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世界は哀に溢れている  作者: 衣月美優
第四部 狭間に揺れる葛藤と破壊
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第五十四話 もう一人の


 フィリップはずっと警戒していた。自分自身の中にある、別の意思に。

 でも、その意思が何なのか、そもそも本当にそんな意思はあるのか、ずっと疑問に思っている。きっとそれは、いつもぼんやりとしかその意思を感じ取れないからだろう。


 ぼんやりと別の意思があるかもしれないと認識する。

 ぼんやりと警戒しなければならないと思う。

 ぼんやりと、今の状態で多能力者のエミリーと接触してはいけないと思う。


 もはやそれらの意思さえ、フィリップ自身が感じているものかどうかわからない。漠然とした警戒心や恐怖心も、別の意思がそう思わせているのではないかと思ってしまう。それくらいには、今のフィリップは危うい状態だ。

 杞憂ならばいい。そんなことを思っても、どれを信じていいかわからないほどになっているということは、そうではないのだろうと余計に警戒心を掻き立てられてしまう。


(……急がないとな)


 この状態が長く続くこともよくない。早めに何か、手を打たなければならない。

 それが無理ならば、多少強引にでもエミリーをさっさとカルロスに献上すべきだ。フィリップに何かしらの変化が起きてしまう、その前に。


(ギルを人質にすれば、エミィはこっちに来てくれるかな)


 ギルを人質に脅す方法であれば、エミリーとの接触は最小限で済むだろう。

 優しいエミリーのことだ。この方法ならば、簡単にこちらに来てくれるかもしれない。


 いっそのこと、ギルバートを殺してしまえば。



 ──────ダメだよ



 ふと、何か声が聞こえたような気がした。驚いて振り返るけれど、そこには誰もいない。

 気のせいだと済ませるには、はっきりと聞こえてしまった声。それは、聞き覚えのある声。


 いや、聞き覚えがあるなんてものではない。


「……なるほど。お前か」


 ようやく、はっきりした。

 これまで選んできた選択肢は正しかった。エミリーに接触しなくてよかった。


 そして、もう怯える必要もない。


「もう顔を出せないようにしてあげるよ」


 怪しい笑みを浮かべながら、そう告げる。


 ちょうどいい。これから、任務がある。鬼婦人との任務。

 そこで、別の意思にはきれいさっぱりなくなってもらおう。


「僕は、僕一人でいい」


 同じ人間は二人もいらないのだから。







 鬼婦人は、珍しく何の手出しもせずにフィリップのことを見ていた。

 戦闘好きの鬼婦人がそうした理由は、数刻前に遡る。


「鬼婦人、今日は僕に任せてもらえませんか?」


 任務に行く前にフィリップがそう言ってきた。


 いつもなら、断ったと思う。鬼婦人にとって任務の時間が一番楽しい時間。その時間を、ただ見ているだけの時間にするなど苦痛でしかない。

 それに、今回の任務は相手の数がそれなりにいた。それをフィリップ一人に任せるのは心もとなかった。


 それでも、それを許したのは──────……


「……まるで、別人じゃな」


 フィリップの戦いぶりを見て、鬼婦人は呟く。


 顔つきも、戦い方も、これまでのフィリップとは違う。本当に別人になったのではないかと疑うほどだ。

 いや、本当に別人になってしまったのかもしれない。今までそんなことは一度もなかったのに、今はフィリップの戦いぶりを見て鳥肌が立っている。


 鬼婦人にとって初めてのことだった。“この先どうなるのかを見たい”と思ったのは。


「もう、何の心配もいらなさそうじゃな」


 フィリップの不安定さが見られない。今ならば、何だってできそうだ。

 鬼婦人はフィリップのこれからに期待を込めた。


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