
「やっと、僕の人生だ」
もう、何人たりとも邪魔はさせない。
フィリップが思うままに、生きる。
この日も変わらず、エミリーは探索能力の特訓をしていた。
変わらず、とは言ったものの、変わったことはある。ギルバートに必要以上に心配をかけているとわかったから。
今のエミリーの探索能力の特訓は、その日のエミリーの状態に合わせてどれくらいの時間行うのか、どの程度の特訓を行うのかを変えていた。最初からそうしていた方がよかったのだろうけれど、エミリーとしては何としてもこの能力を向上させたかったから、多少の無茶は厭わなかった。
だから、今は特訓をお休みする日も設けていた。焦る気持ちは今もあるけれど、身体を壊しては元も子もないというのはエミリーもよくわかっているから。
この日はいつもよりも状態がよかったから、久しぶりに二時間かけて特訓を行うことにした。
ただ、内容はただ単にギルバートが指定した場所を探すのではなく、最初は探索範囲内の建造物から徐々にエミリーの探索範囲外の建造物にし、少しずつ探索能力を向上させるというものだった。これであれば、いきなり探索範囲外を探すよりは負担が少ない。
そして、ちょうど今、探索範囲外を少し出たところを探そうとしていたところだった。
──────エミィ
誰かに名前を呼ばれた気がして、思わず振り返る。その瞬間、まるで現実世界から切り離されたような何もない空間にいるような気分になった。
そして、目の前には会いたくて仕方がない人物の姿が。
「フィル……?」
これは現実ではない。それはすぐにわかった。この空間のことはもちろんだが、何よりフィリップがギルバートから聞いていたフィリップではなく、エミリーのよく知るフィリップだったから。
ならば、このフィリップは何なのか。
「今は消えちゃうけど、エミィならきっと」
穏やかな顔でそう言ったフィリップは、すぐに消えた。そして、謎の空間も消えて、エミリーは現実に戻される。
今のは何だったのか。それに今の言葉は、何だったのか。
エミリーは嫌な汗を流した。
もしも、今考えていることが正しいとするならば──────……
エミリーは膝から崩れ落ちた。地面に手をつき、地面を見つめながら現状を整理する。
「エミィ……!?」
様子のおかしいエミリーに、ギルバートはすぐに駆け寄ってきた。
でも、エミリーはすぐに反応することができなかった。




